廃棄場で踊る

ヒコバエ

第4話「データの取り込みを開始します」

 そんな分析をしていると、目的のエリアへ到着した。この北西方向のエリアは、かつて第二エリアのあった方向だが、今あるこのエリアはその時よりも第一エリアに近い場所に位置しているようだ。勿論正確な測定器もないので、あくまで私の感覚によるものだ。
 第一エリアからは、青空の写真かなにかに見えていたデータは、いざ目の前まで来てみると、陰影に乏しい色をべた塗したような、島と大海と大空を描写した絵のデータであることが分かった。横長の長方形の中には、その下部に黄緑色と砂色で海岸のようなものが描かれており、その上に薄いエメラルドグリーンで海らしきものが表現されている。そしてそのさらに上部に青色と所々の白色で、青空と雲が表されていた。
 お世辞にもうまい絵とは言えない。しかし絵の表現するところが何か理解できる辺り、絵としての最低ラインには達しているのかもしれない。絵の感じ的に、題材は南の島かなにかだろう。
 このままこの中途半端な絵を鑑賞していてもよかったが、私は本来の目的通り、さっさとこの絵のデータに触れることにした。絵の島の辺りに触れた時、「データの取り込みを開始します」というこれまでとは様子の違う赤文字の一文が、これまで通りのパンッというシステム音とともに世界へ表示された。これまでなら即座に完了していたデータの取り込みが、今回はすぐにはできなかったようだ。
 ピアノと少女の歌声の停止のタイミングが重なり、世界に久々の沈黙が流れた。一、二秒程度のその沈黙が、再びピアノによって破られたその直後、システム音と「データの取り込みが完了しました」という覚えのあるセットともに、世界が大きく様変わりした。
 この目の前の絵のデータは、文字通りこの世界に取り込まれた。これまでこの世界は、光源エリア以外は完全な闇に満たされていた。だがこのデータの取り込みは、その現状を打開した。取り込まれたこの絵は、世界全体にでかでかと張り出された。もしかしたらこれまでが世界全体に黒色の画像が張られており、それが今回の取り込みでこの絵に置き換えられたのかもしれない。暗いところは今や一つもなく、世界全体を見渡すことができる。そのなかでも光源エリアは一際目立っていた。その様を眺めていると、この世界が広大な直方体でできていることも漸く分かった。
 新しい世界の床は一面が島になっていた。あの絵の島が地面に映し出されている形だ。床と壁の角辺りを中心とした部分には、絵の海に当たる部分が描写されており、残りの部分は一切が空であった。ただの平面に描かれた一枚の絵であったものを、三六〇度カメラのように投影しているのだろうか。
 新世界が誕生したようだ。元絵が地球を描写したものであったため、ここもいまでは地球に近い様相を見せている。だが取り込まれたのはあくまで絵であるため、地面の質感は変わらず冷たく硬さを持っていた。
 その時、目の前の中途半端な絵が姿を消し、それを照らしていたエリアの光源も消灯した。しかし、その絵を元としていたこの世界の背景は、未だにあの南国風のままだ。これまでは光源エリアが消失すると、辺りは一面暗がりになっていたが、この取り込まれた絵には、発光機能でもあるのか、少し光量が減った程度で、視界は変わらずはっきりとしている。
 やっとあのシステムログの意味が理解できた。先の二度のデータの取り込みは、その結果が不明なままではあるが、少なくともこの絵のデータについては間違いない。ここに捨てられたデータは、私が触れることによってこの世界に取り込まれ、その取り込まれた方のデータは、元データが消滅してもその存在を維持できるようだ。そのため次の絵か画像が見つかるまでは、世界はこの孤島のままになりそうだ。

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