気高く歪な亜人達

ibis

10話

「──おー? 虎之介、何してるのー?」

 ──時刻は午後の八時。
 寮の共有スペースにある台所で料理をしている虎之介を見て、ノアがトコトコと近づいてくる。

「ん、夜飯の準備だ」
「虎之介って料理できるのー?」
「いや、そんなに上手いわけじゃないぞ? こうして土御門の手伝いしかできてないしな」
「た、助かりますよぅ。い、いつもは響谷くんと二人でご飯の準備をしてるのでぇ……」
「そうッスね。てか、オイラより氷室パイセンの方が料理できそうッスね。『亜人』になる前、料理とかしてたんスか?」
「まあ、それなりには」

 雲雀と士狼と共に、夜ご飯の準備を進めていく。

「おー……ノアも手伝うー!」
「今は包丁持ってるから、近づいたら危ないッスよ」
「えー?!」
「ほら、大人しくしてるッス。マジで危ないッスから」
「ぶー……」

 士狼の言葉に、ノアは頬を膨らませて共有スペースのソファーに飛び込んだ。

「そ、それにしても……氷室先輩、本当に料理が上手ですね……?」
「響谷も土御門も大げさだなぁ。ってか、飯はいつも響谷と土御門が作ってんのか?」
「そうッスね。平日は夜飯、休日は朝飯と夜飯を作ってるッス」
「へー……大変だな。二人で寮生全員の飯を用意してるのか」
「で、でも、よく食べるのは鬼島先輩と響谷くんだけですから……量自体はそこまで多く作らなくていいので、そこまで大変ではないですよぅ……?」

 にへらっと幸の薄い笑みを浮かべ、雲雀が丁寧に鍋の中身をかき混ぜる。

「っていうか氷室パイセン、いつまでオイラの事を名字で呼ぶんスか?」
「え?」
「だから、響谷じゃなくて士狼でいいッス。名字で呼ばれるの、なんか変な壁を感じるから嫌なんスよ」
「そ、そうか……なら……士狼?」
「ッス」

 満足そうに笑い、士狼は流しで手を洗い始める。

「んじゃ、オイラはみんなを呼んでくるッス」
「お、お願いします……」

 台所を離れ、他の寮生を呼びに行く士狼。
 残された虎之介は──前に結愛にも聞いた事を、雲雀に問い掛けた。

「なあ。『亜人犯罪対策部隊』って、下の名前で呼び合わなきゃいけないって決まりでもあるのか?」
「い、いえ、そんな決まりはないですよぅ……」
「それにしてはなんか、みんな下の名前で呼ぶように言ってくるんだが……何か理由でもあるのか?」
「そ、そうですねぇ……結愛先輩は自分の名字が可愛くないから呼ばれたくないと言っていますし、鬼島先輩と響谷くんは氷室先輩と仲良くなりたいからじゃないですかねぇ……?」

 鍋の火を止め、雲雀は使った調理器具を洗い始める。

「そういうもんか……」
「は、はいぃ。そこまで深く考える必要はないと思うますよぅ……」
「──あら、今日はカレーなのね」

 そんな事を話していると、共有スペースに刀華が姿を現した。
 刀華は台所にいる虎之介を見ると、どこか不思議そうな表情で首を傾げる。

「あら、氷室君も料理をするの?」
「多少はな」
「そう……私も料理を始めようかしら」
「え、えぇ?! と、刀華先輩はっ、今のままでいいと思いますよぅ?!」
「そうかしら?」
「は、はいぃ! もうすぐ準備ができますので、どうぞ座っててくださいぃ!」
「えぇ、わかったわ」

 共有スペースの机へと向かっていく刀華の後ろ姿を見ながら、虎之介は雲雀に問い掛ける。

「どうしたんだ? 猫又にも料理させたらいいじゃないか」
「い、いえその……刀華先輩は、ダメなんです……」
「ダメって?」
「り、料理が下手なんですよぅ。それはもう驚くくらいに……」
「つっても、練習しないと上手くはならないだろ?」
「ちゃんと料理してくれるならいいんですよぅ。でも……刀華先輩はレシピを見ないで料理をしますし……味見もしないので……」
「レシピを見ないのか……」
「はいぃ……だからいつも失敗してましてぇ……この前は味見した鬼島先輩が、塩分過多で倒れてましたし……」
「マジか」

 あの堅太が倒れるところなんて……想像できない。
 だが、先ほどの雲雀の拒絶を見るに、本当の事なのだろう。

「……他の奴らは料理できないのか?」
「いえ、結愛先輩と竜崎先輩はできますよぅ。忙しい時や、わたしか響谷くんが当直の時に手伝ってもらっていますねぇ」
「当直って?」
「え、えーっと……どう説明したらいいですかねぇ……日勤の人が一日仕事をする、という感じですぅ」
「日勤ってのは、朝9時から夕方の6時まで働く人の事だよな?」
「はいぃ……『亜人』に関する通報を受理したり、深夜に隠蔽しなければならない事案が起きた時のために、日勤者を当直として支部に置いておくんですぅ」
「なるほど……確かに、深夜に『亜人』が暴れ回ったりしたら、『隠蔽係』がいないと大変だもんな……」

 食器を用意しながら、なるほどと夜行は一人で頷く。
 確かに、夜中に『亜人』による事件が起きた時、『隠蔽係』がいなければ大変な事になる。そうすると、自宅で眠っている『隠蔽係』を呼び出す事になる。
 そのような事態を避けるために、当直という形で『隠蔽係』などを支部に置いておくのか。

「色々と考えてるんだな……」
「そ、そうですねぇ。そうしないと、色々と大変ですからねぇ……」
「──あァ? トラァそこで何してンだァ?」
「堅太か。見ての通り、土御門の手伝いだ」

 共有スペースに現れた堅太が、台所に立つ虎之介を見て不思議そうに眉を寄せる。
 そんなに虎之介は料理をしなさそうなイメージなのだろうか。

「へェ……ま、猫又みてェに食えねェ飯じゃねェンなら問題ねェけどァ」
「と、刀華先輩の料理は強烈ですからねぇ。こここ、これからの成長に期待した方が良いかとぉ……」
「……それで味見役にオレを選ばなけりゃ、オレも文句は言わねェンだけどなァ……」

 ガシガシと乱暴に頭を掻き、堅太が不愉快そうな表情のまま机の方へと向かって行く。
 それと入れ替わるように、士狼と結愛が共有スペースに足を踏み入れた。

「これで全員ッスね。んじゃ、早く席に着くッス」

 士狼の言葉を聞き、虎之介と雲雀がテーブルの上に食器を並べていく。

「ンァ? 竜崎先輩はどうしたァ?」
「さぁ? 部屋にいなかったんで、外に出てるんじゃないッスかね?」
「……あァ? 竜崎先輩が外にィ……?」
「珍しいですね、竜崎先輩がいないなんて」
「珍しいなンてもンじゃねェだろォ。あの人が飯の時に外出してるなンざ、今まで一度もなかっただろォ」
「つっても、そんなに気にする事でもないんじゃないッスかね? むしろ、今まで一度も飯の時間に遅刻してなかったのがおかしいんスよ」

 大して気にした様子もなく、士狼は作ったカレーを食器に盛り付けていく。

「そんじゃ、食うッスかね」

 士狼の言葉を聞き、全員が食事を始める。
 ──食事が終わった後も、堅太は怪訝そうな表情を浮かべていた。





「──久しぶりだな……竜崎」

 ──暗い部屋の中、木製の椅子に腰掛ける金髪隻眼の男が、目の前に立つ青年を見て低い声を漏らした。

「えぇ、お久しぶりですね、獅子堂ししどうさん。こうして会うのは、三年ぶりですかね」

 のっそりとした動きで獅子堂と呼ばれた男が立ち上がり、猫背の状態で紅蓮を上から見下ろした。
 ──紅蓮の身長は、180センチを超えている。
 だが──獅子堂は猫背でありながら、紅蓮の事を見下ろしている。

「それで、僕に何の用ですか? というか、何故僕の携帯電話の番号を知っているんです?」
「ちょっとしたツテがあってな……個人情報なんざ、金さえあればいくらでも手に入る。便利な時代になったものだ」
「……そうですか。まあ別に、それはどうでもいいんです。まさか、世間話をするために僕を呼んだんじゃないでしょう? ──早く用件を言ってもらえます?」

 口調を強める紅蓮が、鋭い牙を剥き出しにして獅子堂を正面から睨み付ける。
 今にも襲い掛からんとする紅蓮を見て、獅子堂は口の端を笑みの形に歪めた。

「相変わらず好戦的だな──紅蓮の悪魔と呼ばれていた頃のお前を思い出す」
「うるさいですね……こっちは夕食の時間を割いて来てるんですよ。これ以上余計な事を話すつもりなら、僕は帰りますよ」

 紅蓮の額に青筋が浮かび、口の端からは真っ赤な炎が漏れ始める。

「なに、用件と言っても大した話じゃない」
「大した用件でもないのに僕を呼び出したんですか? あなた、また半殺しにされたい──」
「お前の所属している『亜人部隊』に、白髪赤目の『吸血亜人ヴァンパイア』がいるだろう?」

 ──空気が固まった。

「…………なんでそれを知っている……」
「さっきも言っただろう。ツテがあれば、個人情報なんて簡単に手に入る。ちょっと頑張れば──お前たち『亜人部隊』が必死になって隠している機密情報すらも、手に入れる事ができるのさ」

 邪悪に表情を歪め、バカにしたような視線で紅蓮を見下す獅子堂。
 ──その首元に、竜の剛爪が突き付けられた。

「……どこで聞いた……」
「お前たちの『亜人部隊』にいる『吸血亜人ヴァンパイア』の事か?」
「それじゃないッ! 白髪赤目の『吸血亜人ヴァンパイア』の情報を──『紅眼吸血亜人ヴァンパイア・ロード』の情報をッ、どこで聞いたッ?!」

 顔を真っ赤に染め、紅蓮が声を荒らげた。
 興奮のあまり、口から漏れ出す炎の勢いが増している。

「それは言えないな。こっちにも色々と事情があるんだ」
「そうですか……なら、あなたの組織と関係のある人たちを全員殺して聞き出すしかないですね……!」
「とりあえず、俺の用件は以上だ。お前の反応で、白髪赤目の『吸血亜人ヴァンパイア』がいる事はわかったからな」
「はいそうですかって終われると思ってるんですか……! あなただけはここで──」

 パチンッ、と獅子堂が指を鳴らした。
 瞬間──部屋の扉が蹴破られ、六人の男たちが室内に飛び込んできた。
 ──その手には、拳銃が握られている。

「くっ──!」

 連続して室内に響く発砲音。
 咄嗟に紅蓮は身体中に竜鱗を出現させ、迫る銃弾を弾き返した。
 だが──直後、紅蓮の頭部を鈍い痛みが突き抜けた。
 勢いよく床を転がり、ようやく紅蓮は自分が殴り飛ばされた事に気づく。

「ぁ、ぐあ……ッ!」
「悪いが、気が変わった。用件が済んだら逃げようと思っていたが……三年前にお前に半殺しにされた恨みを、ここで晴らす事にした」

 右腕が獅子のように凶悪になった獅子堂──その体が、どんどん変化していく。
 両腕両足には獅子のような鋭い剛爪が生え、口元からは鎌のような牙を覗かせる。

「どうした? 一発殴られた程度で終わるような奴ではないだろう?」
「はっ──アアアアアアアアアアアアッ……ッッ!!」
「撃て。殺せ」

 紅蓮の口から真っ赤な炎が溢れ出し──灼熱の球体へと変化。
 それを見た男たちが連続で発砲するが──その直後、灼熱の球体から熱線が放たれた。
 迫る弾丸を熱で溶かし──その先にいた男を焼き飛ばす。

「オオッ──オオオオオオガァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「ぇ──」
「ひっ──」

 熱線を放ったまま首を動かし──それに合わせ、熱線が剣のように振り抜かれる。
 男たちを跡形もなく焼き消し、そのまま獅子堂をも焼き殺す──寸前。

「──ふッ!」
「ガッ──」

 素早く距離を詰めた獅子堂が、紅蓮の顎を下から打ち上げた。
 強制的に紅蓮の口が閉じられ──灼熱の球体が消えた。

「はあッッ!!」
「ぎッ──ッああッッッ!!!」

 獅子堂の剛爪が、紅蓮の腹部を深々と斬り裂いた。
 だが、紅蓮もやられたままではない。
 大量の血を撒き散らしながら、竜化したままであった竜爪で獅子堂の体を袈裟斬りにした。

「お、ぐッ……! ふ、ふふ……やはり拳銃程度では殺せんか……!」
「『紅眼吸血亜人ヴァンパイア・ロード』の情報だけでなく、拳銃まで所持していましたか……全て吐いてもらいますよ」

 両腕両足を竜化させ、紅蓮が深く息を吐き出した。

「──これより、鎮圧を開始する」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品