カッコがつかない。

kitatu

第19話

「決勝戦に対戦する相手はよく見極めなければいけません。南校ならまだしも、西校は未知数ですからね」
とのお達しで、昼からは観戦することになった。よって今俺は、街灯下のベンチに座って待機している。

一回戦の盛り上がりもなりを潜め、正午過ぎの公園は比較的静かになっている。昼食を取りに、高校生の多くが外へ出ていったからだ。とは言っても、テントの中では、未だに大人達が弁当と酒をかっ喰らっているし、高校生も、遊具に腰を下ろして昼食をとっていたりする姿が見られ、いつもの公園よりは騒がしい。

「にしても、ネーデルランドが影分身ジョッキーに勝ってたなんてね! しかも、二つ名まで貰ってたなんて、ちょーすごいじゃん! 流石、私が認めただけの男ね!」

隣に座る東が、ダイヤを埋め込んだみたいに目をキラキラと輝かせて、サンドイッチ片手に話しかけてきた。食べなければいけないけど、口を閉じることも惜しいって態度。サンドイッチを持つ指の部分が深く沈んでしまっている。

「う、うん。まあね」

少し、どもりながら答えた。褒められて嬉しい気持ちと、煩わしいような気持ちがごちゃ混ぜになっているせいだ。それと、認めたくないが、ギャルに話しかけられてキョドッているのも含む。あと、サンドイッチの齧った後が、口紅の色に染まっていて、なんかえっちぃし。他にも沢山要素はあり、一つ一つあげると、輸入品のお菓子みたいな成分表示になりそうだ。

女の子と二人っきりでベンチに座るなんて、普通の男子高校生には荷が重い。

カシラは、こういう居て欲しい時に限って、スプリング遊具を清掃する為の道具を取りに一時帰宅している。東高の生徒達も立ち話をしていたのだが、皆んな昼食を取りに外へ出て行ってしまった。付いて行けば良かったのだが、それはやめた。試合後、勝ったことで褒められ続け、胸が苦しかったのだ。皆んなから離れて一人になり、窮屈感から解放されたかったのである。

けれど誤算だった。まさか、東が昼食を持ってきているとは……。

いやでも、本当に嫌なことか? むしろ、嬉しいからこそ、きょどるんではないか? 普通の高校生としては、羨むような状況じゃないか?

「そんで、赤兎馬ランドは、南校対西校、どっちが勝つと思う!?」

浮かれつつあった気持ちは急激に冷める。

「いや、赤兎馬ランドって……」
「いくない!? 今思いついたの! 語呂が良くて、呼びやすいし! ほら、おっぱいって語感が良いから、他の名称より呼ばれやすいわけでしょ!?」
「ごめん。比較対象がおっぱいなら、反対せざるを得ないんだけど」
「何、不満? 嫌なら何て読んで欲しいわけ?」
「できれば本名で。前田でも、前田くんでも、将吾くんでも」
「いや。そんなツマンナイ名前で呼びたくない」
「つ、つまんない……」

酷い。本名なのに、バッサリ切られた……。名前に面白さなんて要らないのに。

「やっぱり、赤兎馬ランドが最高よね〜。ああ、私天才なのかもしれない。いや、天才だった」

東は、白馬の王子様を思い浮かべる女の子のように、うっとりとそう呟いた。

何をどう思って、天才なのか全く理解できない。むしろセンスで言えば下の下なんじゃないか。赤兎馬でも、ネーデルランドでも、赤兎馬ランドでも、等しくゴミである。

そう言いたい気持ちはあるが、無駄な気力は使うべきではない。俺は内心を秘めたままにしておくことに決める。

「ウン、ソダネ」
「でしょ!? 早く誰かに聞かせたいわ!」

そこまで気に入ってるのか……。俺的には誰にも聞かせたくないくらい、ダサいんだけど。

「お〜い、F22ちょっとこっち来て!!」

上機嫌の東は、突然立ち上がり、テントに向けて大声を出した。すると、しばらくして中から男が出てくる。それは、先ほどの開会式で選手宣誓をしていた南高代表の南野だった。彼は、食べていたであろうオニギリを片手に歩み寄ってくる。てか、なんだよ、食い意地張らずに置いてこいよ。

「どうしたんだ、プリズンブレイカー?」

南校代表は、ベンチ前までくると東に尋ねた。東は、ふふん、と鼻を鳴らし、得意げに話し出す。

「アンタみたいにスカした変態野郎に、私の素晴らしさを教えてやろうと思ってね!」
「一体どういう事?」
「こいつの名前よ!」
「マジでどう言うことなんだ……」

南校代表は、疲れた表情を俺に向けて来た。

あ、なんだか常識人っぽい反応。そう言えば、ここに引っ越して来てから、変人としか絡まなかった気がする。なんというか、価値観が近いのかもしれない。

俺は少し嬉しくなって、フレンドリーな口調で話す。

「東がさあ、俺の呼び名を考えたんだよ。『赤兎馬』と『ネーデルランド』の二つあるから、なんて呼んでいいかわからないって。でも、その呼び名が……」
「赤兎馬ランド!!」

全て言い終える前に、東が口を挟んできた。すると南野は、マジか、と目をまん丸に大きく開いた。

うん、それが普通の反応だよな。カシラも東もネーミングセンスが悪すぎる。

俺が、だよな〜的な視線を向けると、南野は驚愕を顕にしたまま口を開く。

「な、なんて、ことだ。憎き元東校代表を天才だと認めなくちゃならないっ!」

えっ。ちょ、ちょっと待って。酷すぎて、マジかこいつ的な感じじゃなかったの!?

「でしょ!? ああ、やっぱり私天才だわ!」
「赤兎馬ランド。まるで、おっぱいのような語感の良さを持ってるじゃないか! なんてネーミングセンスだ!」
「ふふん」

なんで、お前も比較対象がおっぱいなんだよ……。
悔しげに語る南野を見て、東はますます上機嫌になっていく。俺は泣きたくなるばかりだ。

「シンパシー的なものを感じていたのに……」

上げて落とされた悲しみから、つい、そんな独り言が漏れる。

「え? 赤兎馬ランド、何言ってんの? マジひくわ……」

一転、東はしら〜っとした目を向けて来た。

やってしまった。意味のわからない独り言を放つ奴として受け取られた。南野も爽やかイケメンのスポーツマンだ。俺みたいな普通の高校生に、シンパシーを感じる、なんて言われたら不快かもしれない。

恐る恐る南野を伺うと、以外にも嬉しそうに笑っていた。

「ほほう、実は僕もシンパシーを感じてたんだ。これは、決勝戦が楽しみになってきたね」

南野がそう言うと、東は「マジかよ」と呟き、すっとベンチの端に身を寄せて俺から距離をとった。

東が俺たちに向ける眼差しは、道に落ちてるワカメに向けるような蔑視の眼差し。進化により脊椎を得た動物に対する敬意が全く感じられない。

な、何この反応?

急変した東の態度に俺は戸惑うが、南野は気にするそぶりもなく話を続ける。

「君とはいい戦いができそうだ。君は公園代表になったら何をお願いするつもりなんだい?」
「ち、ちょっと待ってもらえませんか? 今、整理できてないんです」
「ふふ、君は欲張りだなあ。いくつ願いを持っているんだ?」
「そういうことじゃなくて」
「なるほど。僕の願いを聞くまでは内緒ということか。名を名乗るなら、先に自分から。流石、礼儀もわきまえてるわけだ」
「ちが……」

俺が否定する暇もなく、南野は嬉しげに語る。

「僕はね、西校代表に、両ほっぺたの内側に氷を引っ付けられ、思いっきり両頬を挟むようにビンタされたいんだ」
「えっ?」
「何を驚いてるんだ? まさか、僕のことをビンタされたいMだと思ってるのかい?」
「で、ですよね! 違いますよね!? よ、よかった〜、やばい奴にシンパシーを感じてなくて」
「全く心外だよ。その結果、カスタネットのように氷がぶつかって鳴る涼やかな音を、口の中から届けたいだけだ」
「俺は違う!! こんな変態にシンパシーなんて感じてない!!」

思わず俺は叫んだ。こんな変態に、一ミリでもシンパシーを感じたことを否定せずにはいられなかった。

そんな俺の様子に、東は安心したのかホッと息をつく。

「な、なんだ。良かったわ。赤兎馬ランドが異常者じゃなくて」
「おい、プリズンブレイカー。その物言いはなんだ。人を貶めるのは良くない」
「ごめん、気持ち悪い人が正論言わないでくれる? 正しいかわかんなくなるから」
「何処が気持ち悪いと言うんだ! 僕は風鈴のように、涼やかな音を届けたいだけだ!」
「「風鈴に謝れ!!」」

俺と東は同時に声をあげた。しかし、俺達の抗議が何も響いていないようで、南野は反省するそぶりすらない。それどころか、呆れたように肩を竦める。

「プリズンブレイカーはともかく、赤兎馬ランドは西校代表を知っているのかい? 君は、彼女を見てないからそう言えるんだ」
「確かに見てないけど、絶対そんなことは思わない」

俺がきっぱりそう言うと、南野は東に矛先を変えた。

「プリズンブレイカー、君も赤兎馬ランドが彼女を見て、そう思わないと断言できるかい?」

東は即答せず、考え込む素ぶりをする。

「女の私には、なんとも……」
「待って信用! 流石に男のことをもっと信用して!」
「違うの、赤兎馬ランド。こいつが異常っていうのはわかってるけど、今回の西校代表も異常なくらい美人なの。ここいらじゃ、カシラかその娘がダントツで可愛い。まあ、私の下ならだけど」

ここいらでダントツに可愛い3人中2人が終わってるなんて、現実って厳しくないか。絶対に思わない、と必死だったが、むしろ思わされるほどの美人であって欲しい。そうでもないと、カシラと東が下げてる分、釣り合いが取れない。

というか、そもそもの話。公園バトルに負けたら、絶対に言うことを聞かなきゃならないんだろうか。顔で廊下掃除させられるのも、変態行為に付き合わされるのも罪が重すぎる気がする。

「なあ東、公園バトルに全部勝ったら、何でも言うことを聞かせられるのか?」
「え、赤兎馬ランド、もしかして私にさせようと……ごめん、私が可愛いのはわかるけど、ごめん」
「違う! 二回も謝らないで! 知らなくて聞いただけだから!」
「そ、そう。言うことを聞かせるっていっても、あくまで合意の上だからね?」

何その言い方……。絶対誤解されたままだ。南野も「やっぱり君も同志なんだね」とか言って頷いてるし……。

でも、もういいや。対校戦が終われば、東も南野も今後一切関わることはないので、訂正するのもめんど臭い。

それに、言う事を聞かせられるかどうかは大体わかった。番長の『焼きそばパン買ってこいよ』的な感じだろう。あくまでも合意の上、嫌だったら買いにいかなくてもいい。半強制的ではあるが、代表に権力を感じない俺は、ほぼ無関係と言って大丈夫だ。加えて、もう俺に命を下せるのは、南野と西校代表だけ。南野に関しては、変態欲求を向ける相手がいるし、気がかりなのは西校代表のみになる。

「話を戻すけど、西校代表はどんな人間なんだ?」

尋ねると、南野は目を煌めかせ、嬉しそうに話し出す。

「黒髪ショートのそれはそれは綺麗な女の子だよ。清楚でクール。南国の海を想起させられる程爽やかで、輝いて見える」

抽象的すぎて、全くわからない。それに知りたいことはそんなことじゃない。

「いや、公園バトルに強いかどうかを知りたいんだけど」

虫を見るようだった東の目つきが、運動会の駆けっこで一位を取った息子に母親が送るような視線に変わる。本当、切り替えの早いやつだな。

「ふふっ、流石赤兎馬ランド。脳内はいつも公園バトルしかないのね」
「不本意だけどね。それで、どうなの?」
「西校の代表は強いわ。彼女はこれまでの公園バトルで全戦全勝よ」

突然射られたような衝撃を受ける。
一度も負けたことが……ない?

「ど、どう言うこと?」
「そのままの通りよ」
「でも、前回は北村が勝ったんじゃ」
「前回、彼女は体操の大会で不参加だったから。西校代表は、公園バトルより、体操を優先して、殆ど出場していないの。勿体無いことにね」

そして東は、俺に輝いた目を向けてくる。

「だから、今回赤兎馬ランドがあの娘に土をつけることが、すっごく楽しみなの!」

聞いた瞬間、急に胸が苦しくなり、寒気を覚える。

一度も負けたことのない奴を倒せるわけがない。偶然と不正で得た勝利を、実力だと信じて期待されている。どうしようもなく心苦しい。

「おい、プリズンブレイカー。僕のことを忘れてはいないか? 土をつけるのはこの僕だ」
「はあ? アンタも私も、あの娘に負けてるじゃん」
「確かに負けた。でも、君と違って、僕は得意競技じゃあない」
「うっるさいわね。あの娘は、体操でインハイ出てんのよ! 変態ごときが勝てる相手じゃないわ!」
「僕も一応、陸上で全中は出ている。条件は五分、なら得意競技を選べる今回、僕にも勝てる可能性はあるさ」

東は「ぐぬぬ」と唸ったあと、気を取り直したように口を開く。

「ま、まあいいわ。どっちが勝とうとも、決勝で赤兎馬ランドに負かされるだけだから。結局アンタたちは、東校の下! ね? 赤兎馬ランド?」
「言ってくれるね。僕だって負けるつもりはない」

東と南野が熱い眼差しを向けてくる。東は熱望するようなもので、南野は勝負熱で燃え上がっている。

俺は耐えきれず、目をそらした。

「と、とりあえず、手に持ってるものを食べたら?」

東と南野の視線が、手に持っている、乾ききったサンドイッチとおにぎりに移る。二人はそれを咥えつつ、互いにメンチを切りあった。

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