カッコがつかない。

kitatu

第29話

大きな振動に目が覚める。重い瞼を開くと、胸から斜めにシートベルトがかけられていた。横目で隣を見ると、ハンドルを握る叔母さんの姿をみつける。
今は、車の中か?
俯いていた顔をあげると、外の世界が目に入る。白みがかかって来た空、薄い青の世界を車は進んでいる。あたりは未だ暗く、焚かれたヘッドライトに、田んぼの狭間のひび割れた道路が照らし出されていた。
「案外早いお目覚めね」
「……叔母さんはどう思いました?」
「何が?」
「俺が必死こいて逆上がりする姿をみて」
寝ぼけて何も考えられない脳から出た俺の問いに、叔母さんはくすりと笑う。
「翔ちゃんはどう思ってるの?」
俺はどう思ってるか……。はじめ、こんな事に関わるなんて、くだらないと思ってたし、今までの自分なら絶対にありえないことだ。それでも、真剣に、ズタボロになるまでやってしまった。
俺が思考の渦に身を任せていると、叔母さんは話し出す。
「将ちゃんは今、自分はどうなのか考えてるでしょ?」
「はい」
「一緒よ。私も、大人も子供も人を見て、自分を見るの」
「そうですか?」
「何を見ても結局は、人の姿に自分を見るのよ。例えば、くだらない事をするやつ、なんて感想は、その事をしていない、して後悔した人間にしかできない。見て凄い、そう思う前には、その人より何か劣った自分を見てる」
信号が青に変わり、再び車は動き出す。それと同時におばさんは話を続ける。
「今の世の中、情報社会の発展もあって、いろんな事が認められるようになってきてて、その一方、何が正しくて、何が正しくないかの境界線が曖昧になってきている」
「うん……」
「だからさ。自分の見たもの。見た自分くらいは正しいと信じたいじゃない。人から見られた自分なんて、私は気にならないし、気にしちゃいけないと思ってる」
そして最後に叔母さんは、
「人から認められた何者かにならないと、自分の存在を不安に思うなんて悲しすぎるわ」
そう呟いて黙り込んだ。
懸命に逆上がりをしていた自分、必死で公園バトルをしていた自分。客観的に見れば、酷く滑稽ではある。だが、あの時見たもの、真剣だった事、信じていたものは、間違いなく本物だったと思う。
無言の車内から見えるのは、登りゆく朝陽。段々と輪郭を現してきた紫色の山。青い世界は、白いキャンパスに描かれた絵のような、彩豊かな世界へと変貌する。
公園バトルが今まで続いて来ている理由をぼんやりと察し、これから始まる世界を見つめた。

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