《完結》勇者パーティーから追放されたオレは、最低パーティーで成り上がる。いまさら戻って来いと言われても、もう遅い……と言いたい。
12-3.そんな大事なものが盗まれたなんて!
焼きあがったクッキーがまだあるから持ってくる――と言って、王女は席を外した。その隙にネニが話しかけてきた。
「よくも私の脛を蹴りやがったな」
「いや。悪かった。たまたま当たっただけだ」
「よくそんなこと、シレッと言えるもんだぜ。で、あの王女さまは、ホンモノだと思うか?」
席を外しているとはいえ、声が聞こえないようにネニは上体を乗り出して、声をひそめた。
オレも同じく声をひそめる。
「ホンモノだろうさ。マグロも見覚えがあると言ってたし、だいたいウソを吐く理由なんてないだろ」
「そりゃそうだが、王女さまが冒険者を雇うなんて、ンなことあると思うかよ? 私たちだってけっこう信用ならねェ身分だと思うがな」
たしかに冒険者なんて、立場のないその日暮らしである。
「身内が信用ならないって言うなら、仕方ないんじゃないか?」
ほかに頼れる人がおらず、結局、冒険者にクエストを申し込んだとするなら、憐憫すらおぼえる。
「で、身辺警護はホントウにやるのかよ?」
「そりゃ魔結晶をくれるって言うんだから、やるに決まってるだろ。3万ポロムに、さらに追加してくれるかもしれんし」
搾り取れるだけ、搾り取るのが理想的だ。これで金欠問題が解消できるかもしれない。もっと欲を言うならば、結婚したい。
国を背負うような立場にはなりたくないけれど、ヒモにはなりたい。
「しかし不用心な姫さまだなぁ。護衛の騎士とかいねェのかよ」
「待てよ。護衛の騎士がいないのか……」
誘拐とか、したらどうなるだろうか。護衛がいないなら、出来ないことはない。そして国を相手どって、身代金……。
はッ。いかんいかん。
チョット良くない方向に、思考が進んでしまっていた。オレは聖人君子だから思いとどまったけれど、悪いヤツなら、それぐらいのことは考えるだろう。
ヤッパリ姫さまの行動にしては、軽率すぎるように感じる。
「お待たせしましたー」
と、焼き立てのクッキーを持ってきてくれた。
熱いので気を付けてくださいね――という王女の忠告も気にせずに、マグロが手を伸ばしていた。オレもひとつもらった。焼きあがった直後の香ばしさと、ミルクの甘味が口のなかに広がった。
「それで王女さま」
「ブルベと呼んでください」
「え? イキナリ略称ですか」
もしかしてオレのことが好きなんだろうか。
「いえ。あまり畏まられると、誰かに見られたときに私が王女だとすぐにバレてしまいます。それに、友達みたいに接してみたいんです」
「オレはナナシです」
「ナナシさまですか」
「そうです! そうです!」
念願の「さま」付けである。ようやっとオレのことを「さま」を付けて呼んでくれる人が現われた。
きっとこの人が、オレという人生のメインヒロインに違いない。
マグロたちのことも順に紹介していった。
「ご安心ください。マグロたちは役に立たない新米冒険者かもしれませんが、オレは元勇者パーティにいましたから……ギャヒッ」
脛に激痛が走った。
ネニにやりかえされたようだ。
「どうかされましたか?」
「いえ。何でもありません。どうぞお気になさらず」
「元勇者パーティなんてすごいのですね。勇者というのは、もっとも討伐スコアの高い冒険者に送られる称号ですのよね?」
「ええ。ええ。まぁ、その勇者もオレのおかげで活躍していた――みたいなところがあるんですけれどね」
「まぁ。するとナナシィさまは、偉大な冒険者ですのね?」
と、ブルベは紫色の瞳を輝かせ、胸の前で手のひらを重ね合わせて、そう尋ねてきた。
あぁ。
いい娘だ。
常に傍らに置いておきたい。
勇者にも、すこしはブルベの楚々たるさまを見習ってもらいたいものだ。
「そうなんですよ。オレは偉大な冒険者なんです。なのに周りの連中が理解しないから、追放されるという憂き目にあったんですけどね。でもオレを追放したことを勇者たちは、今頃、後悔してるんですよ」
あぁ。かわいそ。
勇者め。いつまで意地を張ってられるか、見物である。
「何かの本で読んだことがありますわ。それはザマァって言うのでしたわね」
「さすがブルベは、博識ですね。そうです。虐げられたオレは、ザマァしてやろうと目論んでいるんですよ」
王女さまだから、そりゃいろいろと本をお読みになっているのだろう。
普段どんな本を読んでいるのだろうか。チョット気になる。
「ナナシさまは、いままでどんな冒険をしてらっしゃったのですか? 私、とっても気になりますわ」
と、ブルベは前のめりになった。
顔が近い。
良い匂いがする。
一国の姫さまの匂いなんて、そうそう嗅げるものではない。今の内にたっぷり吸引しておこう。
「オレの冒険譚なら、あとで厭になるほど聞かせてあげますよ。そりゃもう、トロールやドラゴンといった数々のモンスターを討伐してきたんですからね。オレのことは、ともかくブルベのことですよ」
「私?」
「ええ。身内に狙われていると言っておられましたね? そう思う根拠が何かあるのでしょうか?」
それはもう……と、ブルベは顔を曇らせてつづけた。
「たとえば、お部屋のスリッパが逆を向いていたり、ベッドのシーツにすこしシワが入っていたり、不審なことが続くのです」
それだけで身の危険を感じるものだろうか。凡人には些細なことでも、王女さまにとっては重大なことなのかもしれない。
「ほかには?」
「ずっと見られているような不安がぬぐえません。城を跳び出して、こうして別宅に逃げ込んでからは、それがなくなりましたが」
「ふむぅ」
聞いているかぎりでは、たいしたことなさそうだ。だが、わざわざ城を跳び出してくるぐらいだ。本人だからこそ感じるものがあるのかもしれない。
「なんか、たいしたことねェなァ。気のせいじゃねェのか」
と、ネニが口をはさんだ。
「いえ。気のせいではないのです。きっと誰かが、私の命を狙っているに違いありません。王女という立場上、私の命を狙う者も少なくはないのです」
「そういうもんかねぇ」
と、ネニは首をかしげている。
まぁ良い。
気のせいであれば、それで良い。なににせよ、こうしてお姫さまと同じ空気を吸えるというだけで、幸せなことである。
「それから、これが靴のなかに、入れられておりました」
と、ブルベは1枚の紙切れを取り出した。
「どれどれ」
覗きこむフリをして、顔を近づける。うん。甘い良い香りがする。
もちろん紙切れの内容にも目を通す。
『魔塔祭典』を中止にしなければ殺す、という率直な一文が、そこに記されていた。
「なるほど。たしかにこれは決定的な証拠ですね」
「しかし誰が私の靴に忍ばせたのか、わからないのです。怖くなって、こうして逃げてしだいですの」
その文面に恐怖をおぼえたのか、ブルベはすぐさまポケットに戻していた。華奢な肩をふるわせている。思わず抱きしめたくなる可憐さだ。
「しかし王女さまが消えてしまったら、いまごろ城は大騒ぎでしょう」
「かもしれません」
と、ブルベは舌をチロリとのぞかせて、言葉をつづけた。
「それから、たいしたことではないのかもしれませんが、物がなくなることもしばしばありますの」
「物?」
「非常に言いにくいことなのですが……」
と、ブルベは顔を赤くして、目を伏せた。
「なんです?」
いちおう聞いておいた方が良いだろうと思って、うながした。
「パンツがなくなることがあるのです」
「……ッ」
絶句。愕然。驚嘆。
王女さまのパンツを盗むとは、なんて羨ましい――じゃなくて、けしからんヤツだろうか。
そんな不届き者は、さっさと捕まえて斬首刑にしてやるべきだ。
「ちなみに、どういう色で、どういう柄のものなんですかね? 洗った後の物なんですかね? それとも洗う前の物が盗まれたんですか? いや、けっして卑らしい意味ではなくてですね。いちおう今後の身辺警護のためにもですね……」
聞かねばならぬ。
義憤に駆られたオレの本能が、そう言っている。
「スケベな顔になってるのでありますよ」
と、マグロが指摘してきた。
「なに?」
あわてて自分の顔を、ナでつけた。
「冗談です。簡単に引っかかるのですね。……へっ」
「あっ、カマカケやがったな! しかも、なんだその最後の笑いはッ。ときおり見せる、その悪そうな笑い方はやめろッ」
とっても楽しそうなパーティですのね、とブルベは微笑んでいた。
「よくも私の脛を蹴りやがったな」
「いや。悪かった。たまたま当たっただけだ」
「よくそんなこと、シレッと言えるもんだぜ。で、あの王女さまは、ホンモノだと思うか?」
席を外しているとはいえ、声が聞こえないようにネニは上体を乗り出して、声をひそめた。
オレも同じく声をひそめる。
「ホンモノだろうさ。マグロも見覚えがあると言ってたし、だいたいウソを吐く理由なんてないだろ」
「そりゃそうだが、王女さまが冒険者を雇うなんて、ンなことあると思うかよ? 私たちだってけっこう信用ならねェ身分だと思うがな」
たしかに冒険者なんて、立場のないその日暮らしである。
「身内が信用ならないって言うなら、仕方ないんじゃないか?」
ほかに頼れる人がおらず、結局、冒険者にクエストを申し込んだとするなら、憐憫すらおぼえる。
「で、身辺警護はホントウにやるのかよ?」
「そりゃ魔結晶をくれるって言うんだから、やるに決まってるだろ。3万ポロムに、さらに追加してくれるかもしれんし」
搾り取れるだけ、搾り取るのが理想的だ。これで金欠問題が解消できるかもしれない。もっと欲を言うならば、結婚したい。
国を背負うような立場にはなりたくないけれど、ヒモにはなりたい。
「しかし不用心な姫さまだなぁ。護衛の騎士とかいねェのかよ」
「待てよ。護衛の騎士がいないのか……」
誘拐とか、したらどうなるだろうか。護衛がいないなら、出来ないことはない。そして国を相手どって、身代金……。
はッ。いかんいかん。
チョット良くない方向に、思考が進んでしまっていた。オレは聖人君子だから思いとどまったけれど、悪いヤツなら、それぐらいのことは考えるだろう。
ヤッパリ姫さまの行動にしては、軽率すぎるように感じる。
「お待たせしましたー」
と、焼き立てのクッキーを持ってきてくれた。
熱いので気を付けてくださいね――という王女の忠告も気にせずに、マグロが手を伸ばしていた。オレもひとつもらった。焼きあがった直後の香ばしさと、ミルクの甘味が口のなかに広がった。
「それで王女さま」
「ブルベと呼んでください」
「え? イキナリ略称ですか」
もしかしてオレのことが好きなんだろうか。
「いえ。あまり畏まられると、誰かに見られたときに私が王女だとすぐにバレてしまいます。それに、友達みたいに接してみたいんです」
「オレはナナシです」
「ナナシさまですか」
「そうです! そうです!」
念願の「さま」付けである。ようやっとオレのことを「さま」を付けて呼んでくれる人が現われた。
きっとこの人が、オレという人生のメインヒロインに違いない。
マグロたちのことも順に紹介していった。
「ご安心ください。マグロたちは役に立たない新米冒険者かもしれませんが、オレは元勇者パーティにいましたから……ギャヒッ」
脛に激痛が走った。
ネニにやりかえされたようだ。
「どうかされましたか?」
「いえ。何でもありません。どうぞお気になさらず」
「元勇者パーティなんてすごいのですね。勇者というのは、もっとも討伐スコアの高い冒険者に送られる称号ですのよね?」
「ええ。ええ。まぁ、その勇者もオレのおかげで活躍していた――みたいなところがあるんですけれどね」
「まぁ。するとナナシィさまは、偉大な冒険者ですのね?」
と、ブルベは紫色の瞳を輝かせ、胸の前で手のひらを重ね合わせて、そう尋ねてきた。
あぁ。
いい娘だ。
常に傍らに置いておきたい。
勇者にも、すこしはブルベの楚々たるさまを見習ってもらいたいものだ。
「そうなんですよ。オレは偉大な冒険者なんです。なのに周りの連中が理解しないから、追放されるという憂き目にあったんですけどね。でもオレを追放したことを勇者たちは、今頃、後悔してるんですよ」
あぁ。かわいそ。
勇者め。いつまで意地を張ってられるか、見物である。
「何かの本で読んだことがありますわ。それはザマァって言うのでしたわね」
「さすがブルベは、博識ですね。そうです。虐げられたオレは、ザマァしてやろうと目論んでいるんですよ」
王女さまだから、そりゃいろいろと本をお読みになっているのだろう。
普段どんな本を読んでいるのだろうか。チョット気になる。
「ナナシさまは、いままでどんな冒険をしてらっしゃったのですか? 私、とっても気になりますわ」
と、ブルベは前のめりになった。
顔が近い。
良い匂いがする。
一国の姫さまの匂いなんて、そうそう嗅げるものではない。今の内にたっぷり吸引しておこう。
「オレの冒険譚なら、あとで厭になるほど聞かせてあげますよ。そりゃもう、トロールやドラゴンといった数々のモンスターを討伐してきたんですからね。オレのことは、ともかくブルベのことですよ」
「私?」
「ええ。身内に狙われていると言っておられましたね? そう思う根拠が何かあるのでしょうか?」
それはもう……と、ブルベは顔を曇らせてつづけた。
「たとえば、お部屋のスリッパが逆を向いていたり、ベッドのシーツにすこしシワが入っていたり、不審なことが続くのです」
それだけで身の危険を感じるものだろうか。凡人には些細なことでも、王女さまにとっては重大なことなのかもしれない。
「ほかには?」
「ずっと見られているような不安がぬぐえません。城を跳び出して、こうして別宅に逃げ込んでからは、それがなくなりましたが」
「ふむぅ」
聞いているかぎりでは、たいしたことなさそうだ。だが、わざわざ城を跳び出してくるぐらいだ。本人だからこそ感じるものがあるのかもしれない。
「なんか、たいしたことねェなァ。気のせいじゃねェのか」
と、ネニが口をはさんだ。
「いえ。気のせいではないのです。きっと誰かが、私の命を狙っているに違いありません。王女という立場上、私の命を狙う者も少なくはないのです」
「そういうもんかねぇ」
と、ネニは首をかしげている。
まぁ良い。
気のせいであれば、それで良い。なににせよ、こうしてお姫さまと同じ空気を吸えるというだけで、幸せなことである。
「それから、これが靴のなかに、入れられておりました」
と、ブルベは1枚の紙切れを取り出した。
「どれどれ」
覗きこむフリをして、顔を近づける。うん。甘い良い香りがする。
もちろん紙切れの内容にも目を通す。
『魔塔祭典』を中止にしなければ殺す、という率直な一文が、そこに記されていた。
「なるほど。たしかにこれは決定的な証拠ですね」
「しかし誰が私の靴に忍ばせたのか、わからないのです。怖くなって、こうして逃げてしだいですの」
その文面に恐怖をおぼえたのか、ブルベはすぐさまポケットに戻していた。華奢な肩をふるわせている。思わず抱きしめたくなる可憐さだ。
「しかし王女さまが消えてしまったら、いまごろ城は大騒ぎでしょう」
「かもしれません」
と、ブルベは舌をチロリとのぞかせて、言葉をつづけた。
「それから、たいしたことではないのかもしれませんが、物がなくなることもしばしばありますの」
「物?」
「非常に言いにくいことなのですが……」
と、ブルベは顔を赤くして、目を伏せた。
「なんです?」
いちおう聞いておいた方が良いだろうと思って、うながした。
「パンツがなくなることがあるのです」
「……ッ」
絶句。愕然。驚嘆。
王女さまのパンツを盗むとは、なんて羨ましい――じゃなくて、けしからんヤツだろうか。
そんな不届き者は、さっさと捕まえて斬首刑にしてやるべきだ。
「ちなみに、どういう色で、どういう柄のものなんですかね? 洗った後の物なんですかね? それとも洗う前の物が盗まれたんですか? いや、けっして卑らしい意味ではなくてですね。いちおう今後の身辺警護のためにもですね……」
聞かねばならぬ。
義憤に駆られたオレの本能が、そう言っている。
「スケベな顔になってるのでありますよ」
と、マグロが指摘してきた。
「なに?」
あわてて自分の顔を、ナでつけた。
「冗談です。簡単に引っかかるのですね。……へっ」
「あっ、カマカケやがったな! しかも、なんだその最後の笑いはッ。ときおり見せる、その悪そうな笑い方はやめろッ」
とっても楽しそうなパーティですのね、とブルベは微笑んでいた。
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