ここは会社なので求愛禁止です! 素直になれないアラサー女子は年下部下にトロトロに溺愛されてます。

森本イチカ

少女漫画のようには上手くはいかないです⑶

 午後からの仕事は心ここに在らずといった感じでつい、昼間の涼子との話をつい思い出してしまう。

「水野ちょっといいか」

「あ、はい」

 木島部長に呼ばれ席を立ち、部長の元へ行くととんでもない事を命じられた。

「はい!? な、なんで私が松田君の様子をわざわざ見に行かないと行けないんですかっ」

「頼むよ、多分松田頼れる人が周りに居ないと思うからさ」

「んな! だったら部長が行けば良いじゃないですか!」

「俺はまだまだ仕事が残ってるからな! 頼むぞ」

 私の肩をポンっと叩きその場から逃げるように部長は立ち去って行った。部長は頼る人が居ないと言っていたけど……いや、大人だし! と思いつつも仕方なく定時で仕事を終わらせ松田の家に向かう事にした。

 電車で一駅、駅から真っ直ぐ歩いて十五分くらいのところにあるアパートが松田の家だ。
 たった一回、しかも車で連れてきてもらっただけなのに覚えていた。我ながら自分の記憶力に拍手したい。

 (確かこの部屋だったはず……)

 102号室のインターホンを鳴らす。
……出ない。もう一度鳴らしてみた。
ガチャッとゆっくり玄関ドアが空く。

「……水野さん? ッゴホ、どうしたんですか?」

 チョコンとドアから顔を出した松田はマスクをしていても分かるくらい顔色が青白く、熱があるのか息も少し荒い。

「部長に頼まれて貴方の様子を見にきたのよ、大丈夫?」

「わざわざすいません、大丈夫なんですけど、うつると悪いんで今日はすいません」

「大丈夫ならいいんだけど、いちようスポーツドリンクとか買ってきたから」

 レジ袋に入っているスポーツドリンクやゼリーを松田に手渡し、帰ろうとした矢先にドスっと鈍い音が聞こえた。
 ソッとドアを開けると松田が玄関のところでうずくまってハァハァと息を上げ苦しそうにしていた。

「ちょっ、松田君大丈夫なの!?」

 慌てて松田の元に駆け寄ると「だ、大丈夫です」と小さな声で答えたが明らかに大丈夫ではないだろう。とにかくベットに連れて行こうと松田の脇から腕を通しなんとか起き上がらせゆっくり寝室に向かう。

「水野さん……ごめんなさい」

「いいのよ、こんなになるまで仕事をさせちゃった上司の私の責任でもあるわ」

 ベットに着くなり松田はドサっと倒れ込む。

「お粥作ってくるからキッチン借りるわよ」

「あ、はい……」

「しばらく寝てなさい」

 人の家で料理をするなんて初めてだ。むしろ男の人の為に料理をするのが初めて。料理といってもお粥だが……来る前にスーパーに寄っておいて正解だった。コトコトとご飯を煮込み溶き卵を流し込む。

(少しは食べれるかしら……)

 出来上がったお粥を寝室に運んだが松田はスースーと寝息を立てて寝ていた。額にジワリと汗をかいていたので洗面所からタオルを拝借し、タオルを水で濡らしてから松田の汗を拭った。
 気持ちが良かったのか少し表情が和らぐ。

「んん……行かないで……」

(ん? 寝言?)

「っつ……待ってよ……」

 松田の目尻からツーっと涙が流れた。顔を顰めて苦しそうにしている。そっとタオルで涙を拭き取り、私は松田の手をギュッと握りしめた。何の夢を見ているのかは本人にしか分からない、けれどきっと悪い夢を見ているんだろう……大丈夫だよ、大丈夫だよ、と何度も心中で唱えながらギュッと松田の手を握りしめた。
 どうしてそんな行動を取ったのか自分でも分からなかった。

「んん……」

「おはよ、水野さん」

「ん、おはよ……んあ!?」

 松田の手を握っていたら段々眠くなっていつの間にか寝てしまっていたみたいだ。目を開けた瞬間マスクをしている松田の顔が目の前に映ったのでびっくりしすぎて変な声を出してしまった。

「俺の手、握っててくれたんですね……」

「え!? あ、うん、なんかうなされてたから……」

 スッと松田の手が私の頬に伸びてきて頬を包む。熱があるからかいつもより熱く感じる。

「えっ、な、何っ」

「はい、風邪がうつるといけないからマスク」

「あ、ありがとう」

 マスクをつけると、また松田の手が私の頬を包む。マスク越しでも松田の熱が伝わってくる。
 ジッと見つめられると吸い込まれそうな黒い瞳に捉えられて目を逸らすことが出来ない。松田から感じる熱がジリジリと温度が上がり、空気がどんどん薄くなっていくように息をするのも苦しい。

「水野さん……ありがとう」

「い、いいのよ」

 ゆっくりと近づいてくる松田の顔から視線を逸らす事が出来ずマスク越しに私達はキスをした。

「はは、今流行りのマスクキス出来ちゃいましたね」

「なっ、何言ってんのよ!」

 二人でクスクス笑いながら言い争っていると急にピンポン、ピンポン、ピンポンとインターホンが何度も部屋に鳴り響く。

「あの、出た方がいいんじゃない?」

「んー、どうせセールスかなんかですよ、今は水野さんとの時間だから……あの、お粥食べてもいいですか?」

「勿論、今温め直すからね」

「ありがとうございます」

 お鍋に戻し弱火で温め直す。寝室にいる松田の元へ運ぶとマスク越しでも分かるくらいの笑顔で喜んでくれた。
 蓮華ですくって一口、口に合うだろうか……

「すっごく美味い! 水野さんの手料理食べれるとか風邪ひいて得したなぁ」

「良くない! でも口に合って良かったわ」

「凄く美味しいです、いいお嫁さんになりますね」

「ったく何言ってんの、さっさと食べて薬飲んで寝なさい」

「はい」

 松田はお粥を一粒も残さず綺麗に平げた。食後の薬も飲んだ所を見届けたので、帰る支度をする。

「じゃあ松田君、お大事に」

「本当にご迷惑をお掛けしてすいませんでした……」

「何言ってんの! 私が風邪ひいたらカバーしてもらうんだからお互い様よ、じゃあまた」

 靴を履き玄関を出る。

「開いた!! やっぱり大雅いたんじゃん!!」

「マコト!? お前何してんだよ!」

 大雅?マコト?この女の人は誰?
突然の出来事に思考回路が回らない。心臓がバクバクと動く。うまく息ができない。心臓を誰かに握り潰されているのだろうか、苦しい、苦しい、苦しい。

「連絡したよ! なのに大雅全然出てくれないんだもんっ、寒かったぁ、早く部屋に入れてよ」

 マコトと呼ばれる女性は撫でるような声を出し松田の腕に絡みつく、私を見るなりキッと睨み敵意を見せた。
 一瞬で悟った、ああ、彼女は松田が好きなのだと。

「あの、私帰るので、じゃあ失礼しました」

「水野さんっ! ありがとうございました、気をつけて下さいね!」

 最後までマコトは松田の腕にしっかりと絡み、私の事を睨んでいた。
 二人の腕が絡んでいる所を見たくなくて足早にその場を離れた。

「え……」

 自分の目が熱い、ツーっと頬が濡れる。頬が濡れてから気づいた、自分の目から涙が流れている事に。涙が溢れて止まらない。

「あはは……何で今更……」

 好き。松田が好き。今更自分の気持ちに気付くなんて遅すぎた――。
 

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