カンナ&ゆうな

ノベルバユーザー526355

vol.27(6)

ゆうなが待つあの丘をめざして、山あいの坂を駆け上がっていくカンナ
消えては漂うキンモクセイの香りが彼女の髪の匂いに感じ、彼の足を押し上げた。
まるで街角で触れる挽きたてコーヒーの薫り
テラスの向こうのカウンターの上に置かれたコーヒーサイフォンが沸騰して、泡が踊る。
そして吹き上がり満たされていくコーヒーは、カンナの心にも似ていた。
まだ大人に腰かけたばかりのカンナには本当のコーヒーの薫りなど味わい知れない
でも間違いなくその香りは彼の駆ける足どりとともに、大人へと引き上げてゆく。
導くその先は、ゆうなに秘められたキンモクセイ・・


ゆうなが待つあの丘を駆けおりると、月に照らされ蜜を孕んだ白いベンチが佇んでいた。
揺れる大樹の枝影がそれを舐めとり、カンナをそこに座らせる。
いるはずのゆうなの影を辺りに追い、
いるはずのないゆうなの影を月に追った。
現実に揺さぶらる。
月が西に首を傾げると、満たされたはずのカンナの想いもこぼれ出す。
時は、夜の真昼をゆうに過ぎている。
急に丘に張り付いていた虫の音がれて、
彼の前を秋とともに流れ落ちていく気がした。
届くはずのない月に何かをすがるように、天空を浴びるカンナ
すでにコーヒーは冷め、苦味だけの液体となっていた。


月をついばむ水墨画のような雲は、カンナの身をも切って捨てる思いにさせた。
眼に降り注ぐ細い雨のかけらが呼び水となって、カンナの心の泉の奥底を細く割る。
歪む神無月『かんなづき』
それでも想いを託さずにはいられなかった。
残された月のかけらがこぼれぬよう、あふれぬように・・
カンナの左の頬をするりと何かが滑り落ちた。


「カンナくん・・」
いつの間にか舞い降りた遠くて近い女神のつぶやき声
「・・カンナくん」
深くカンナの泉に響くゆうなの声
それでも天を見上げたまま、月のかけらを溢さぬように振り向けずにいるカンナ
ゆうなはベンチの後ろから左手で、カンナの目尻に揺れ、そっと頬を撫でおろす。
「・・素敵だね・・」
そのゆうなの独り言のような微かな声に、カンナは動けず身を潜め、
溶かすように、剥き出しとなっていた自分の存在の尖った角を丸めていった。
みるみる掃き払われていく雲影が、カンナの夢想を持ち去り、
かわりに満たされゆく上弦の月が、現実のふたりを包み込む。
カンナとゆうなの視線が遠くはるか頭上で、想いとともに交錯して・・
今宵の月に幸あれ

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