とろけるような、キスをして。

青花美来

二度目の帰省(4)


先生の家は、前回外観だけ見たマンションの一室。
エレベーターで五階に上がると、五〇二号室に案内された。


「どうぞ」

「お邪魔します……」


広い玄関を抜けると、正面にドアが一つと左右に二つずつドアがあった。


「こっちが俺の寝室。そっちの部屋が空き部屋だから、みゃーこ使っていいよ」


向かって右のドアを指さされ、「わかった。ありがとう」と頷く。

どうやら他のドアはトイレと洗面所のよう。その先にお風呂があるようだ。
借りる部屋に入ると、シンプルにクローゼットと小さなテーブルと椅子がある。


「それ、新品の布団出しといたから」

「いいの?新品なんて使わせてもらって」

「誰かが使ったのとか嫌だろ。俺もそんなのみゃーこに使わせたくないから」


当たり前のように言って、先生は


「荷物置いたらリビング来て」


と言って部屋を出ていく。
確かに使われていないのだろう、がらんとした印象の部屋に、自分の荷物を置いて先生の後を追いかける。
リビングに入ると、白い壁紙と対比するようなシックな色の家具が目に入る。
グレーやブラックなど、モノトーンで統一された部屋はとても落ち着きがあって綺麗だ。
大人な雰囲気が先生のイメージにピッタリ。
先生は


「こっちがキッチン。好きに使って」


と買ってきた荷物を早速冷蔵庫に入れてくれる。
今日はハンバーグと言ったからか、その材料はわかりやすくまとめてキッチンに置いてくれた。

先生も自炊するらしいからか、キッチンは生活感にあふれていた。
しかしそれは決して汚いわけではなくて、洗い終わった食器が水切り桶に入っているなど、"普段からちゃんと料理しているんだなあ"とわかるもの。
そんな中でも片付いているのは、先生曰く"昨日頑張った"らしい。


「もう作り始めちゃって大丈夫?お腹空いてる?」


壁に掛かっている時計に目をやると、まだ十六時過ぎだ。
ちょっと夕食には早いような気もするけれど。


「うん。昼食ってないからめちゃくちゃ腹減ってるんだよね。みゃーこも疲れてるだろ?早めに食べてゆっくりしよう。俺も手伝うよ」

「いや、泊めてもらうお礼なんだから先生はそっちで休んでて」


先生が手伝っちゃったら、私のお礼の意味が無くなる。それじゃあ本末転倒だ。

先生がお昼を食べていないと言うのを聞いて初めて、私もお昼を食べていないことに気が付いた。
片付けに夢中になりすぎて空腹すら感じていなかったようだ。
気が付いてしまうとなんだか急にすごくお腹が空いてきた。我ながらわかりやすい身体をしている。


「じゃあここで見てて良い?」


そう言って指差したのは対面キッチンの前にあるカウンター。そこに置いてある椅子に腰掛けてこちらを見つめてくる。


「え、作ってるところを?」

「うん。見たい」


見られて減るものじゃないけれど、作っているところをまじまじと見られる経験なんてないからそわそわしてしまいそう。
しかし先生はキラキラした目で"見たい"と言ってくるから、断るのも忍びない。


「……あんまりじろじろ見るのはやめてね」

「やった、邪魔にならないように見てるから安心して」


宣言通り、カウンターの向こうから静かにこちらを見てくる先生。
しかし包丁を使おうとしている時までじーっと見てくるものだから、逆にやりづらくなって手元が狂い、少し指を切ってしまった。


「あ」

「えっ、大丈夫か!?切った!?」

「うん。でもこれくらいなら痛くないから大丈夫」

「大丈夫なわけあるかよ。ちょっと待ってろ。絆創膏持ってくるから」


いや、こんなの舐めときゃ治るよ……。
バタバタと絆創膏を探しに行った先生。
水で傷口を洗い流していると慌ただしく戻ってきて。


「貸して」


左手の人差し指をぐるっと一周する小さな絆創膏。
こんな些細な傷でもそんな慌てて手当てしてくれるなんて、過保護にもほどがある。
でも、それも先生の優しさだから。


「ありがと」


お礼を告げると安心したように微笑んだ。
先生に見られていると逆に緊張するから見ないで欲しい。
そう告げると、先生も納得したのか大人しくソファに座ってテレビを見始めた。
私はその間にハンバーグを捏ねて、先生希望のチーズを中にたっぷりと入れて。
フライパンで焼く。


「……良い音。楽しみだなあ」


そんな声がソファの方から聞こえてきて、笑いそうになった。
ちらちらこっちを見てきて、まるで"待て"をされている犬のよう。
呼んだら一目散に駆けてきそうな気がする。


「もうちょっと待ってて」


少し声を張って言うと、「はーい」と頷くのが見えた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品