とろけるような、キスをして。

青花美来

甘い香り(3)


「……みゃーこ、いま何時?」

「わかんない。まだ暗いから夜だと思うけど。私のスマホどこだろう」

「あぁ……多分そっち」


ふわぁ、と大欠伸をしている先生に断りを入れて、コップを持ちながらスマートフォンをとりにリビングに向かう。
テーブルの上に置いてあったのを見つけて、持ってまたキッチンに戻った。

その頃には先生はもうミネラルウォーターを飲み終わっていて、コップもシンクの中。


「スマホあった?」

「うん」


頷いて私も飲み干したコップをシンクに入れると、当たり前のように先生は私の手を引く。


「じゃあ寝よ。俺さっき寝たばっかだからまだ眠い……」

「え、ずっと起きてたの?」


さっきスマートフォンで時間を確認したら、午前三時を回ったところだった。

さっきって、いつ?ずっと起きてたの?

すぐに寝室に戻り、ベッドに腰掛けた先生は目を数回擦る。
そしてとろんとした、甘い目で私を見つめたかと思うと、私の手を引いてぎゅっと抱きしめてきた。


「んー……だって、俺に抱きついて寝てるみゃーこがあんまりにも可愛いから……俺と同じシャンプーの匂いするしさ……寝顔可愛いしさ……そんなんもう寝られないでしょ。理性保つのに必死だよ……」

「え、な、えっ」

「だから早く寝よ。あー……俺もうこれ病みつきかも。みゃーこが可愛すぎる。みゃーこの甘い匂い大好き。すっげぇ落ち着く。ダメだ。離したくない」


言うが早いか、そのままベッドに倒れるように横になり、私を抱きしめたままもぞもぞと器用に布団に入る。
そしてすぐにまた寝息を立て始めた。
しっかりと背中に回った腕。私は頭の中が飽和状態になってしまい、されるがままだった。

先生は、やっぱり寝ぼけていたようだ。それか夢でも見てた?夢の中だと思ってた?
そうだ。きっとそうだ。そうじゃないと、先生がこんな私に、そんな……抱きしめたり、恋人に言うような甘いセリフを言うとは思えない。

だって、私は生徒で、先生は教師で。
いくら卒業したからって、そんな……、そんな関係になるわけないじゃない。

先生だって、私を生徒として可愛がって心配してくれているだけで、それ以上の特別な意味なんて、無いんだから。きっと、朝起きたらいつも通り私をからかうみたいに笑うんだろう。うん。きっとそうだよ。


そう思っていないと、勘違いしてしまいそうで。
そうやって自分を納得させないと、先生が私のことを生徒以上として見てるんじゃないかって、錯覚してしまいそうで。
でも、それを直接聞けるほど私には心の余裕も無いし、覚悟も無い。


"みゃーこなら、勘違いしてもいいよ?"


あれは、一体どういう意味だったんだろう。

……もう、寝られないよ。先生の馬鹿。

気持ち良さそうに眠っている顔。その幼い表情を見つめながら、頬をきゅっとつねってみる。
そんな私のせめてもの抵抗に、先生はほんの一瞬眉を顰めただけで。
はぁ。とため息を吐く。

悔しいから、眠れないけど目を閉じてみる。
するとどうだろう。不思議なことに、再び眠くなってくる。
先生の甘い香りには、リラックス効果でもあるのだろうか。
そう思ってしまうくらい、私はまたすぐに眠りに落ちてしまうのだった。


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