魔王様、復活のお時間です‼︎

二葉 夏雨

【1時間目】魔王様、登校のお時間です!!


…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。

これは夢野久作ゆめのきゅうさくの小説、ドグラ・マグラの序文ではない。
これは僕の下腹部の辺り、丁度胃の下辺り、とどのつまり大腸と小腸からなる臓物ぞうもつからくる不吉な音である。


「すみません…トイレ、まだですか…?」


思った以上に情けないひ弱な声が出た事に驚きつつも僕はその聖域に留まる愚者(あるいは大馬鹿者である────)に問いかけた。

が、返答は沈黙であった。

何故だ。
何故この聖域(コンビニの男女共用トイレ)にこもるこの人間(否、ここまで来たら人の皮を被った畜生である)は何も応答しないのか。

恐らくこの世の中、いや、古今東西ありとあらゆる人間、僕と同じ状況に置かれた人間なら誰もが思う疑問である。


「早く出てください…このままだと貴方の前で、しますよ…?」


僕は脅した。
何の躊躇ちゅうちょもなく脅した。

この季節が心躍ると言うならば僕も脅していいだろう。
てか一話目から排泄シーンとかこれ大丈夫なんですかね。
センシティブな表現にひっかかってる気がするんですけど。


どたんば!がこんば!どべたば!


聖域の中から訳のわからない音が聞こえてくる。
およそ中のあほんだらが僕からの脅しに対して何かしらアクションを起こさねばならぬだろうと無駄な算段をくわだてているのだろう。

てかだったらはよ出ろや!
出てよ!出てくださいよ!!
それとその擬音語か擬態語か分かんないSEはなに!?
純粋な恐怖!!!!


「逢魔様…中のお人はまだ出て来てないのですか?」


聖良がある程度コンビニの物品を物色し、飽きたのか決壊が近い限界な僕に話しかけてくる。


「それがさっきから早く出てくれって言ってるんだけど中々出てくれないし、出してもくれないんだよ。
その上なんの返答もしてくれないし…」


僕は率直に報告すると会話によって意識が薄れてしまってきていた膀胱ぼうこうと直腸を締めるために再び内股に力をこめた。
傍目から見れば股間を強打して痛がってる青年そのものだ。正直、恥ずかしい。


「それは股……では、こうしましょう」


聖良が真顔で右手の人差し指を立てる。
恐らく、何かしらの策が思いついた仕草だろう。
てかなんかまたのイントネーションおかしくないですかね?


「頼んだ…一刻も早く僕をこの悪夢から救ってくれ……」


僕は相変わらず情けない声で、聖良が提案する一縷いちるの望みを聞こうと傾聴けいちょうしようとなけなしの気力で身体を傾けた。


「……………」


が、沈黙!!!
思った以上の沈黙!!サイレンスッ!!
何も考えてないのに適当な事言ったの、この人!?!?!?


「あの、聖良、さん……?
何をどうするのか聞かせていただきません……?」


「分からないのですか逢魔様?」


え、何?これ新手の心理戦?
もしかしてこれ女の子特有の「察してよ」ってやつ?
ただでさえ内股に力入れてないと人としての尊厳を失ってしまいそうなのに頭を使えと?使えと!?


「ごめん、分からないや…」


僕は諦めた。
女心を掴むよりまず先に僕は明日をまた人として過ごしていける権利を掴まねばならぬのだ。
一話目という華々しい開幕から早速デッドボールを喰らうわけにはいかないのだ。


「この指を逢魔様のお尻にずぶりとしてふたをするのですよ…ぽっ///」


「えっ……?」


僕は己の耳を疑った。

当たり前だ。僕の目の前にいるのは身内の目からしても美少女でおしとやかな、それでいて可憐な女性なのだ。
そんな女性からお尻なんて言葉、あまつさえ"ずぶり"なんて濁音(排便だけに)付きの言葉なんて言わないはずなのだ。


「くっそ簡単にいえばくせぇモノには蓋をしろ、戦法でございます…ぽっ///」


「いやぁ聞き間違いじゃない上にお汚ないっっ!!」


すぅ〜〜〜〜っ。
深呼吸。大事、深呼吸。


「お汚ないよぉっっっ!!!!!」


朝のコンビニ、喧騒けんそうの中に僕の声が響く。周囲の目が集まるのを背中に感じる。
分かってる迷惑だって。でも、だって、汚いんだもん!!!!


「てか「ぽっ…///」じゃないよっ!!なんて事提案してくれちゃってるんですか!?汚いものには蓋をしろとかちょっと上手いド思うけど絵面が最悪だよっ!性犯罪だよっ!セクシャルクライムだよっ!貴方女の子なんだからそういうダーティな事言わないでくださいっ!」


\セ◯!カラフ◯パレット、フロム、クラ◯トエッグ!/
\アッ…イヤホンジャックヌケテル…/


「そんでてめぇ便所の中でプ◯セカやってんじゃねぇぇぇぇっ!!結構余裕あんじゃねえか早く出ろやぁっ!」


「いや待ってください逢魔様、今のプ◯セカはアプデでフロム以下の下り無くなりましたよ」


「あ〜〜はいはい、て事はこれはまだアップデート前って事か…いやじゃないよっ!早く出てくださいよっ!入学式に遅刻とか笑えないし、その上脱糞とか徳川家康も草葉の陰で抱腹絶倒ほうふくぜっとうもんだよおい!」


すんげぇベラ回るね、僕。
人って必死になるとここまで口が回るんだね。へぇ〜〜、できれば違う状況で知りたかったな僕っ!


がちゃりんこ。

その瞬間は唐突に訪れた。
閉じられたその聖域の解放と共に中から件の戦犯が転がり出てくる。
よし、一発殴ろう。これはもう正当防衛だもんね!!


「あ、あの……」


それはまさかだった。まさかり担いだ金太郎ぐらいまさかだった。


「女性、でしたんですね…」


聖良がそっと耳打ちする。
それに反しその女性、というよりも少女はすっと大きく息を吸った。そして、


「悠久の時を彷徨さまよいし旅人よっ!この度は私が長きにわたり聖域を占領した事を謝罪するっ!だが私もこのラグナロク生き残らなばいけなかったのだ、了承したまえっ!それではここは失礼するっ!アディオスッ!」


そう早口で告げるとその少女は風の如くスピードで去っていった。
そして僕は信じたくは無いけど股間のあたりにほんのり香る温かみを感じた。いやこれ多分小さい方だよね?小さい方だよねっ!?
あとそれと一つ言わせてもらうけどさ、


「日本語でおk」


☆一話目から主人公、まさかの脱糞─────



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【登場人物紹介】

○躑躅森 逢魔

主人公で魔王の息子。
奪われた魔王の力を取り戻すため現代日本に降臨するが早速人類のトイレ占拠という反抗作戦に遭い脱糞する。
本人は悪くない。
悪いのは籠るやつ。


○躑躅森 聖良

逢魔のお付きのメイドさん。
逢魔と共に生まれ育って来たので実は尻の穴レベル(意味深)まで逢魔を知り尽くしている。
基本冷静沈着ではあるが逢魔が絡むと少し頭がおかしくなるのが玉に瑕。


○謎の厨二病少女

トイレに籠り、早速現魔王に恥をかかせた勇者。
だが実は本人は普通にトイレに入って中でソシャゲをやっていた。魔王はどっちなんだか。
本格的な出番は次かららしい。


○徳川家康

多分出番はこれで最後なすごい人。
実は戦で武田信玄のすごさにビビって脱糞した逢魔の類友。
黒歴史すぎて部下に指摘された時にこれは味噌だと必死こいて言い訳した。
でもぶっちゃけ本人は江戸幕府開いたからイーブンだと思ってそう。

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