祖国奪還
第62話 その後
「あなた、生きていたの?」
「えぇ」
司の姿を見た瞬間、江奈は思わず問いかけた。
帝国の滅亡。
それのみに取り憑かれたような存在。
送故司とはそんな人間だと、江奈は思っていた。
5年前に帝国内に魔素が充満し、それをおこなったのが送故司だということは江奈は分かっているが、その後帝国がどうなったのかは、復興に力を注いできた大和王国には伝わって来ていない。
「運が良いのか悪いのか……」
帝国と共に自分も死ぬつもりで国を出た。
江奈に自分を追放するように言ったのも、そうすれば何の未練もなく死ぬことができると思ったからだ。
しかし、何故か自分は生きている。
考えてもいなかった結果になったため、司は思わず自嘲した。
「……ボロボロね」
「色々と相手にしていたのでね」
江奈の言葉に対し、司は辟易したように返答した。
その姿を見ると、衣服は所々破れ、仮面もヒビが入っている。
司ほどの実力者がそのような姿になっているのだから。余程のことがあったのだということは容易に想像できる。
何があったのかを話すには、時間がいくらあっても足りないということなのだろう。
「帝国はどうなったの?」
「皇帝たちは国を捨てて南のタボクーラに逃げ込もうとしましたが、私が阻止しました。それにより、今や帝国は魔の巣と化しました。恐らく生きている人間はいないでしょう」
「そう……」
5年前、司の手により帝国内には大量の魔素が広がった。
それを受けて、皇帝たちは避難を名目に南の国タボクーラへと逃れようとした。
逃れるというより、乗っ取りに向かったと言ってもいい。
そのような行動に出ると分かっていた司は、国境沿いに陣取り、大量のアンデッドと共に帝国軍を迎え撃った。
最大のネックとなる帝国最強の将軍グエルリーノにより、司のアンデッドが大量に破壊され、かなり押されることになった。
しかし、そのグエルリーノは、司の右腕となるファウストの自爆により、仕留めることに成功した。
そこから少しずつ司が押し返していき、帝国軍の南下を阻止することに成功した。
軍が無くなれば魔素により出現する魔物たちに抵抗することなどできず、帝国民たちは魔物に殺されていった。
5年もたった今では、帝国の領土は魔素により増えた魔物によって支配される魔物の地へと変わった。
その説明を受けて、江奈はやや俯きながら返事をした。
大和王国に被害をもたらした帝国は憎い。
しかし、帝国市民まで全て滅ぼしてしまうことに、やや躊躇いがあったのかもしれない。
「それで? 今日は何の用?」
「別れを言いに来ました」
「別れ?」
司の言葉に、江奈は首を傾げる。
帝国を追い出すために彼の提案を受けていたが、わざわざ挨拶をするためだけに会うような中ではないと思ったからだ。
「えぇ、送故司は、今日を限りにこの世から消えます」
「……自殺でもするって事?」
元々、江奈の中で司は生きているかも分からないような存在だった。
本人も死ぬつもりで帝国を相手にするつもりだったようだが、生き残ったというのにわざわざ死ぬというのはどういうことだろうか。
「いいえ。私は大和国民です。新しい名前と共にこの国で生きていきますよ。安心してください。陛下の迷惑になるようなことは致しません。送故司の名前と共にスキルも封印します」
「そう……」
「ですが……」
江奈にとって送故司とは爆弾のようなものだ。
送故司という存在が国民に知れ渡った時、帝国を追い出した英雄と国民が捉えたなら、江奈の評価は地に落ちる。
軍の人間なら、江奈の地位を落とすわけがないため、送故司などという名前は口にする事はないだろう。
そして、その本人が公表しないというのであるなら、江奈としては安心材料だ。
しかし、次の司の言葉に、表情を引き締めることになる。
「他国の侵入、内乱の首謀者、私腹を肥やす役人など、この国に問題が起きた場合、私は送故司としてよみがえらせてもらいます。それが陛下であっても同様です」
「……つまり、この国にとって邪魔なら私でも殺す。だから私にこの国を良くするための正道を生きろと言いたいの?」
「その通りです」
帝国から国を奪還することができれば、後は江奈によって平和な国に戻ることができる。
そう思って自分の命を懸けたのだが、その命は何故か消えなかった。
ならば、残ったこの命を、国のため使おうと司は考えたのだ。
「送故司とは、この国の味方ということですよ」
「……正義の?」
「スキル的に正義とはつけにくいですね」
「それもそうね」
敵対関係ではないと分かったからか、2人は軽口を交わす。
「私としては構わないわ。この国を復興させるのが私の生涯をかけての使命だから」
道を踏み外せば殺す。
脅迫のようではあるが、江奈にとってはそうならない。
女王になった時に、自分のなすべきことは決意していたからだ。
「……これ以上の長居は無理ですね。これにてお暇させていただきます」
「えぇ、また会いましょう。といっても、私はあなたの顔を知らないのだけれど」
「そうですね。では……」
バルコニーに侵入されている時点で護衛兵としては失格だが、いくら司が隠ぺいのプロだとしても、いつまでもこの場にいて気付かれない訳がない。
そろそろ大騒ぎになってしまうため、司は江奈に一礼して退散することにした。
そんな司に、江奈は再会を願う言葉をかける。
この国を良くするために、また会うことになると思えたからだ。
しかし、名前を捨てるなら仮面も外すことになる。
そうなると、誰が司かを示すことはできなくなる。
つまり、暗に仮面を外して顔を晒してほしいということだ。
その江奈の言葉に、司は仮面を外し始めた。
「っっっ!!」
「それでは失礼します」
仮面を外した司を見て、江奈は驚きで声を失う。
そんな江奈を余所に、司はそのまま転移の魔法を使用して、その場から消えた。
「これより、陛下からの音場を頂く。心して聞け」
「ハッ!」
武闘大会が終了して3日後、大会優勝者の護衛隊への入隊式がおこなわれた。
この数日で作り上げられた鎧に身を包み、優勝者の佐藤は片膝をついて首を垂れたまま、入隊に際しての様々なせう名がおこなわれて行く。
そして、最後に女王である江奈から言葉がかけられることになった。
「面を上げなさい」
「ハッ!」
江奈の言葉を受けて、佐藤が顔を上げる。
その顔を見て、江奈は薄っすらと笑みを浮かべる。
しかし、その笑顔に気付く者はいなかっただろう。
それだけ一瞬のことだった。
「佐藤謙治の入隊を認めます。精進しなさい」
「畏まりました。誠心誠意努めます」
江奈の言葉に、佐藤謙治は感謝の言葉を返した。
そして、先程の江奈の笑みに返答するかのように、一瞬笑みを浮かべた。
「これにて入隊式を終了する。佐藤は退場せよ」
「ハッ!」
進行役の護衛隊隊長の言葉に従い、佐藤はその場に立ち上がり江奈へ礼をすると、踵を返してその場から退室していった。
誰にも気づかれなかった先程の2人笑み。
その笑みの意味を知るのは、2人だけしかいない。
その後、大和王国は復興を遂げ、以前にも負けず劣らずの平和な国として、世界中に知れ渡ることになる。
そして、国民の中で送故司という名の鬼が出現する物語が広まる。
見た目が醜いその鬼は、悪に対して容赦のない存在として、何代にもわたって受け継がれていくのだった。
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