カッコがつかない。

kitatu

第23話

カーテンを閉め切った暗い部屋。電源の切れたスマートフォンの画面には、死人のような俺の顔が写り込んでいる。ベッドの横に置かれたデジタル式の目覚まし時計に目を移す。緑色に発光する文字には『金曜日19:13』と書いてあった。

この一週間、仮病で学校を休み続けた。

八方塞がり。元は自分のついた嘘、皆んなが期待していることは分かっている。負けられないことも分かっている。今までのことを謝らなければいけないこともわかっている。

けれど、自分は弱くて逃げてしまった。

逃げた結果、未来がないことも分かっている。その場しのぎで、余計に状況を悪くしただけなのも分かっている。只の甘えでしかないこともわかっている。

そこまでわかっていても出来なかった。

あまりにも弱くて、みっともなくて、醜くて。

自分への呪詛が止まらない。情けなくて、勝手に涙が溢れてくる。

喉が詰まる。胃が窮屈で、頭は常に重く、額は力んでいる。

ずっと、ずっと止まらない自己嫌悪。眠りたくとも、過去を悔やみ、息苦しくなった。待ち受ける最悪の未来に不安になっては、締まった喉に水を通した。考えたくない、考えたくない、考えたくない、そう考えては夜が遠のく。このまま目覚めることがなければいいのに、と安堵することだけが、唯一眠りにつける方法。けれど、目を覚ませば絶望して吐き気を催した。

死にたい、死のう、そう思う度に、襲いかかってくる寒気と恐怖。結果、死ぬ勇気がでない。そんな意思すら弱い自分が情けなくて、また死にたくなる。

楽になりたいとは思わない、この世から自分の存在を消し去りたいと思う。ああ、また、涙が溢れてきた。

もう逃げてしまおう。全部ほっぽり出して逃げてしまおう。自分以外どうでもいいじゃないか。俺を選んだお前たちの目が、節穴だっただけの話じゃないか。偶々、代表にされた俺がなんで責任を感じなきゃならない。

なんて、無理矢理に思い込もうとするだけで、自己嫌悪で胸が苦しくなる。今現在逃げている癖に。

八方塞がり。光明が見出せない。

ただ最後に、一欠片の勇気は残っていた。いや、勇気と呼ぶのも烏滸がましいもの、追い詰められ、綺麗なものが燻んだお陰で手に入れたもの。それは、汚くて臭い、下卑ていて自己中心的。燃やして消し去りたいけれど、そんなものくらいしか、俺を動かす燃料はない。

ゆらりと立ち上がり、震える手でスマートフォンを手にとった。息を思いっきり吸い込み、電源ボタンを押す。

簡単に電源が入り、画面に光が灯る。

暗証番号を入れて開くと、直ぐにスマートフォンが震えた。メッセージだ。休んだせいで誰かから送られて来ているのだろう。

恐くなって、慌てて電話のボタンへ指を伸ばす。そして電話帳を開き、スクロールしていく。

あった。

昔、登録した番号で、未だに使っているかわからない。俺は、『西条瑞樹』と登録された番号に電話をかける。

つるるるという音が耳元で鳴る。どうやら電話はかかるようだ。でも、出てくれるか不安でどうしようもない。息が苦しくて苦しくて仕方ない。

「……もももも、もしもし! しょっ、将吾? ど、どうしたの!?」

瑞樹の声が聞こえた。ゴクリと唾を飲み込む。しかし、喉は締まったままで、さっきとは異質の苦しさに苛む。

相手には見えないというのに、俺は泣き晴らした顔を隠すように頭を下げた。そして震えながら、なんとか声を発する。

「負けてください。どうか、お願いします」

好きだと伝えてくれた瑞樹を無視し続けた俺が、相手の内情も無視して、無理な願いを伝える。汚くて下卑ている、厚顔無恥な行動だ。けれど、それが最後の頼みの綱だった。

1秒、2秒、3秒、4秒、5秒……10秒経っても返事がこない。見えない相手に顔を上げるのすら怖い。歯を食いしばって頭を下げ続ける。

「………………かっこ悪い」

数十秒後に貰った言葉は、突き放すように冷え切ったものだった。元々真っ暗だというのに、目の前が真っ暗になったような気がする。

「明日さ、デートいかない?」
「デ……ト?」

不意のことに、思わず聞き返した。

「うん、それ次第で、わざと負けるかを決める」


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