祖国奪還

ポリ 外丸

プロローグ


“ザッ!! ザッ!!”

 少年は今日もいつものように穴を掘る。
 何年になるだろう。
 いつものように運ばれてくるそれ・・を、掘った穴の中へと入れて薪を組んで火をつける。
 それ・・の焼ける嫌な臭いが鼻につくが、もう気にすることもなくなっていた。

「…………」

 この匂いを嗅ぐ度に思い出す。
 目の前で動かなくなった父と母。
 運良く助かった自分は、奴隷として働かされることになった。
 連れていかれたのは焼却処分場。
 焼却するのはではない。
 だ。
 父と母、それと近所の小父さんや小母さん。
 他にも多くの人たちが山積みにされている。
 自分を捕まえた兵は、その人たちを焼却処分するように命令した。
 奴隷の首輪を付けられているため、抵抗することができない。
 命令に背く意思とは裏腹に体は動き、自分は父と母を焼くことになった。
 燃え盛る父と母を見ながら、自分の心が壊れていくのを感じた。
 黒髪が自慢の大和の国民でありながらそうなったことに、気付いた時には自分の髪は真っ白になっていた。
 心労によるものだとは思うが、自分には天が与えた罰のように感じた。
 死体処理をこなす毎日が続いき、少年の心の中にはある感情が積み重なっていった。

 『父や母を殺した国の者たちをいつか必ず皆殺しにしてやる!!』

 このどす黒い感情だけが、彼が生きる活力となっていた。
 少年の名前は送故そうこつかさ
 この時はただの奴隷の1人でしかなかった。





◆◆◆◆◆

「おいそこのガキ共! 付いてこい!」

 1人の男が、同じ仕事をさせられている少年と司に命令する。
 この焼却処分場を任されている男で、司と少年は何のために呼ばれたのかはすぐに理解できる。
 大和の国の人間は、老人なら即処刑され、大人の男性はきつい肉体労働や敵兵たちの憂さ晴らしの道具として、そして女性は性欲の捌け口として利用される。
 自分たちのような子供は、単純作業などの細かい仕事をさせるために利用されているのだが、死体運搬のために人手が必要になったのだろう。
 その手伝いをさせるために、自分たちを呼んだに違いない。
 奴隷の首輪で命令に逆らえない司と少年は、その命令に従って、死体の受け取りに向かう馬車へと乗せられた。

「ちっ! 魔物が出やがった!」

 隣町へ向かうまでの道程で事件が起きた。
 途中の街道で魔物は出現したのだ。
 魔物は、空気中の魔素の結合や交配によって生まれ、人間を襲う危険な生物だ。
 隣国に攻め込まれる前まではたいして強力な魔物が出現しなかったのだが、人や町が消えて荒廃したからか、段々と強力な魔物が出現するようになってきた。
 今回出現したのは巨大な大ムカデ。
 その大ムカデは、自分たちの乗る馬車に狙いを付けたらしく、執拗に追い続けてきた。
 町まではまだ遠く、馬の体力がいつまで持つか分からない状況だ。

「チッ!! おいっ!」

「ヘイ!」

 自分に付いてくるように言った責任者の男は舌打ちをし、一緒に乗っていた部下の男に顎で合図を送る。
 それが何を示すのかを理解した部下の男は、頷くと馬車に乗る司たちに近付いてきた。

「おらよっ!」

「「っ!?」」

 近付いてきた男は、軽い口調で自分と少年を蹴りを入れてきた。
 碌な食事をさせてもらっていないため、司と少年は年齢の割には体重は軽い。
 そのため、蹴りを受けた2人は、馬車から落とされることになった。

「精々囮になれや!」

 男の捨て台詞と共に、馬車が遠ざかっていく。
 大ムカデに追いつかれる前に、自分たちを囮にして逃げるのが狙いだったようだ。
 その狙い通り、大ムカデは馬車ではなく自分たちの方に目を向けている。

「おいっ! 謙治けんじ逃げるぞ!」

「えっ!? どこへ!?」

「考えている暇なんてないだろ!!」

 馬車から落ちた司は、すぐさま立ち上がり少年(謙治)に話しかける。
 その言葉に反応した謙治も立ち上がるが、まだ状況が呑み込めていないような表情だ。
 いちいち行き先なんて考えている暇はない。
 司と健司は、すぐさま大ムカデから逃げるように走り出した。

「「ハッ、ハッ、ハッ……!!」」

 自分と少年は、樹々を利用し森の中を必死に逃げる。
 空腹の状態での全力疾走に、すぐさま酸欠のような息切れになる。
 それでも足を止めるわけにはいかず、必死に走った。

「っ!? おいっ! あそこに洞窟があるぞ!」

「あぁ!!」

 諦めずに走り続けたのが良かったのか、運よく洞窟らしき場所を見つけた。
 とても大ムカデが入れるような大きさではない。
 司がその洞窟を指差し声を上げると、謙治も笑みを浮かべてそちらへと足を動かした。

「キシャーーー!!」

「クッ!」「間に合え!」

 2人して懸命に走り、先に司が洞窟に飛び込み、僅かに遅れて謙治も飛び込んだ。
 獲物の2人を追いかけ、止まれない大ムカデは洞窟の入り口に衝突して巨大な音を立てた。

「ハァ、ハァ、ハァ……、助…かった……」

「ゲホッ!!」

「っ!?」

 思った通り大ムカデは追って来られない。
 なんとか助かり、司は息を整えつつ安堵したが、すぐに異変に気付いた。
 大ムカデの衝突により、洞窟の入り口破壊され、天井となる岩が落下して塞がれてしまったのだ。
 しかも、僅かな光しか入って来ないなか目を凝らすと、一緒に逃げ込んだ謙治が岩の下敷きになっていた。

「おいっ! 謙治!!」

「………………」

 謙治に駆け寄り、司は懸命に瓦礫を動かそうとする。
 しかし、司の痩せた体では瓦礫はびくともせず、謙治は呼吸はどんどん弱まっていった。

「おいっ! 死ぬな!」

「……君…は……生き…ろ」
 
「おいっ! おいっ!」

 必死に呼びかけ続ける司に途切れ途切れに言葉を呟くと、もう謙治は目を開くことはなかった。
 同じような境遇から知り合い、司と健司は密かに励まし合ってきた。
 平気で囮に使った奴らもだが、助けられなかった力なき自分にも腹立たしい。
 奴らのために働き、奴らのために死ぬことになるなんて、謙治の無念さを思うと司は自然と涙が流れた。 
  
「ギギッ!!」

「っ!?」

 一難去ってまた一難。
 司の耳に、洞窟の奥から何かが近付いてくるのを感じた。
 その方向へ目を凝らすと、身長が140cmくらいの小鬼ゴブリンが、武器となる棒を持ってこちらへと向かって来ていたのだ。

「くそっ!!」

「ギッ!!」

 謙治のことを悲しんでいる場合ではなくなり、司はすぐに身構える。
 自分よりも小さい司を獲物と判断したのか、ゴブリンは棒を振り上げて襲い掛かってきた。

「この野郎!! これでも食らえ!!」

「ギャッ!!」

 大振りだった攻撃を躱し、司は拾っていた手のひら大の瓦礫をゴブリンに投げつける。
 それが頭に当たり、ゴブリンは呻き声を上げて武器の棒を落として倒れた。

「よしっ! このっ! このっ!」

「ギャッ! ギャッ! ギャッ…………」

 それをチャンスと見た司は、すぐさま落とした棒を拾い、逆に利用する。
 何度も何度も棒を振り下ろして何度も殴りつけると、ゴブリンが声を上げなくなった。
 それでも数発殴り、ようやく司は手を止めた。

「ハァ、ハァ……、勝…った……のか?」

 ようやくゴブリンを殺したことに気付いた司は、息を吐いて脱力し、その場へと座り込んだ。

“スッ!!”

「えっ?」

 大ムカデから逃げるための全力ダッシュ。
 そして、間髪入れずにゴブリン退治。
 足が疲労でガクガク震えるのを抑えるために休憩をしていると、瓦礫に埋まっていた謙治の肉体が衣服を残して消え去った。

「消えた? ……まさかここって!!」

 残った謙治の衣服を手に取り、司は何が起きたのか思案する。
 すると、1つだけこのような現象に心当たりがあった。

“スッ!!”

「……やっぱり!」

 謙治が消えて少しすると、自分が倒したゴブリンも消えていった。
 それを確認した司は、予想が正解だったことを確信した。

「ここ……ダンジョンじゃないか!!」

 迷宮とも言われるダンジョン。
 魔物や罠が蔓延る危険な場所だ。
 そんな中に逃げ込んでしまったことに、司はようやく気付いたのだった。


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