祖国奪還
第37話 進軍開始
「閉じこもって返り討ちを狙っているようだな」
「そのようですね」
遠くに見える西北地区を囲むようにできた壁。
それをヴァンパイアのファウストと共に眺めつつ司は呟く。
その呟きに、ファウストは頷く。
恐らく、その壁を越えたり、破壊したりすると、帝国軍の攻撃が開始されるのだろう。
中に入ってどんな罠があるのかを調べたいところだが、それでこちらの戦力が減らされてしまう訳にはいかない。
そのため、司たちもかなり離れた距離から眺めている状況だ。
「せいぜい時間をかけることだ……」
壁を作るにしても、大量の大和国民の奴隷を使用しているのだろう。
時間がかかれば、それだけ使い潰される人間が増えるに違いない。
攻め込むなら壁が完成する前に攻め込むべきだ。
しかし、司はそうするつもりはない。
「戻るぞ」
「はっ!」
帝国側の動きを確認できた司は、用が済んだとばかりに、ファウスト共にその場から去っていった。
「司様!」
帝国軍が侵攻を防ぐために西北地区に壁を作り上げている中、司のもとにファウストが現れた。
司によって指示されていた水元公爵家の行動の注視。
その報告に戻ってきたのだ。
「……どうした?」
大和王国の王城の一室に閉じこもり、西北地区の奪還を計るための準備をおこなっていた司は一旦手を止め、現れたファウストへ報告を求めた。
その表情は疲労の色が見え、ファウストは若干表情を曇らせる。
主人の司は、時として自分の体調をないがしろにしがちだ。
自分が公爵家の動きを見ている間、たいした休養を取っていなかったのかもしれない。
側に使える者がいないとやはり良くないとファウストは考えつつも、まずは司への報告をすることにした。
「公爵家の軍が東北地区を奪還したようです」
「そうか……」
司が西北地区の帝国軍と睨み合っている状態のなか、水元公爵家の江奈が率いる軍が動き出した。
それにより、東北、東南地区に取り残された帝国兵らを倒し、東北地区の奪還を果たしたようだ。
これで、司を警戒する西北地区と、取り残された帝国兵がいる東南地区が帝国から奪還できていないという状況になった。
「公爵家の軍は、そのまま東南地区の奪還に向かうようです」
「当然こっちには来ないか……」
東北地区の奪還を果たしたということは、王都のある中北地区にいつでも入れるということだ。
しかし、司の行動を考えれば、敵とも仲間とも取れない。
そんな所へ何の警戒もなしに向かうはずがない。
そのため、江奈たちの判断は妥当だと司は納得した。
「東南地区もたいした期間をかけずにとれるだろうな」
「えぇ」
東北、東南地区は取り残されたような兵しかいない。
そんなのを相手に、江奈が率いる軍が負けるとは思えないため、東南地区も時間をかけずに奪還することができるだろう。
「では、そろそろ……」
「あぁ、西北地区の奪還に向かおう」
帝国の軍がいるのは残りは西北地区のみ。
そこさえ奪還できれば、ひとまず帝国からこの国を奪還できたということになる。
長い間司が待ち望んだ帝国人の排除。
その時が来たのだと、司は行動を起こすことにした。
◆◆◆◆◆
「ベニアミーノ様! カルメーロ様!」
「どうした!?」
慌てて駆け寄る兵に、ベニアミーノが反応する。
「大量の魔物が西北地区へと侵入してきました!」
「来たか……」
いつまでもこの膠着状態が続くとは思っていなかった。
そのため、兵の報告を受けてカルメーロは納得した。
「こちらから攻め込まないことに耐えきれなくなったようだな」
「あぁ、こっちの思うつぼだ」
ベニアミーノとカルメーロの将軍2人は、王都を奪還されてから西南地区の防備を重点的に強化してきた。
敵がアンデッドを使って攻め込んでくると分かっているのだから、それに対抗するために多くの罠を仕掛けてきた。
いくら数多くのアンデッドを操ろうとも、準備万端のこの地区内に入って、全員を殲滅できるはずがない。
返り討ちにすることを確信しているからか、ベニアミーノとカルメーロの2人は笑みを浮かべて攻め込んで来たアンデッドを倒すために動き出した。
「聖魔法の魔法陣か……」
「予想通りですね」
西北地区に建てられた壁を破壊し、司の操作するアンデッドたちが侵入を開始した。
中に入って少ししたところにある町。
そこにいる者たちによる魔法陣が発動した。
聖魔法の魔法陣で、あるエリア内に入ったアンデッドの魔物は浄化されて塵へと変わる。
それは司の操るアンデッドも同様で、一瞬で数十体のスケルトンたちが消え去ってしまった。
しかし、そんなことになっても司とファウストは慌てない。
というのも、この対抗策は分かりきっていたことだからだ。
「やれ! ジャック・オー・ランタン!」
「ケケケケ……」
司の指示を受け、大量のジャック・オー・ランタンが出現する。
そして、出現したジャック・オー・ランタンは、パンプキン爆弾を大量に発射させた。
“ズドドド……!!”
大量の爆弾により、魔法陣が吹き飛ぶ。
アンデッドには通用しても、魔法に関してはそうはいかない。
発動した魔法陣も、吹き飛ばされれば発動しない。
魔法陣が発動しなければ、スケルトンたちを浄化することもできい。
そのため、進軍を妨害することもできず、スケルトンたちは町中へと侵入していった。
「フンッ! やっぱり奴隷たちだったか……」
町の殲滅にはたいした時間がかからなかった。
数が少なかったというのもあるが、そこにいたのが奴隷にされた大和国民たちだったからだ。
恐らく、西北地区最大の都市の太良乃万州に全軍を配備しているのかもしれない。
それまでの町には奴隷を配備し、アンデッドの数を減らそうと考えているのだろう。
予想通りの状況に、司はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「…………」
「司様……」
「大丈夫だ。彼らを火葬し、丁重に埋葬しよう」
「はっ!」
大量の大和国民の死体がアンデッドたちによって集められる。
奴隷とされていたために拒否することもできず、帝国の指示通りに戦うしかなかった者たちだ。
同じ大和国民であっても、敵の手先であれば容赦なく殺す。
そうでないと、帝国の軍勢を殲滅することなんてできないからだ。
余計な感情は斬り捨てる。
その思いでここまで戦ってきたが、やはり死体を前にすると堪える。
そんな司の心情を察し、ファウストが話しかける。
かと言って、この足を止めるわけにはいかない。
せめて彼らには安らかに眠ってもらおうと、司は死体を火葬し、埋葬することにしたのだった。
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