カンナ&ゆうな

ノベルバユーザー526355

vol.25(1)

「母さん、自転車借りるよ」
「カンナ、別にいいけど・・。なんだか、ご機嫌ね。」
母の言葉に、自分が浮かれていることを初めて悟るカンナ
あまりに図星だったので、母には顔を見られないように背を向け、タイヤに空気を入れた。
「後ろ座席のサビもなし・・。点検、これでいいか」
ひとり言を言っている自分、やっぱり浮かれているようだ。
「母さん、今晩、遅くなるからね」
「ふふ・・。やっぱり浮かれてるよ。カンナ」
母はカンナを少し弄びながら、隠し事のできない性格のカンナが自分に似ていて、
うれしくもあり、同じようにウキウキ浮かれた気分になっていた。
カンナは母を無視しながらも、そんな母が嫌いじゃなかった。
「いってくるよぉ。」
「浮かれてらっしゃい。」
「わかったって。」


後ろ手で母に手を振ると、カンナはいつもの河の土手とは逆方向にペダルを踏み込み、
住宅街を掛け抜け、山の手に向け、立ち漕ぎ全開で登って行った。
『さっきの家は今晩カレー、こっちは天ぷらかあ』 
各家庭では晩ごはんの支度タイム。
夕食準備の匂いに、知るはずも家庭の会話が聞こえてくるようで、
ふんわり湯気のぼる白いご飯が頭に浮かび、食卓を囲む家族の笑顔を思い描いた。
そう言えば、東京にいた頃は、晩ごはんの匂いなんてしたっけぇ・・。
思い出せなかったし、それ依然ひょっとしたら経験したこともないような気がしてきて、
あの大都会にほんとに人は住んでいるのか?
なんて、カンナは裏の真実態に触れた気もした。
家もまばらになり、最後の家のすき焼きの匂いを通りすぎると、後はまっすぐ一本道。
もうこれ以上、立ち漕ぎマックスになり、自転車ふらふらを転げ降りると、
心臓が内からどんどん突き上げていた。
息も絶え絶えの数十メートルで、道は砂利を敷き詰めた駐車場に行き当たり、
その先はまた見上げるまっしぐらのアスファルト階段になっていた。
『この坂とこの階段、クラブの特訓メニューにもってこいだなぁ』
階段の手すり越しに咲く、少し季節遅れの紫陽花に励まされながら、
カンナは最後の数十段をダッシュで駆け上がった。


ゴール
膝に手をついて、あがった息を肩で整えた。
ハア・・ハア・・
脈も幾分整い、頭をふっと上げると、カンナの心臓はまた強く波打った。
そこにはつま先を揃え、素足に革ひもが巻きついたようなサンダルを履いたゆうな
膝元には、薄いピンク色に浮かぶ、さっきの紫陽花を思い起こさせる淡い紫の朝顔が
二輪、咲いていた。
朝顔のピンと潤い満ちた葉先のように、指先重ねて前で揃えられたゆうなの2枚の両手
そして腰には、えんじ色の帯。折り返しの白色とのコントラストが浴衣全体のイメージを
清楚に引き締めていた。
カンナの視線は、髪を頭の高い位置にくるりと束ねたゆうなの顔に達して、
「きっ・・きれいだねっ」 カンナの心をついて出た本音本心のひと言
「ありがとう」 カンナのカラっとしたあっけらかんな言い方に、思わずゆうなは、
いつもにもまして咲きほこった笑顔を添えた。
「カンナぁ、女ごころ、くすぐるのうまいね」
カンナは落着きを取り戻すと、沸いた違和感をおそるおそる小声で口にする。
「でも、それって・・・サンダルだよね。それも女ごころ?」
「キャハっ・・サンダル、わかったあ。誰も私の足元なんて見ないよぉ。暗くて
見えないし~。でも、その発言、女ごころ、くすぐんなぁい。減て~ん・・だよ、なんて」
と、いつもの笑い方で、おどけて見せるゆうな
「おれはサンダル、見つけたよっ」
「それも減て~ん。カンナは特別・・。わたしの横にいるから、足元なんて見ないでしょ。」
カンナは、隠れた男ごころをくすぐられた気がしたのだった。

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