カンナ&ゆうな

ノベルバユーザー526355

vol.12

川を渡ってよりこちら側は、柵もなければ表札もないけれど、
個人の敷地、つまりこの先ずっと丘の向こうまで私道に思われた。
蜜柑の淡い薫りに浸っていると、この丘の向こう側がどうなっているか知りたくなった。
車一台分の車幅しかない砂利道は、わだち部分の除いて雑草が生え、
数十メートルの先まで続き、その先は下りなのだろう、様子がうかがえない。
そのわだちが線路のように見え、僕の心が機関車のように先に進みたがった。
他人の土地だとはわかっていても、吹きおろしの風が手招きする。
ちょっとそこまで、その上まで。先を見たら、引き返そう。
こんな朝早く、誰にとがめらることもないだろう。


蜜柑畑の一本道を、息を殺す必要もないのに、細く長い呼吸で登っていく。
肩で息をし、脈が速まり出したその瞬間・・・
真空状態に襲われる。
息を飲み込み、鼓動が一拍抜け落ちる。
太陽に伸びた道
丘陵のテッペンで僕の行く道が光の道にかわり、今日の始まりまで続いていた。
まるで朝陽がそのまま転がり落ち、僕を飲み込もうとする勢い。
ううん、朝の輝きに飲み込まれいた。飲み込まれたかった・・


丘陵を登りきると、朝陽が僕を透過する。
草が人工的に刈り込まれた開けた土地が、目の前に広がった。
見下げるように視界いっぱいに広がる草原には、所どころ意図的に原生の樹木を
残し、そして視界の両端で山が立ち上がり林がまた始まっている。
正面は落ち込むように土地は消え、そのずっと先の下界、つまり歩き始めてた河を
河の辺りが微かに朝もやに霞んで見えていた。


朝が登ってきた。
陽の電磁波が僕を焦がそうと遊び出し、それに僕も両手を広げ、挑発する。
光の電子が僕の心に沈み込み、イオンとなって弾き飛び、心が身体からほとばしる。
目を閉じて、心を開けて・・空を浮く。
いつしか空間を風と光となって上空から俯瞰する。
一羽の小鳥が舞い踊る・・・ピリピリピリ
自分に酔い痴れ、その油断が視界に白いなびきを許してしまう。
そこに意識がフォーカス・・


僕だけの空間・・
・・・・のはずが・・・
思わず目を見開き、目を疑い、目を凝らす。
草原半ばの大樹の木陰、その幹の向こう側に隠れて白い木製のロングチェア。
ペンキは剥げ落ち、景色を同化し、まるでそれも自然の一部のようだった。
そこに腰かけ佇む後姿・・
木の幹に半分隠れて見えないけれど、幹にも負けずシャンと伸びた背筋が
それが人であること証明していた。
気をつけないと見逃してしまいそうな存在感、でも確かな生の息吹を思わせる。
それはまるで蜜柑の薫りのようだった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品