オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第101話:終わりのはじまり

01月06日 晴 239キロ
→winerys→toronto→wyee→poyalson→the entrance→gosford→hornsby→sydney
目指すゴール、シドニーまで約2時間のところまでついに来ていた。シドニーを発った数が月前、バックミラーに結びつけた真新しい真紅のハンカチは、雨風や日光の剥き出しの自然に曝され、すっかりと色あせて、生地はボロボロになり透けて見えるほどになっていた。その風化したハンカチは紛れもなく、今までの夢うつつの旅が、現実であったことの証しだ。
よく知ったシドニーに再び帰ってくることができた心の安らぎの中に、とうとう帰ってきてしまった終焉の寂しさ混じりの緊張感が急に見え隠れし始めた。その感情のせめぎ合いが心を揺るがし、沸き起こる体の震えが抑えきれぬほどとなり、バンクの振動と同調していた。今、計画なき自由気ままな旅を終えようとしている。それゆえ、どこで終止符を打ってもよい旅。そう考えると、旅に出た時点でゴールなんてなかったはずだ。実は終わりのない旅の過程に僕はもういるのかもしれない。シドニーに足を踏み入れても、本当に終わるのだと自分自信で許容できるのか。見覚えのあるシドニー郊外の風景が、夢心地な旅路の僕の目を覚まさせる。錆びれた駅の看板。電球のない外灯。よじれ曲がった標識。いつ作ったのかわからない陳列ケースのミートパイ。垣根の向こうのいつもの位置に居座る大型犬。郊外の地名よりも、どうでもよい風景が、ぼくの心をくすぐった。ここまで来ると、シドニーのシンボルタワー「センターポイント」がいつ見えてくるのかと、視線が住宅地の屋根越しに遥か遠くを探り出す。道路も車線を増やし、往来する車がみるみる増え、都市に入ってきたことを告げる。久々のせわしない車の流れに、バイクのハンドルを握る手に力が入る。
シドニータワーの展望台が見えた瞬間、呼吸不全の感覚に襲われた。まるでそれは、シドニーという惑星の大気圏に突入し、身が燃え上がり、心焦がされる感じだった。突き進み、突き抜ける僕の生命体エネルギー、このまま燃え尽きても、実体を失ってもいいと思った。解放感。達成感。いやこれは慣れ親しんだ束縛感なのか。そしてとうとうシドニー市街地への入れ口ハーバーブリッジをさしかかる。ヘルメットのバイザーを上げ、左手を仰ぐ。きっとそこにあるはずの建造物を期待して。橋の欄干越しにオペラハウスを見たとき、再び身体の感覚が蘇る。そのときの僕は、左手を天高く突き上げていた。長旅で破れたグローブの先から飛び出した指の爪が硬く握ったこぶしに食い込むのを感じた。橋の上でシドニー湾に吹く潮風を全身に浴びると、やっと呼吸している感覚が戻り、心身がはちきれるまで、どこまでもどこまでも深く風を吸い込んでみたくなった。次に風の音が止んだとたん、プツっと、あるはずのない旅の緊張の糸が切れるのを感じた。
オペラハウスにバイクを横付けして、正面階段に座り込む。シドニー住民の足をなっているフェリーが、広いシドニー湾の入り江を、以前となんら変わず、白い水しぶきを立ててあちこち行き来していた。でも、自分自身は以前とは変わってしまっていたことを確信していた。過去の自分とはひとまず区切れをつけ、新しい自分に目覚めた実感。生まれ変わった真新しい僕の心は、あらゆる全てのものに優しくなれ、ありのまま享受できそうな気がした。夏の銀色の陽差しが俺の内側に射し込み、純白の光りで満たし照らし出す。そして発見する。以前とは全く自分がまたそこに立っていることを。
この達成感に満たされた感覚が、心地よい気だるさとともに、至上の幸福を味あわせてくれる。そして今、どこまでも冴え渡った天空が宇宙を突き抜け、僕の心を遮ることなく導き解放する。そう今なら、僕を包み込むこの空なら、飛ぶことさえできるような気がした。
ラリってはないが、完全にトランス状態・・・・
興奮を抑えきれず、居ても立っても居られなくなり、オペラハウスに隣接するボタニック・ガーデン(王立公園)に駆け出し、息が続かなくなるまで走り続けた。そうぜずにはいられなかった。とてつもない広大な敷地を疾走。息も絶え絶えになり、芝生の上に、大の字にひっくりかえる。草に寝そべって、肩で深い息を繰り返す。
どのくらいしてか、バクバク言っていた心臓もおさまり、呼吸が風の流れに溶け込み、同調し始めた。
そうだ。今この瞬間の主役は俺だよな、絶対。経験した旅のイメージが、引いては寄せる波のように去来した。


~バイクにまたがっていることが、旅の生活そのものとなり、僕自身であった。
~エンジンに僕の血を通わせ、バイクに命を吹き込んだ。
~僕の鼓動がエンジンのトルクを生み、呼吸がマフラーを太くうならせた。
~ハンドルを握る掌から神経の触手を伸ばし、無意識下での運転も可能となった。
~タイヤが僕のつま先となり路面を受け止め、蹴り上げる。
~僕だけしか見えない赤い大地に残した足跡。それはどんなに砂嵐を吹こうとも消えることはないだろう。

~太陽は、いつも自分がそこにあらんことを教えてくれた。存在する充足感。
~風は、いつも生きていることの喜びを感じさせてくれた。
~雨は、いつもいいことも悪いことも、何もかも洗い流す涙となってくれた。
~海は、いつも心の平穏と安らぎを与えてくれた。
~赤い大地は、いつももの言わず試練を与えてくれた。
~朝がもつ静けさは、いつも変わらぬ旅に、新たな門出を予感させてくれた。
~ビールのほろ苦さは、いつも誇り高き気高さを奮い立たせてくれた。
~埃まみれのシュラフは、いつも浅い眠りを代償に、痛んだ身体を癒してくれた。
~出会った人々みなは、いつも明日を生きる活力を与えてくれた。
~豪州25500キロの旅は、いつも僕に僕をプレゼントしてくれた。
~そして旅が終わり、至極の達成感は今、また新たな満たされない僕を産んでいた。

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