カッコがつかない。

kitatu

第5話

「あの……公園バトルって?」

「そうね。将ちゃんにはまだ、この街の伝統を教えていなかったわね」

叔母さんは、しみじみと昔を振り返るように斜め上を見た。

「あれは……二十年ほど前かしら。この街には北校、西校、南校、東校、4つの高校が日々争いを繰り広げてたわ」

「ちょっと待ってもらって良いですか?」

「何? 将ちゃん?」

話の腰を折られて、おばさんはキョトンとした。だが、俺の方がキョトンとしていることだろう。

「争いを繰り広げてたって、世紀末かなんかですか?」

おばさんは俺の言葉を聞くと、「世代の差を感じるわ〜」と目をこすって泣く振りをした。

「喧嘩とか抗争とか、そういう漫画が流行ってたのよ。ほら、この街は寂れてるじゃない。娯楽に飢えてた高校生にとっては、極上の娯楽だったのよ」

「いや、だからって、喧嘩とかやります?」

「高校生なんてそんなもんよ」

真顔できっぱりと言い切った叔母さんに、これ以上は無意味だと悟って追求をやめる。
それに、引っ越して来たこの街は、人口5万程度の中途半端な田舎町だ。町の周りは山で囲われており、中心部は、古びた街並みと、新しくできた住宅街が入り混じっている。お店や施設は、駅前の商店街と、大通りに数店舗並ぶだけ。あとは、空き地や畑、水田しかない。出身の有名人も、hnkのみんにゃの歌によく流れるバンドだけ。はっきり寂れていると言っていいだろう。今でもこの程度なら、確かに昔は喧嘩しか娯楽がなかったのかもしれない。

「それでね。あまりにも喧嘩が多すぎて、結構逮捕されちゃったのよ。だから、各校のちょうど真ん中にある公園の遊具を使って、覇権を決めようって話になったの」

「ちょっと待ってもらって良いですか?」

「今度は何? 将ちゃん、れでぇの話をあまり遮るものじゃないわよ」

動揺して、大恩ある叔母さんに「れでぇって歳じゃ」と言いかけたが、深く息を吸い込んで我慢する。数秒たって、肺に溜め込んだ空気を大きく吐いた。

「……なんで、公園なんですか?」

なんとか落ち着いて尋ねると、おばさんは息を吐くように答える。

「偶然、当時の番長が全員ロリコンだったからよ」

「どんな偶然だよ!?」

流石に我慢できず、叫んでしまった。すると叔母さんは「良いツッコミね! さすが姉さんの子!」と言って、片目を閉じ、両指で作った二丁拳銃を向けてきた。しかし、そんなお褒めの言葉なんて求めてない。

「ごめん、ごめん。全員ロリコンは言いすぎたわ」

萎えて疲れ切った俺の内心を読み取ったのか、叔母さんは訂正してからからと笑った。
よかった。からかわれていたらしい。ロリコンの決めたバトルのせいで絡まれたのだとしたら、やるせない思いをするところだった。

「北校のスケバンはショタコンだったわ」

「知らんわ! そんな事!」

「そう言われても。本当のことだし」

再び叔母さんはからからと笑ったが、今度は否定することはなかった。

本当なのかよ……。そのせいで、俺は今日絡まれたのか。やるせない。虚しい。せめて、理由だけでもまともであって欲しい。

「何でロリコン達が公園で争おうと決めたんですか?」

「子供達に遊具を使って、良いところを見せたかったらしいわ」

「馬鹿なの!?」

「勿論、喧嘩に巻き込まれるのを恐れて、子供達は公園に来なくなったわ」

「本当の馬鹿かよ!?」

「当時の番長は皆、泣きながら遊具で戦ってたわ」

「本当の本当の馬鹿じゃねえか!!」

叔母さんはケラケラ笑い、「でも、本当の本当の本当のことなのよ」と締めた。強いめまいと脱力感に襲われたが、大事なことを聞いていなかったので、話を戻す。

「でも、それなら今は何で続いてる訳? 番長達が辞めたら喧嘩に移るか、争いが終わってもいい話じゃないですか?」

「実はね。番長が辞めた後、すぐにゲームセンターが出来たの。この街には娯楽がなかったから、当然、皆はそこに集まったわ」

叔母さんは「でも」と続ける。

「人が集まりすぎて、全然遊べなかったのよ。そこで、不良も一般の子も戦えるように、『公園バトルで、ゲームセンターの使用権を決めよう』って話になったのよ」

相変わらず、ぶっ飛んだ話ではあるが、さっきの話に比べると、まだ……まだ理解できる。仮にそうだとしたら、今も変わらず争っているってことだろうか。

「で、今も変わらずゲームセンターを巡って戦ってるんですか?」

「他の施設も出来たから、ゲームセンターだけじゃなくて、ファミレスとかもね。でも、今はそんなに混むこともないから、鉢合わせた時、大きな顔する権利ってところじゃない?」

ああ、なるほど。確かに、他校の生徒と近くに居合わせたら、どこか気まずいもんなぁ。初めて争う理由が理解できた気がする。だから、知らない人間の俺が、公園でデカい顔してたのが気に食わなかったのか。でも、くだらねえ……。二度と公園だけには近づかないでおこう。

「ありがとう。それで、叔母さんは心配してくれたんだ?」

「うん。公園も施設のうちだから、負けたら酷い目に遭わされてたんじゃないかって。それはもう、ネット小説の敵役みたいに!」

「そ、そうなんだ。まあ、叔母さんが教えてくれて良かったよ」

「いえいえ! どういたしまして! 公園レジェンドだから、教えるのは当然よ!」

叔母さんは、おばさんくさく「やぁ〜だぁ〜」と手招きしながら照れているが、再び俺の心は冷え切った。

「……公園レジェンドって何?」

「もう、聞いちゃう? 叔母さんを褒めても何も出ないわよ?」

そう言いながらも、叔母さんは立ち上がって財布を手にしたあと、一万円札を差し出して来た。高校生にとって一万は大金であるが、それより聞きたいことがあるので、受け取らずに尋ねる。

「叔母さん、いらないから教えてください」

「はっ!? なんて良い子なの!? 叔母さんの自慢話に無償で付き合ってくれるなんて!?」

叔母さんは驚愕しながらも、もう一枚取り出してきた。俺は立ち上がり、叔母さんから財布を取り上げ、札をしまう。そして、財布をキッチンと居間をつなぐカウンターに置いて、再び椅子に座った。

「良いから話してください」

「もう、せっかちさんね」

叔母さんは、妙に艶めかしくそう言って、語り始める。

「公園レジェンドっていうのは、公園バトルで素晴らしい成績を残した、二つ名持ちの人が選ばれるの! レジェンドに選ばれた人は、今でも招待状が届いて、公園バトルを特等席で観覧する権利が得られるの!」

なんだそれ……。どこが嬉しいのだろうか……。

「でね! 私は、登り棒の早登り・早降り競争で、二つ名を貰ったのよ!」

俺の重い気持ちとは反対に、叔母さんはより上機嫌になっていく。

「みんなが登り棒にしがみ付いている時にはすでに、登り終えるどころか降りてたの。それで勝ったのが嬉しくて、登っている皆んなを笑って見あげてたら、二つ名を貰ったの!」

おばさんはそこで言葉をやめ、目をキラキラと輝かせて俺を見てくる。これは、俺になんて二つ名か尋ねて欲しいのだろう。

途轍もなくめんどくさいが、しぶしぶ尋ねる。

「なんて二つ名ですか?」

「串刺し公として有名な『ヴラド・ツェペシュ』って! 今でも呼ばれるんだから!」

叔母さんは「きゃっ、言っちゃった!」と頬を手で抑えた。だが、俺は机に肘をつき、手の平で額を抑えた。

……絶対に、公園バトルには関わらないようにしよう。

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