僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿心刃

第十一話・4

女子校の生徒たちは各々、男子たちとペアを組んで先生の話を聞いていた。
文句の一つでも言うのかと思っていたが、誰一人として文句を言うものはおらず、みんな思い思いにペアを組んでいったので、とりあえずは一安心かな。
ホームルームが終わるまでの間は静かにしてないと。
僕も彼らと変わらず、一人の女子とペアを組み、真面目に先生の話を聞いている。
相手は誰かと言うと、古賀千聖だ。
彼女の言ったとおり、ほぼ強制的にペアが決まってしまい、辟易とするしかない状況である。
千聖は僕の傍に寄り添い、腕をギュッと掴んでいた。

「なんかこういうのって、ドキドキするね。男の子と一緒に授業を受けるのなんて、初めてだから……」

そう言われても、僕の方も初めてだから反応に困るな。
とりあえず、先生の言うことを聞けばいいのか。

一時間目に始まったのは、美術の授業だった。
一時間目に美術の授業というのは、通常なら絶対にやらないことだが、共同実習というイベントの都合上、しょうがないことかもしれない。
内容は言うまでもなく、ペアになった女子の似顔絵を描くというものだ。

「本日の共同実習の授業科目は美術です。今回は女子校の生徒さんたちがモデルになってくれますが、ハメを外しすぎないようにしなさいね──」

美術の担当である来栖先生は、僕たち男子生徒たちにそう言った。
一見すると簡単そうに見えるが、実際はかなりむずかしい。
なぜなら、モデルとなっているのがペアを組んだ女の子だからだ。
少しでも下手な部分があったら怒られてしまいそうで、逆に緊張してしまう。
それに追い打ちをかけるように、千聖は言ってきた。

「できるだけ上手く描いてね。…手を抜いたら承知しないからね」
「………」

そんなこと言われても、無理があるよ。
僕の美術の成績は、悪くないにしても良くもない感じ。要するに普通ってところだ。
だから上手く描けと言われても、正直言って自信がない。
そんな可愛らしい笑顔を浮かべられても、彼女のお望みどおりのものが仕上がる保証はどこにもないのだ。
しかし、コレって一日で終わることなのか。
最低でも、二日から三日くらいはかかることなんじゃないのか。

「本日の共同実習の課題は、ペアで協力して絵を完成させること。ですから女子校の方々も、下手だったら容赦なく言ってくださって結構ですからね」

そんな疑問を抱いていたところに、来栖先生は言う。
来栖先生は女の先生だから、女子校の生徒たちも馴染みやすいのだろう。

「はーい」

と、女子たちの声が上がる。

「そんなぁ。今日一日、これかよ~。勘弁してくれ」
「絵だけは、自信ないんだよなぁ」

はやくも男子の方から、悲鳴があがった。
来栖先生の無茶ぶりに、僕も悲鳴をあげそうだ。

「もしかして、楓君も自信がないっていう感じかな?」

僕と向かい合うように椅子に座っていた千聖は、そう訊いてくる。
この際だから、正直に言ってしまってもいいかな。

「まぁね。美術の成績は、そんなに高いわけじゃないから……」

僕は、絵を描きながらそう答える。

「なるほどね。それじゃ、これならどう?」
「え……」

千聖の言葉に、僕は思わず視線を彼女のほうに向ける。
千聖は、短めのスカートの裾を指で掴んで、少しだけたくし上げた。
しかし、中の下着が丸見えになることはない。
見えるか見えないかのギリギリのところで止めていたためだ。
下着が丸見えになることはなかったが、それでも周囲の気を引くには十分だ。
千聖は、挑発気味に訊いてくる。

「どうかな? やる気でた?」
「女の子が、そんなはしたないことをするものじゃありません」
「え……」
「見せる気もないのに、そんな中途半端なことをするのは良くないって言ってるんだよ」

僕は、いたって冷静にそう言った。

「…やっぱり、やるなら最後までやったほうがいいのかな」

千聖は、自分の行為に違和感を感じたのか、スカートをギュッと掴む。
僕は、千聖が行動を起こす前に口を開いた。

「今ここでやるのはやめてね。先生もいるんだから」
「そんなの、言われなくてもわかってるわよ。ただ、好みの男の子を落とすには、そのくらいのことをしないとダメなのかなぁって思って……」
「好みの男の子って?」
「何でもないわよ。こっちのことよ」

千聖は、そう言って頬を赤く染めてそっぽを向く。
これ以上、問い詰めても何も得られない気がしたので、僕は引き続き絵を描いていく。
なんだか千聖は、その方がしっくりくる感じがした。
どこか捉え所のないような不思議な印象が、千聖にはある。

「ところで、上手く描けた?」

千聖は、立ち上がるとまっすぐにこちらに近づいてきて、僕の描きかけの絵を覗き見てくる。
来栖先生が言ったとおり、下手なら下手で文句の一つでも言えばいい。
僕は、今描いてる絵を修正するつもりはない。
僕の描きかけの絵を見た瞬間、千聖はなぜか嬉しそうな表情を浮かべた。

「ふ~ん。意外と上手く描けてるじゃない」
「そうかな? まだ下書きの段階なんだけど……」
「下書きにしたって、結構上手いわよ」
「そっか。上手い…か」
「どうしたの?」

千聖は、思案げな表情で訊いてくる。

「いや。描きかけの絵を上手いって言われたのは初めてだからさ。なんか変な気持ちだよ」
「どんな気持ちなの?」
「何というか、その……。恥ずかしいって言えばいいのかな」

僕は、絵の続きを描きながらそう言った。
実際、絵の感想を聞いても、まともなことを言われたことがないから余計に恥ずかしいって思うのかもしれないけれど。

「何も恥ずかしくなんかないじゃない。充分に上手いよ。私が言うんだから間違いはないよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると、すごく嬉しいよ」
「べ、別に褒めたわけじゃないんだからね。率直に上手いと思ったから、そう言っただけよ」

千聖は、頬を赤く染めてまたそっぽを向く。

「そっか」

僕は、微苦笑して相槌をうった。
この表情を描くのもいいんじゃないのか。
そう思った僕は、千聖のそっぽを向いてる表情を脳内に記憶し、そのまま描き始める。
とりあえず、デッサンは決まったかな。

「ちょっと……。何描こうとしてるのよ」
「似顔絵だけど」
「それは、わかっているわ。だけど……」

千聖は、何か言いたげな表情でこちらを見てくる。
僕は、我関せずといった表情で千聖の表情を描いていく。

「千聖さんの似顔絵を描くのに、なにか問題でも?」
「問題はないけど……。だけど……」
「問題ないのなら、別にいいんじゃない」
「そうだけど……」

千聖は、はっきりとこうとは言えず黙り込んでしまう。
何がそんなに不安なんだろうか。
僕はただ、千聖の似顔絵を描いているだけなのに。
ありきたりの絵だったら、来栖先生も満足はしないだろうと思って、千聖の怒ったような表情にしたんだけどな。
千聖は、仕方ないと思ったのか、こう言ってきた。

「あんまり恥ずかしい絵を描かないでよ」

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