とろけるような、キスをして。

青花美来

新たな環境(1)


*****


三週間後。晴美姉ちゃん家での年越しパーティーを楽しんでから数日が経過した、一月上旬。


「初めまして。本日からお世話になります。野々村美也子と申します。よろしくお願いいたします」

「初めまして。千代田 藍子チヨダ アイコと申します。よろしくお願いいたします」


私は母校である白河高等学校での初出勤を迎えていた。
理事長室、職員室に挨拶をして、最後に事務室での自己紹介。
職員室では晴美姉ちゃんと修斗さんがにこやかにこちらを見ていてとても気まずかった。
ここ、白河高校の事務室には私を含めて事務員は二人だけだ。
一人産休に入ったため、この一ヶ月ほどは千代田さんが一人で学校の事務作業を一手に引き受けていたのだとか。
そりゃあ大変だ。臨時で人を雇うわけだ。むしろ私一人でも足りないのではないだろうか。あと一人か二人いてもいいのでは……?


「野々村さんが来てくれて助かりました。さすがに私一人じゃもう手が回らなくて。慣れない業務もあるとは思うんですけど、一緒に頑張りましょうね!」

「はい。よろしくお願いいたします」


とても可愛らしい笑顔が魅力的な千代田さんは、私より三つ年上の女性だ。


「私も二年前からここで働いてるんです」

「そうなんですか?」

「はい。離婚して東京からこの街に出戻りして来たんですけど、その時にちょうどこの学校の求人を紹介してもらって」

「そうだったんですか」


どうやら千代田さんはシングルマザーらしい。だから残業や休日出勤もなかなか難しく、一人で回すのは無理があった。そのため今回の私の採用に至ったというわけだ。


「このまま一人だったらどうしようかと思ってました。だからありがとうございます」

「いえ、私はタイミング良く拾ってもらっただけで」

「ふふっ、じゃあ私たち、そういう意味では一緒ですね」

「そうですね」


東京から戻って来たのも、紹介してもらって今ここにいるのも、共通点が多いこともあり、仲良くなるのに時間はかからなかった。
あまり人付き合いが得意でない私でも、千代田さんのフレンドリーさに引っ張られるように会話が弾む。


「まずは私たちの仕事内容を詳しく説明しますね」


面接の時に粗方仕事内容は聞いていたものの、実際に千代田さんからリストアップした用紙を見せてもらうと、中々の仕事量だった。
学校の備品管理から生徒たちの授業料や単位の管理。もちろん入学や卒業、受験に関する細かい作業も全て担っている。
経理関係も行うらしい。そこは慣れている千代田さんがやってくれるとのこと。
他にも教職員の勤怠に関してや証明書の作成など、多岐に渡っていた。


「覚えることがたくさんあるので、マニュアルも作れるものは作ってみました。これでわかればいいんですけど」

「ありがとうございます!見ながらやってみて、わからなかったらお聞きしますね」

「そうしてくれると助かります」


渡されたファイルには各種手続きの流れや書類のテンプレート、データの作成方法にその提出先まで綺麗に纏められていた。
なんてわかりやすい。
ありがたく受け取って、出来るところから仕事を始める。

元々事務職をしていたため多少勝手が違う部分もあれど、慣れてしまえばそこまで難しいものも無い。
初日からスムーズに仕事が進んで、一安心した。


昼休憩には校内にある食堂へ向かい、持ってきたお弁当を広げて食べた。
冬休み中だからまだ食堂自体はやってないけれど、自由に飲食できるため先生や職員の方たちはいつもここで食べているらしい。
千代田さんもお弁当のようで、お互いに美味しそうなおかずの作り方を聞いたりと楽しい時間。
そんな時に、部活動の途中なのだろうか。廊下から「あ、深山先生いたー!」という生徒の声が聞こえた。


「いたいた。みゃ……野々村さん」

「……深山先生。どうしました?」

「一緒に食べようと思って。千代田さん、俺もご一緒していいですか?」

「もちろんです。どうぞ」


修斗さんとは、仕事中は社会人として"野々村さん"、"深山先生"と呼び合い、ちゃんと敬語を使うことに決めた。
それは晴美姉ちゃんにも言えることで、学校では"四ノ宮先生"と呼ぶことにしている。

結婚したんだから"広瀬先生"じゃなくていいのかと聞いたら、いろいろと面倒だし生徒も先生方も"四ノ宮先生"で言い慣れているから今年度はとりあえずこのままでいくんだと言っていた。
確かに修斗さんも田宮教頭も、ずっと"四ノ宮先生"って呼んでたっけ。

とは言え、学校の職員は皆、私がこの学校出身で晴美姉ちゃんの従姉妹だということも修斗さんと仲が良いことも知っているため、呼び方を変えようが変えまいがあまり意味は無いのだが。

まぁ、生徒はそんなこと知らないし、さすがに生徒の前で"晴美姉ちゃん"と呼ぶわけにもいかない。

一種のケジメというやつだ。

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