オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第57話:砂漠の非常識!?

12月6日 晴くもり 560キロ
→esperance(sdenic loop)→cape le grand n.p.(lucky bay)→norseman→balladonia(c.p.)
オーストラリア大陸を西から東に移動するためにはどうして乗り越えなければならない最後にして最大の難所のナラボー砂漠がある。その砂漠の入り口に位置するのが、ここノースマンだ。ここを無事に通過できれば、アウトバック(荒野)はもうおしまいとなる。目前に迫る砂漠越えには、数日間に及ぶだろう。単車も身体もそのコンディションは必ずしも絶好調ではないが、お構い無しに鼓動は高鳴り、魂が胸踊る。すでにいくつもの過酷な砂漠を乗り越えてきた余裕からなのか。それともワイルドな砂漠地帯へと帰ってきた喜びからなのか。
幸先よろしく折しも雨がり出した。砂漠に雨、僕の知りうる知識ではありえない自然現象。想定外こそ、今では予定内。「ま、これもありか」と気にせず、深く砂漠に伸び沈む一筋のアスファルトに踏み出した。バイクのエンジンの疲弊しきった異常音さえ、軽快なリズムに聞こえてくるから不思議なもんだ。
・砂漠の悪夢その1)
ゴン…。ヘルメットに何か当たった。なんだぁ、気のせいか。ゴツゴツゴツ…。???。何、降ってきたんだ。昼中から流れ星の襲来か。一面砂の海じゃ、バイクに乗る僕より高いものはあるわけがないし。またもや頭に伝わる衝撃。時速120キロを越すスピードの中で、何が起きたか全く把握できずにパニックに陥ってしまった。行く手の地面に突如降り注ぐゴルフボール。バイクがそれを踏んづけて危うく転びそうになり、すぐさま急停止。砂漠でゴルフ、まさかありえない。その正体はなんと氷の塊だった。それもはるか天空から砂漠に降り注ぐ、NASAが開発した新型殺人兵器、ゴルフボール大の氷(ひょう)。ヘルメットなしで頭に直撃していたら、ほんと頭蓋骨陥没するところだ。避難場所もなく、止めたバイクのそばに肩を縮めて座り込み、やり過ごす。それでも身を隠しきれるわけもなく背中に打ちつける氷が、着ていた服越しにでも肌に食い込む感じがした。「こんなのって、あり?」。砂漠に雪が降ることだって、おかしいことなのに。生まれてこの方築きあげてきた常識が、アスファルトにぶつかり割れるヒョウとともに打ち砕かれてゆく。
・ 砂漠の悪夢その2)
夕立の到来。砂漠で氷が降ったのだから、雨が降って、もう驚かなかった。しかし、ふつうの雨雲とは様子が違った。肉のかたまりのような厚い雨雲が低く浮遊し、そこかしこの点在している。360度何もない砂漠では異様な光景だった。あちこちの雨雲の下では雨が降っているのが見て取れた。しかもだだ雨雲ではなく、カミナリが閃光を放ち、鳴り響いている。まるでカミナリの巣、そういった方がいいかもしれない。閃光が閃光を呼び、空を引き裂いた。目前に垂込めた雨雲は意志を持った生き物のようにまっすぐこちらに向かってくる。かわしようがなかった。腹くくって、敵の懐に飛び込んでゆくしかない。もちろん、周囲数百キロ、金属類といえば僕のみ。その上、周囲数百キロ、俺より高いものはやはり何もない。もうやけくそだった。生きた心地がしないこと、この上ない。突入、突入、突入。果たして一瞬で死ねるのだろうか。気休めにしかならないと分かったいても、つい本能的に頭の位置を下げてしまう。バイクに当たる雨の水滴が、カミナリによって乱反射し、星くずのように見えた。口から突いて出てくる言葉、「ごめん、ごめん、許して、お願い」。誰に対して許しを請っているのか、わけがわからない。我ながら、そのみっともなさに、苦笑してしまう。
・ 砂漠の悪夢その3)
夜は、嵐(暴風雨)に見舞われた。砂漠の平野にテントを張るが、もちろん辺りには風を遮るものなど何もない。突風が容赦なしにテントに叩きつけてくる。テントの柱骨が折れて我が家は崩壊寸前。まさに自分が文字通りテントの大黒柱とならざるえなく、寝ていられる状況では全くなかった。テントの布越しには、暗黒の夜空に稲妻が荒れ狂い、その爆音が天空を駆け巡る。今までの経験では砂漠において晴天が当たり前、誰も何も存在しない大自然のもとで、満天の星空に抱かれることほど、自分の中にみなぎる精気を感じるときはなく、また天にも昇る極上の至福の時であった。なのに今は、天空が豹変し牙を剥き、僕を恐怖に陥れる。逃げ込むところもない恐怖、人は自然の前にあまりにも無力であることを思いせらされるとき、これほどまでに恐怖を覚えるものなのか。恐怖という感情、それは怖さのではなく、喜怒哀楽と示す感情が全く心から消え去ることをいうのかもしれない。360度地平線に囲まれた世界では、自分の存在などまさに風前の燈し火であり、この世に存在しないに等しい。そんなごま粒ほどの自分の正気を保つ唯一の感情は、恐怖であった。いま自分がこの世界に存在する証が恐怖であり、剥き出しの恐怖に「生気」を感じ取る。気でも狂ったのか、テントの外に出て、荒れ狂う嵐を仰ぎ見た。稲びかりによって雨まじる閃光シャワーを浴びたなら、砂地に目をやると、僕の恐怖がシルエットとなり、くっきりとその僕の影が浮かび上がった。その影を見て、自分の正体が鏡で映し出されているような錯覚を覚えた。その実体は、今にも僕を食らおうとしているようにも見えた。
夜半すぎて、風は幾分おさまったが、変わりに大雨がテントを滝となって流れ落ちる。テントの中は、雨もりで、放っておくとすぐに水浸しとなってくる。これでは全くテントの役目など果たしてない。その布地から染み入ってきた雨水をTシャツでぬぐっては、懸命に外に絞り捨てた。僕はこんなところで、何やってんだ。バカか。幸いにも稲妻が遠のくにつれて、露呈していた恐怖の影も心うち深く、元いたところに沈んでいく。どれくらい時が過ぎただろう。ゼンマイ仕掛けのオモチャのように、テント内の水没を防ぐことにのに躍起になり、感情などどこかに消え去っていた。いつやらか、びしょ濡れのテントの中で、水をたっぷり含んだ雑巾と化し、力尽き寝てしまう。夢を見ていた。それは、荒野を低く垂れ込めたグレーの雲が急速に過ぎ去ってゆく夢。目を覚まし、テントの外に出てみると、東の地平線が明らみ始め、サンダーストームはもうどこか過ぎ去った後だった。静粛な砂漠の朝、全く寝ていた気がしない。なぜか、目を閉じると、嵐が遠のく鮮明な映像がまぶたのウラに焼き付いている。先ほどまでの夢は、きっと僕の魂が身体から抜け落ち、ずっと嵐が遠のく空の様子を見守っていた映像に違いない。

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