とろけるような、キスをして。

青花美来

あの頃に、思いを馳せる(2)

「ここだっけ?」

「うん。ここ。中に停めていいよ」

「おっけ」


実家の敷地内に車を駐車してもらい、二人で降りた。

木造の三階建ての実家。
先生は家を見上げて「デカイ家だな」とこぼす。


「ちょっと片付けもしたいから、中入る?」

「いいの?」

「うん。今誰も住んでないし。大丈夫だとは思うけど、もし虫とかいたら退治してくれると助かる」

「虫退治要員……まぁいいか。お邪魔します」


久しぶりに開ける鍵。
ガチャリと懐かしい音を立てて開いた扉。


「……ただいま」


反射的にこぼした声に、返事は無い。
昔は広く感じたガランとした玄関を通り抜け、リビングの扉を開ける。
薄暗く感じて電気をつけようとするものの、パチンと音が鳴るだけで明るくならない。

そういえば電気は止めてあるんだと気が付いて、諦めて中に入った。


「ごめんね。電気も水道もガスも止めてるの忘れてた。トイレとか大丈夫?」

「うん。大丈夫」

「行きたくなったらそっちにコンビニあったはずだから行ってきていいからね」

「ありがとう」


リビングやお風呂場、物置など、家の中を一通り確認すると、思っていたよりも埃は被っていなかった。

晴美姉ちゃんのお母さんがたまに掃除してくれているとは言っていたから、多分そのおかげだろう。
式で会った時にもっとちゃんとお礼を言っておくべきだった。

最後に入った三階の自室で、両親と映る家族写真が写真立てに飾られているのを見つけた。

……懐かしいな。

それをそっと手に持って、埃を払った。


「……お父さん。お母さん」


私の両親は、もういない。
私が高校三年生の時に、事故で亡くなったのだ。


「……あれからもう、大分経ったな」

「……先生」


私が戻ってこないから心配したのだろうか。
先生がドアの前で私が手に持つ写真立てを見つめながら言う。

もちろん先生も、私の両親が亡くなったことを知っている。


「ねぇ先生」

「……ん?」


穏やかな声に、一瞬言葉を詰まらせる。


「……私って、薄情な娘かなあ?」

「……なんで?」


隣に並んだ先生は、私の頭にそっと手を乗せた。


「言い訳にしか過ぎないんだけどさ。……私ね?何も知らない子どもだったから、一周忌も三回忌もよくわかってなくて。……そうなったら知った後も行きづらくて、七回忌も来なかったの。……全部、そういうのは晴美姉ちゃんの家族がやってくれたの」


あの頃はまだ子どもで、法要なんて全く知識も無くて。
よくわからないまま葬儀と納骨を終えて、相続の話なんかも親族がやってくれて。
自分では何一つしないまま高校を卒業して、着の身着のまま上京して就職した。


「あの時は誰にも言えなかったけど。一人ぼっちのこの家に住むのがつらくて、両親がいないこの街にいるのが苦しくて……。逃げ出した。そうしたら、今度は帰ってくるのが怖くなっちゃって」


晴美姉ちゃんにも散々迷惑をかけた。
親戚にも、合わす顔がないとさえ思うほどに、迷惑しかかけていない。
さすがにお祝いの場の雰囲気をぶち壊すことはしたくなかったため、近いうちにちゃんと頭を下げに行くつもりだ。特に晴美姉ちゃんのお母さんである伯母さんには、何度謝っても足りないかもしれないくらいだ。


「晴美姉ちゃんの結婚式が無かったら、多分私、いまだに帰って来られてなかった」


写真立てを握る手に、力が入る。

先生は、そんな私を黙って自分に引き寄せた。
ポフ、と頭が先生の肩口に当たる。


「世間一般では、みゃーこのことを薄情だとか、親不孝ものとか。そう言うかもしれないな」

「……」

「……でも、俺はあの時のみゃーこをずっと見てたから、みゃーこを責めるつもりはないよ」

「……先生」

「みゃーこがあの時、どれだけ苦しんでどれだけ悩んで東京に行ったか。一人で全部抱え込んで壊れそうになってたみゃーこが、どんな思いで今日帰って来たか。それを考えたら、誰も何も言わねぇよ。みゃーこのことをそんな風に言う奴はこの街にはいない。……きっと、みゃーこの両親も同じだと思う」


先生の優しい声が、スッと頭に入ってくる。

先生の声は、昔から魔法みたいだ。
私を優しく、包み込んでくれるみたいに柔らかい。

先生にそう言われたら、そんな気がしてくるんだから不思議だ。


「せんせー……、ありがと」


返事の代わりに私の頭を撫でてくれる先生は、それからしばらく私の気が済むまで寄り添ってくれた。

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