とろけるような、キスをして。

青花美来

二日目(3)


そこは、高校とはまた別の銀杏並木の中心にあって。この時期は散った銀杏の葉で辺り一面が黄色に染まる、とても綺麗な場所。
この街に七年ぶりに足を踏み入れた私は、ここに来るのは幼い頃、お盆にお墓参りに来て以来だった。


「……こんな大切な場所に、俺も一緒で良かったの?」

「……うん。どうしても一人じゃ怖くて。修斗さんが一緒なら、来れる気がしたから」

「……そっか」


ここは、数多の人々が静かに眠る、墓地だ。
私の両親が七年前に納骨されたお寺の隣にあり、晴美姉ちゃんに散々場所を告げられていたにも関わらず、今まで怖くて行けなかった場所。


「ここに来ると、本当に両親は死んだんだって突きつけられるような気がして、怖くて来られなかった。高校にいる間も、卒業してからも」


並んで歩くと見えてくる、"野々村家之墓"の文字。

ここも、誰かが定期的に掃除してくれているのだろう。雑草一つ生えてなく、とても綺麗だった。
墓石に刻まれた両親の名前を指でなぞる。不思議と涙は出ず、なんだか穏やかな気持ちだった。
汲んできたお水で墓石を洗い、先生に持ってもらっていた仏花を備える。
墓石の前にしゃがみこみ、両手をそっと合わせた。

何か、両親に語りかけるべきだろうか。
ここにはいないとわかりきっているのに、ここで語りかける意味はあるのだろうか。
ドラマや映画で、こんなシーンを見た時には必ず思っていたこと。
でも、実際に自分がそちら側になると、思わず語りかけたくなる。


"なんだか、ここにいてくれているような気がするの"


いつだか見たドラマのセリフが、頭の中に蘇る。


……確かに、そうかも。

お父さん、お母さん。……ここに、いるのかな?
いるのならば、聞いて欲しいことがあるの。
謝らなくちゃいけないこと、お礼を言わなくちゃいけないこと。
たくさん、話したいことがある。聞いてくれるかな。

吹いた風が、私の頰を撫でるように通り過ぎていく。
それに妙に安心して、一つ笑みをこぼす。
そのまましばらく、目を閉じて手を合わせていた。



「ご両親に報告できた?」

「んー……いろいろ言いたいことがありすぎて、二割も言えなかった」

「そっか。じゃあまた、こっちに帰ってきた時にまた来ればいい」

「うん。そうだね」


その時は、一人で来れるだろうか。
いつまでも先生の優しさに甘えているわけにはいかない。

……強く、ならなくちゃ。


「先生、行こ」

「あ、また"先生"に戻ってる」

「いいじゃん。ここ誰もいないんだし。もう帰るんだから」

「えぇー……。もうずっと修斗さんって呼んでよー。呼び捨てでも良いよ?君付けでも良いよ?」

「なんで」

「だって"修斗さん"って呼んでるみゃーこが可愛いから」

「っ、却下!」


いたずらっ子みたいに笑ってるならまだしも、優しい笑顔で言われたら、本気にしちゃうから。


「可愛いとかっ、そういうことは軽はずみに言っちゃダメなんだよ先生!女の子は皆勘違いしちゃうから!」


そういうタラシみたいな発言すると、勘違いした女の子がたくさん寄ってきちゃうんだから。

……あ、だから先生は昔からあんなに人気なのか!?


「……勘違い?それって、みゃーこも勘違いするってこと?」

「なっ!?」

「みゃーこなら、勘違いしてもいいよ?」

「っ!?」

「だって、そうしたらみゃーこは俺のこと、好きになってくれるってことでしょ?」

「な、なにを……」

「可愛いって言うだけでみゃーこに好かれるなら、俺いくらでも軽はずみなこと言っちゃうかも」


この人は一体何を言っているのだろう。
そんな嬉しそうな、満面の笑みで。
私になら勘違いされてもいいって?それって、私に先生のことを好きになってほしいってこと?
なにそれ、意味わかんないんだけどっ……。


「ははっ、顔真っ赤。本当可愛いなあ、みゃーこは」

「……うるさい。教師が生徒にそういうこと言っていいの?」

「みゃーこはもう卒業してるから問題無いでしょ」


私が何も言えないのをいいことに、先生は嬉しそうに笑っている。
からかうのもいい加減にしてほしいものだ。


「お、そろそろ出ないと時間間に合わないな」

「え、本当?」

「うん。もう十六時になるよ」

「やば。行かなきゃ」


小走りで駐車場まで戻り、車に乗り込んだ。

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