オーストラリア!自由気ままにぐるっとバイク旅

ノベルバユーザー526355

第30話:旅は道連れ

11月20日 晴 0キロ
→coounda(CP)
翌朝、キャンピングカーのベッドで目を覚めす。キャラバンパークの受付の小さな売店で、コーヒー牛乳と食パンをを買った。ささやかな朝食。凍ったコーヒー牛乳が喉を流れ落ちながら、シャラシャラと聞こえない音を立てた。新たな一日の始まり、不思議に、生きている喜びに心が満たされる。
今日の予定は、相棒のバイクのパンク修理、そして昨日置い去りにしてきた彼のバイクをピックアップにいくことだった。彼は『僕にこれ以上迷惑をかけられないから、後のことはもう心配せず、先に自分の旅を続けてくれ』と言ったが、僕としては載りかかった船、途中で降りるわけにもいかず、『旅は道ずれ、そんな水臭いことをいうなよ』と彼を制した。でも実の本心は、彼には悪いが自分ことではないだけに気楽なもので、『途中まで見た映画、結末を観ないわけには行かない』といったところだ。パンク修理は、投宿している宿の人に工具を貸してもらい、難なく直した。工具があると手際もよく、余りのあっさりさに、昨日の苦労が浮ばれないほどだった。さてと問題はこれからだった。彼の単車を放置したところまでは、昨日来た道を80キロ引き返さないといけない。僕のオンロードバイクに、修理した彼のタイヤと彼を後ろに乗せて、昨日の悪路を戻る手も考えたが、転んだりしてこれ以上面倒を起こらないとも限らない。こうなれば、やはりヒッチハイクしかなかった。果たして、物好きしか通りそうもないダートロードを行こうとする奇特なお方はいらっしゃるだろうか。来る宛てのない車を待つのは、ほんと長いものだ。ダートの地面に座り込み、足元を行き来するアリを突ついて遊ぶこと5時間、やっと奇跡の車が通りかかる。僕ら2人とも悲壮な顔をしていたのだろう、止まってくれた車に事情を説明すると、快く乗っけてくれた。
ジャングルは同じような風景が続く。再びバイクを取りに来た時にその場所を発見しやすいようにと、道路に向かって伸び出た木の枝にハンカチを結んでおいた。バイクは盗まれないようにその木の影に隠してある。おかげで現場は簡単に見つかった。が、肝心のそこにあるはずのバイクが跡形もなくきえていた。ハンカチが、バイクの隠し場所を教えるサインとなってしまったらしい。全くおめでたい僕らだ。それでも盗まれた事実を認めたくない僕らは、あきらめきれず、いくら探してもあるはずがないバイクを黙々と探しつづけた。それを見かね、付き合ってくれる僕らを拾い送ってくれたオージーもそれに見かね、いっしょに探すフリをしてくれた。人の親切が身にしみる瞬間だ。ことオージーたちは、自分たちが本当に親切であることを全く知らない。ましてひけらかしたり、見返りなんて一切期待しない人種だ。君たちオージーは、すばらしすぎる。旅の道中、困ったことがいれば、オーストラリアの人はイヤな顔ひとつせず、当たり前のようにごく自然に手を差し伸べてくれた。親切に恥ずかしいなどありえない。その度に自分もこうありたいと思ったものだ。
オージーが冗談めかして、バカでかい声でひと言、
「あったぞ!」。
そんなバカな、耳を疑った。全然ジョークになっていない。そっちを向くと、オージーが、ハンカチの結んであった木の下で、小さな紙切れを僕らにかざしていた。それにはこう書いてあった。『バイクは預かっています。レインジャー』。レインジャーとは、国立公園を管理する役人のことだった。さっそく、記された場所のレインジャーハウス(管理施設)にまで、お助けオージーに僕ら2人を再び送ってもらった。管理施設の入り口で、お世話になったオージーとお別れ。彼は運転手席から「グッドラック、マイト(兄弟)」と軽く手を挙げて去って行った。なんて気持ちのいい人なのだろう。自分がすごく俗っぽく見えた。またまた思う、僕もああ有りたいと。
レインジャーハウスでバイクを受け取って、持って来たタイヤを装着した。やっと一件落着。後はキャラバンパークに戻るだけ。昨日からほんと長い、色々と起こった道程だった。レインジャーハウスで、コーヒーをご馳走になった。レインジャーの人は、バイクが盗まれないようにそこまで運んでくれたのだった。それを僕らは盗まれたと決めつけていた。仮にも盗人して、ごめんなさい。目の前のレインジャーさんの親切心などつゆ知らず、その人が入れてくれたコーヒーまで頂いていた。人に対する警戒心は、旅をしていて身についた。でも人をまず疑うようになっている自分に、ほんと恥ずかしく思った。自分を客観的に見れるようになってくると、人を見る目・見極める目が徐々に養われてくるようだ。その度に、自分の旅が楽に感じてくる。レインジャーハウスを去るとき、レインジャーさんは笑顔で
「旅の幸運を祈るよ。気をつけてな」。
と激励してくれた。それに対して、出てくる言葉といったら、『ありがとう』だけだった。彼に向けてのそのひと言は、オーストラリアの人みんなに向けての僕の気持ちであった。
キャラバンへの帰り道、相棒のバイクの後ろに乗っかり、空から舞い降りる大自然の風を肺の奥底まで落としてやると、何やら万物のやさしさ・ぬくもりを感じた。どうやら、昨日ここを走った自分と、今ここを走っている自分は、僅かながらも確実に別人となっているように感じた。
そのキャラバンでは彼ともう一泊。別れの杯。ジャングルはまだ先続くが、ここでお別れしようと決めた。お互いもともと話し相手を求めていたわけでもなかったし、二人で助け合う必要性ももう感じなかったからだ。そろそろ二人でいることへの窮屈さを感じていたほどだ。これが嫌気に変わる前に、お互い気ままな一人旅に戻ろうと考えていた。
翌朝、彼が先にキャラバンを立った。別れ際、何よりもお互いの旅の安全と健闘を祈りあった。
『色々君に面倒かけたけど、ほんとありがとう。忘れないよ。生きて日本に帰ろうな。そしたらまた狭い日本、どこかで逢えるかもしんないし。その時は腹いっぱいごちそうするよ。だから今はこれで勘弁しておいてくれ』。
彼はそう言って、貴重な日本から持ってきたインスタント味噌汁を分けてくれた。
『こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ』
僕にも、オージーのような笑顔ができただろうか。
彼とはこれで最後となるだろうし、また日本での再会もまずないだろう。お互いの日本での住所を敢えて教えあったりもしなかったから。なぜだか、そうする方が僕らにとって意義あることのように思えたからだ。

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