カッコがつかない。

kitatu

第11話

それからも、バトルは続いた。カシラは、八百長だとバレにくいよう、東と俺の両方に近い位置を散りばめるように数字を読んだ。たまに東が驚異的な身体能力で俺に近い位置もくぐり抜けたが、その度にカシラが東を遠ざける数字を読んで工作していた。そのせいで、俺とのポイントの差はいまだに縮まっていない。周りのギャラリーも俺の運の良さへの脱帽、そして東の敗戦を予期し、静まっている。

「それでは最後です!」

カシラが元気よく叫んだ。

この時点で東とのポイント差は3つある。俺の勝ちが確定してしまったことに、酷くげんなりする。

カシラが読み上げる時点で、俺の負けはなかったんだ。もっと言えば、カシラと出会った時点で普通の高校ライフはなかったのかもしれない。

「101番!」

101番、最後はジャングルジムの頂上で俺のすぐ上だった。

今俺がいるのは、52番。東がいるのは、44番と俺の斜め下だ。
ポイント的に俺が圧勝しているのだから、最後くらい東に花を持たせてやれよ。本当、カシラは悪魔みたいなやつだな。

そんなことを思いながらも、ここでやめて勝負に手を抜いていると勘違いされても面倒だ。

ゆっくりと頂上のポールに手を掛ける。そして足場を移しながら、申し訳ない気持ちで見下ろすと、東が必死の形相で登ってきていた。

格子の中を飛び跳ねる要領で近づいてくる。最後くらい取ってやるという気概全開で駆け上がってきており、勝負に熱が入りすぎて頂上以外目に入っていない様子だった。

強烈な焦燥感と恐怖に突如襲われ、急いでもう片方の手を頂上のポールにかけた。

やばい、東が速すぎる! このままいくとぶつかる!

ジャングルジムといっても、2メートル半くらいあるのだ。頂上付近でぶつかってバランスを崩し、落ちてしまったら軽い怪我では済まされない。

その時、足元に何かが触れた。

おそらく東の手だ。もう真下まできている。

俺と掴んでいるポールの間を進む東が、無理やり潜り抜けようとしてきたら、俺の顎と東の頭が衝突するのは必至だ。
手を離すか、いやダメだ。そうなれば掴まる所のない俺はバランスを崩して一貫の終わり。

だったら、まだ!!

俺は胸を掴んでいるポールに近づけ、迫り来る金髪を見ながら、足元のポールを蹴った。胸元にひっつくポールを中心に前回りをする。

足が離れる浮遊感、風を体に目一杯受ける。景色は流れ、ポール越しに、登ってくる東の顔と擦れ違う。切れ長のはずの瞳は驚愕に丸い……と、直ぐに重力が襲いかかってくる。
慌てて、腕が伸びないように力を入れ、歯を食いしばって頭を持ち上げる。すると、頭には布の擦れる音、柔らかい感触が走り視界は真っ暗になる。しかし、気にせず、足に全神経を注ぎ込み膝を曲げると、すぐに足裏に硬く強い衝撃を受けた。身体の中を振動が駆け巡り、ぐらぐらと揺れるも、背筋に力を入れて安定させる。手はポールを握っており、背は伸びて、足は端っこのポールに乗っている。まるで、リンボーダンスのような苦しい体勢だ。けれど、無事成功した事を理解し、安堵のため息をついた。

伏せていた目を開けると、薄い青と黄色の空が広がっていた。遠くには夕日が燦然と輝いている。すっと吹く風に頬を流れる汗の表面が拐われた。

やり遂げた爽快感に浸っていると、すぐ後ろからぷるぷると振動を受ける。

そう言えば、頭の上には、何か重みというか柔らかいものを感じる。辺りも、しんと静まり返って、ごくりと唾を飲む音が聞こえてきそうなほどだ。

安心感、爽快感から一転、得体のしれない恐怖が「やあ」と手をあげてやってくる。奪い去られた汗は、奪われたのならば作ればいい、との博愛精神満々で、全身から吹き出してくる。

頭の上の柔らかい感触には心当たりがあった。すぐ後ろには東がいるのだ。突っ込んできた東に対して前周りで躱し、体を5段目の外に出したはいいものの、頭だけは未だ中に残っている。

死んだ。黄泉って、黄色の泉って書くし、今見える空は、黄色と青のグラデーション。ああ、黄泉ってこんな感じなんだ。

「あ、アンタ……」

振動が激しくなる、背後から莫大な熱量を感じる。わかっている。原因は頭の上にあるおっぱいだ。もっと言えば、おっぱいを頭に乗せてリンボーダンスのような体勢になっているこの俺だ。東が怒るのも当然であるし、周りの学生たちもドン引きだろう。我ながら、こんな変態願い下げだ。

大蛇の舌が鼻先をチロチロ掠めているような、一種の諦めに近い絶望感を抱いていると、背後から気配が遠のいた。かと思えば、白い腕が左右からニュッと伸びてきて、ギュッと抱きしめられる。

「やんじゃん!!」

東の声を皮切りに、大歓声が沸いた。

「すげえぞ転校生!」「見たか! あのジャングルジム頂上で前回りしたぞ!」「半端ねえ、マジ半端ねえ!」「あんなん、できへんって普通!」「できるんだったら言っといてよね!」

数々の称賛の声が公園を埋め尽くす。しかし、俺は今何が起こっているかわからなかった。というか考えている余裕なんてなかった。

「ぐううう、離してくれ! お願いします! なんでもするから!」

世間の女性がバックハグに憧れを抱く意味が全くわからない!!

引き寄せられ、足場にかろうじてかかっている足が剥がされそうになる。精一杯背骨に力を入れバランスを保とうとするも、ぐいぐいと引き寄せられていく。

「ありがとう! あたしんことを考えて、前回りしたんでしょ?」

「違う! 離して! 頼む! 死ぬ!」

「何照れ隠ししてんのよ! あんなかっこいい事したのに、シャイで可愛いなんてずるい!」

「ずるくない! ほら、足場からずるずる滑ってきてる。ダメだって! マジで!」

俺の必死の声も東には届かず、嬉しそうに腕に力を込めてくる。外野も俺の様子に気づかず、ガヤガヤと騒ぎ始める。

「やるじゃねえか転校生」「すげえぜ! まじで!」「ああ、あのジャングルジムの頂点でする前回りは最高だったな!」「まるで風車みたいだったな!」

どうでもいい! 早く東をなんとかしてくれ! ああ、もうつま先しか足場に残ってない!

絶対に落ちる! もう無理! 無理無理無理無理!!

諦めかけたその時、不意に東の腕が外れた。

俺は、この好機逃すべからず、と急ぎ、頭を枠の外側に出し、足を置き直して安定させる。そして握ったポールを持ち直し、仰向けになった体をくるりと返した。最後に足の向きを再びなおし、体勢を整える。

た、助かった……。

安堵のため息を吐き、顔をあげると、東の顔が目の前にあった。

頬を紅潮させている。とろんとした、焦点があってるのかわからない瞳を俺に向けている。

嫌な予感が急遽訪れる。

「ねえ、さっきのすっごくカッコ良かった。あたしさ……あんたに送りたい言葉があるの」

東はキスをする前の乙女のような顔をしてそう言った。薄ピンクのリップが塗られた、瑞々しい唇が目に入る。

「私の安全を考えて、危険を冒してくれたあの前回り。まるで風車みたいだったわ。だから……」

その時、一陣の風が吹き、夕陽に輝く金髪がそよぐ。東は流れる髪を抑え目を伏せた。そんな姿が色っぽくて、つい呑まれてしまう。焦りに騒いでいたさっきまでの胸中は、嘘みたいにピタリと止まった。しかし、すぐにむず痒いような騒めきが胸に訪れる。喉奥には、空気が詰まったみたいな息苦しさがきて、肺がキュンと萎む。

少しの静寂の後、東は伏せていた目を開いた。目には鋭い光が宿っていて、強い意思を感じる。まるで告白する前かのようで……と考えると、急に恥ずかしくなり、つい俯いた。視線を外して尚、心臓は痛いくらいに弾む。

「……ネーデルランド」

「は?」

意味のわからなさに、間抜けな声が勝手に出た。俺が顔を上げると、東はぷっと吹き出して、彼氏に悪戯する彼女みたいに、人差し指で俺の鼻をチョンと小突いた。

「だからネーデルラント。風車といえばオランダ、英語でジ・ネーデルランド」

「そ、それは何?」

浮きだった気分は急激に冷め、嫌な予感に冷や汗が酷い。今日は汗をかきすぎたのか、脱水症状を起こしているみたいに頭が痛い。

「あんたの二つ名よ」

東は、にっと歯を出して笑った。

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