気高く歪な亜人達

ibis

8話

「──ここが、『亜人犯罪対策部隊 第七支部』専用の訓練施設になります」

 ──朝の十時。
 自分の【異能力】についてもっと詳しく知りたいと結愛に話した結果、この訓練施設に案内された。
 ──まるで巨大なレクリエーション施設だ。床は土でできており、少し離れた所には広いプールも見える。
 そんな施設に、虎之介はジャージ姿でやって来ていた。

「う、うへぇ……こ、ここっ、相変わらず人が全くいないよぅ……」

 ──何故か雲雀も一緒に。
 この訓練施設にいるのは、虎之介と結愛、そして雲雀の三人だけだ。

「……なあ。なんで土御門も連れて来たんだ?」
「氷室くんが言ったんじゃないですか。自分の【異能力】について詳しく知りたいって」
「まあ、そうだけど……」
「【異能力】の扱いに関しては、雲雀さんが私たち寮生の中で一番上手です。ですので、一緒に来てもらいました」
「でも……土御門は今日休みなんだろ? なのにわざわざ……」
「い、いいっ、いいんですよぅ。き、今日は特に予定もありませんし……」

 にへらっと幸の薄い笑みを浮かべる雲雀を見て、虎之介も自然に笑顔が漏れる。

「さて、それでは早速【異能力】の訓練を始めましょう」
「ああ……って言っても、何から始めればいいんだ?」
「雲雀さん」
「は、ははっ、はいぃ……そ、そのぉ……ひ、氷室先輩は、氷系統の【異能力】が使えましたよね……?」

 雲雀の問い掛けに、虎之介は無言で頷く。

「じ、実体のある【異能力】……わたしの土を操る【異能力】だったり、刀華先輩の血を自在に動かす【異能力】は、想像力が大切なんです……」
「想像力……」
「は、はいぃ……す、少し見ていてください……」

 そう言うと、雲雀は大きく息を吐いてその場に膝を付き、地面に手を置いた。
 すると、大地が盛り上がり──高さ二メートルほどの土の壁になる。

「ゆ、結愛先輩の重力を操る【異能力】や、竜崎先輩の炎を操る【異能力】は、そこまで想像力を必要としないんです……形のない【異能力】を使用するのに必要なのは、【異能力】の出力を調整する集中力ですから……」

 説明を続ける雲雀──と、いきなり土の壁が崩れ落ちた。
 だがすぐに形を変え──土で作られた虎之介の彫刻が現れる。
 想像力とやらがあれば、ここまで自由に形を与えられるのか。

「し、しかし、わたしの【異能力】のように、【異能力】に実体がある場合は、どんな形の何を創り出すのか──それを想像し、形に変え、その形を継続し続ける想像力が大切なんです……」
「む、難しいな……」
「す、すす、すみません……説明がへたくそで……」
「ああいや、俺の理解力が足りてないだけだから……それで、【異能力】を発動するにはどうすればいいんだ?」
「い、イメージするんです。自分がどういう風に【異能力】を発動するのか、どんな形の物を創り出すのか……イメージしてみてください」

 雲雀に言われた通り、虎之介は瞳を閉じてイメージを始める。
 ──どういう風に【異能力】を発動するのか。
 とりあえず、武器だ。氷で作られた武器だ。
 ──どんな形の物を創り出すのか。
 創るなら、やはり使い慣れている竹刀だ。極論、棒状の物ならば何でも構わない。
 イメージだ……イメージしろ……想像力を切らすな……想像し続けろ……

「ふ、ぅ……!」

 右手だ。右手に武器を作り出せ。
 意識を右手に。右手に棒状の物を──

「……? これは……?」

 眉を寄せる結愛──その原因は、虎之介だ。
 ──虎之介の体から、尋常ならざる冷気が漏れ出している。
 少し離れた位置にいる結愛ですら寒いと感じる冷気……実際に冷気を出している虎之介は、もっと寒さを──そんな結愛の考えを肯定するように、虎之介の右手に氷が現れる。
 氷は薄く虎之介の右腕を覆い──続けて、右半身の至る所が凍り付いた。

「ひ、氷室くん?!」
「ひっ、ひひ氷室先輩! す、ストップ! ストップですよぅ!」
「え? ──あ」

 ゆっくりと瞳を開いた虎之介は、ようやく自分が凍り付いている事に気づいたのか、驚愕に大きく目を見開いた。

「さ、寒──く、ない……? いや、なんだこれ?!」
「だ、大丈夫ですか?!」
「大丈夫、だけど……これ、失敗って事だよな?」

 ググッと体に力を入れ──それだけで、体に張り付いた氷の膜が簡単に砕け散る。
 ……氷の棒はできていない。
 多分、雲雀の言っていた想像力が足りなかったのだろう。

「難しいな……」
「う、うへぇ……いきなり【異能力】を発動できるなんて……ふ、普通は【異能力】を発動するのにも、かなり時間がかかるんですけど……」

 どこか感心したような雲雀の言葉に、虎之介は──初めて『亜人』になった日の事を思い出していた。
 ──『亜人』の力に呑まれて完全変化した時、大虎となった虎之介は【異能力】を使っていた。
 あの時、体は完全に大虎に乗っ取られていたが──虎之介の意識は存在していた。
 つまり──【異能力】を発動した時の事を覚えている、という事だ。
 百聞は一見にかず──言葉だけの説明を受けて行うのと、一度体験をしてから実際にやってみるのとでは、かなりの差がある。
 こうして虎之介がいきなり【異能力】を発動できたのも、完全変化で【異能力】の発動を身をって経験していたからだ。

「もう一回……」

 再び目を閉じ、氷の棒をイメージする。
 ──辺りに、凄まじい冷気が漂い始める。
 近づく者全てを遠ざけるような冷気に、思わず結愛は寒さからブルリと体を震わせた。
 ──ピキキッ……
 虎之介の右手が、薄い氷の膜で覆われる。
 だが──今度は、それ以上体が凍り付かない。

「はぁ……!」

 虎之介の右手から、少しずつ氷が伸びていく。
 数秒後──虎之介の手には、一本の氷の棒が握られていた。

「──ふぅ……とりあえず、成功か……にしても、氷の棒を作るのにこんな時間がかかるのか……」

 自分が作り出した氷の棒を見下ろし、試しにブンブンと振ってみる。
 ……軽い。まあ、氷で作られた細い棒だ。それもそうだろう。

「す、すごい……!」
「ひ、氷室先輩、すごいですよぅ。ほ、本当に初めてなんですか……?」
「ああいや、この前完全変化した時に使ったけど……あれ以来、一回も使ってないぞ」

 言いながら虎之介は、雲雀の作り出した虎之介の彫刻と向き合った。
 そして──氷の棒を振り抜く。
 ──パリィィィィンッッ!!
 ガラスが割れるような音と共に、虎之介の持っていた氷の棒が砕け散った。

「……そこまで固くはないのか……まあ細かったし、こんなもんか……?」

 粉々になった氷の棒を投げ捨て、瞳を閉じて集中を深める。
 瞬く間に辺りに冷気が立ち込め──今度は右手を凍らせる事なく、氷の棒を作り出した。

「うっし……!」

 氷の棒を形成する早さも上がった。太さもそこそこ。長さも申し分ない。
 力強く氷の棒を握り、そのまま勢いよく振り抜いた。
 虎之介の彫刻に直撃した氷の棒は、再び粉々に砕け散るが──彫刻にも亀裂が走っている。

「ふわぁ……す、すごいですよぅ……ひ、氷室先輩、覚えが早いんですね……?」

 連続で氷の棒を作り出した虎之介を見て、雲雀が感心したような言葉を漏らした。

「いや、たまたまだと思うぞ? 次やっても上手くいく気がしないし」
「そ、それでもすごいですよぅ……こ、これなら、『隠蔽係』に来てもらいたかったです……」
「氷で隠蔽できる事なんてあるんですか?」
「そ、それは、そのぅ……わ、わからないですけどぉ……氷の【異能力】は、わたしたちの『亜人部隊』では誰も使えないですし……色々と試してみたら、もしかしたら隠蔽に使えるかも知れないじゃないですかぁ……」
「な、なんで泣きそうになってるんですか?!」
「──ったくテメェらは騒がしいなァ」

 ふと聞こえた第三者の声に、虎之介たちは勢いよく訓練所の入口へ視線を向けた。
 そこには──見慣れた二人の青年の姿が。

「堅太、と……竜崎先輩?」
「やあ、おはようみんな。朝から訓練かい?」
「いえ、訓練しているのは氷室くんだけです。私と雲雀さんは、ただの付き添いですよ」
「ハン。お前もちったァ訓練したらどうなンだァ? 最近、訓練所にすらまともに顔出してねェだろうがよォ」
「脳筋の鬼島くんには言われたくありません。というか、鬼島くんが異常に訓練をし過ぎなんです。いつもいつも訓練ばかりしてるから、流行りの物もわからないんですよ」

 堅太の軽口に対し、結愛もまた軽口を返す。
 いや……軽口というには、少し過激なような気もするが。

「あァ? ンだコラ、テメェ喧嘩売ってンのかァ?」
「事実を言っただけです。それに、訓練をしている人が絶対に強いってわけではありませんから」
「……オイ。そりゃ、テメェがオレよりつえェって言ってンのかァ?」
「さあ? ──試してみますか?」
「上等じゃねェかゴラァ……」
「ちょっ、ちょっと待てって二人とも! なんでいきなり戦うって話になってんだ?!」
「あはは。まったく、堅太も結愛も元気だね」
「いや笑ってる場合ですか?! 止めてくださいよ竜崎先輩!」
「うん? 止める必要はないだろう? 二人はよくこんな感じで喧嘩をしてるからね」

 ニコニコと穏やかに笑う紅蓮は、二人を止める事なく成り行きを見守っている。

「つ、土御門──」
「あ、あばっ、あばばばばば……!」
「──は、やっぱり無理だよな!」

 結愛と堅太の殺気を前にしている雲雀は、グルグルと目を回して今にも気を失いそうだ。

「お、落ち着けって! 堅太、顔がマジだぞ?! 結愛も、めっちゃ怖い顔になってるから!」
「いつもは刀華と士狼が止めてくれるんだけど……今は二人ともいないからね。さて、どうしたものかな」
「ならとりあえず止めてくれません?!」

 冗談では済まなくなってきた殺気に、虎之介はそんな大声を上げた。

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