オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第69話:昼間から飲酒は、ここでは美徳

12月14日 曇り 170キロ
→torquay→geelong→melbourne( YH)
朝、森の薫りで目が覚めた。最近の僕にはめずらしく、夜明けを知らないくらい寝入っていたらしい。既に朝日の色は終わり、久々に深く眠った気がする。体の赴くままに程近い森に入り、倒木に座り時を過ごした。朝飯は食べてなかったのに、おかしなもので森の芳しい湿った空気が空腹をじわ~っと満たしていった。そう言えば、朝から時計を見ていない。森の中でどれほど過ごしたかはわからなかった。ただ、時の波に体を浮かべ揺られだけ。根が生えかけた腰を上げたのは、生い茂る頭上の樹木の隙間から漏れる木漏れ陽が、スポットライトのように僕の左頬に降り注いできたときだった。さあ、メルボルンまで行くか。距離にして200キロ足らず。ゆっくり走っても、まだ十分夕陽は僕の到着を待っていてくれるはずだ。
メルボルンはかつてオーストラリアの首都であった都市で、今はビクトリア州の州都となっている。これまで走破してきた各州とも州都には都会的な文明に触れたいという期待があったが、今回メルボルンでは体を休めようとも思わず、むしろ通過してもいいぐらいだった。それほど、その先の何も知らないタスマニアに対する説明のつかない思い入れ・憧れを感じていた。メルボルンはタスマニアに向けてのフェリーが出る街。今宵はここに一泊して、チケット手配は明日にすることにする。都市では贅沢は宿屋に止まること。屋根付き・シャワー付き・ベッド付きが条件。共同部屋・共同トイレでもなんでもいい。それでも泊まる安宿に、今やヒルトン並の贅沢感を感じることは、喜ばしいことなのか?。
さあ人並みの休息日、昼間からビールを浴びて身体を休めよう。この国には、昼間からビールを飲む人間にも市民権があり、白い目で見られることはない。なんて素敵な制度というか文化なのだろうか。ぜひ、日本にも取り入れたい風習だ。日本でも、近い将来、パブ白昼飲酒奨励法案が可決されることを切に願う。
投宿してすぐに、シャワーに浴び、旅の汚れを肌から削ぎ落とす。タオルよりもタワシがほしいほどだ。メルボルンなんてどうでもいいと思っていたが、いざ酒が飲めると思うと、現金なもので断然やる気が沸いてきた(なんのやる気か?)。街(待ち)に待ったパブのはしご酒、いざ出陣。陽の高いうちから、語学勉強のため、嫌々ながら早速パブに駆け込む。カモがいた。既に数人のオージーたちが管を巻いている。いい英会話の先生たちだ。俺の英会話術はおもしろいことにアルコールが入れば入れるほど、潜在能力が解き放たれ、ペラペラ舌がまわり、よく通じる。今じゃ、自慢じゃないがユーモアたっぷりとはいかないが、多少ジョークも混ぜながらも女のコを口説けるくらいに我がブロークン・イングリッシュは上達した。上達の秘訣、夢を英語で見るくらいに、英語生活にどっぷり浸かること。英語でモノを考えるようになってきている証拠で、そこまでいけばしめたものだ。パブでの会話でタブーなのは、宗教・政治・人種・戦争の話しだ。やってもいいが、それなりの覚悟もしないと話しがこじれ険悪ムードになり、おいしい酒が飲めなくなってしまうのでご用心。
でもやはり、久しく日本語を話していないと、日本人であるからして日本語が恋しくなってくるのが親心に里心というものだ。僕の野生の嗅覚が、遠巻きに僕と同じ匂いのする人間を嗅ぎ分けた。その方向を探ると、なんとびっくり日本人、そりゃ同じ醤油の匂いがするはずだ。互いの目が合い、久しい友人に偶然出くわしたかのかように、僕は彼が座るカウンターの隣りに吸い寄せられる。僕が腰掛ける前から、カウンターに向かって僕の分のビールを注文する。遠慮なく、乾杯。喉をうねらせ、一気飲み。今度は僕が、彼の分と2杯注文。話しによると、彼は、早稲田6回生?の風来坊。就職も決まった4回生の夏休み、卒業の思い出にバックパック担いで初めて海外へ。それっきり世界を廻って日本にはトランジットで寄っても、帰る気がなくなったと言う。世の中、上には上がいるもんだ。僕のアウトローな性格も、コイツに比べりゃ、ごく普通の小市民に思えてくる。日本でいると分からないが、異国の地で、肌の色が同じということだけで理屈抜きに安心できた。水槽で同じ種類の魚が群れをなすのが、よくわかる。まして久々であり、同じ文化で育ち、同じ言語を話す人と会えただけで、うれしさのあまり即友人のごとく親しくなってしまうから不思議だ。
僕たちは、『ここが変だよ、オーストラリア』で、盛りあがった。やっぱりこいつも同じことを思っていたかとわかると、また嬉しく笑いと酒に拍車が掛った。例えば、街中で平気で靴を履かずに靴下のまま歩いている学生服の女のコを見かけたりする。片足だけ靴を履いていたのも見たこともあった。また女は若いうちはナイスバディだが、年を食うと比例して巨大化する。ホモ男が公然を行き交い、両刀使いもわんさかいて、けっこう彼らに声をかけられる。そうだそうだと話題が尽きず、ビールのつまみに最高だった。でも、なんだかんだおかしなオーストラリア人について、ここぞとばかりしゃべりあったが、結局はふたりともそんなオーストラリア人のことが心から好きだった。
こうしてふたりは意気投合、メルボルンのパブを制覇しよう(到底、無理)ということになり、一杯ビールを飲んでは次のパブへと1件1件渡り歩いた。結局パブをいくつハシゴしただろうだろうか。4杯目までは彼におごったのを覚えているので、最低8件は行っただろう。オーストラリアのパブとは、日本の居酒屋と同じく社交の場となっているが、アルコールがメインで、一品料理がない。あっても小袋に入ったポテトチップスくらいだ。だから、ただひたすらビールに徹することとなる。彼も酒に強く、とうとう二人とも最後は、酔いつぶれる前に、ビールで腹が膨れてしまい、限界となってしまった。もちろん、酔いつぶれる寸前まで来てはいたが。別れに、お互いの旅の健闘を祈り、硬い握手を交わして、さよならした。親友となった彼とは、今後おそらく二度と会うことはないだろう。そんな出会いがあってもいいよな。
その後、どうして宿屋に帰りついたかは覚えていない。覚えているのは、宿に帰る途中、もう1件パブに寄り道したことだけだった。つぎの日、アルコールが抜けず二日酔い、なんだかそんな自分に悔しく癪にさわり、酔い醒ましに昼間からまた、向かい酒に出かけた。これでは、タスマニアどころではない。

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