追憶のピアニスト
訪問
それから一週間はあっという間に過ぎていった。最後のセミナーで最終実技のテストがあった為だ。これで、メインの講義の単位が確定する。学校も、講義はほぼ終了していた為、人も疎らになっていた。
二月ももう残り4日となった日。私は、言われていた通り自転車を取りに行くことにした。行く前に携帯を鳴らしてみた。だが、西村は出ない。でも、どちらにせよ寮への帰り道だ。一応寄ってみることにした。あの神社の近くの赤茶色のアパート。303号室。よく考えたら、あんなに近所で会っていたのに、部屋まで行くのは初めてだった。少し緊張した。
インターホンを鳴らしてみる。
「はーい。」
ドアの奥から低い西村の声がした。ドアがガチャっと開いた。
「あ、ちよちゃん・・・」
私は驚いていた。上半身裸の、いかにも今まで寝てましたと言う気怠そうな雰囲気の西村が、悲しそうな顔でドアを開けたからだ。
「誰?真一?お客さん?」
奥から女性の声がした。
西村は、ハッと言う顔をして、ドアを閉めた。私は呆然と立ちすくんでしまっていた。ドア越しに声がする。
「ちよちゃん、ちょっと待ってて、自転車だよね。」
「はい。」
私はドア越しに返事をした。ドアの奥では、何か話し声がしている。少し、険悪な空気が流れていそうな物音だった。
「お待たせ。ちよちゃん、ごめんね。電話もらってたんだね。気がつかなかったよ。変な格好見せてごめんね。」
そう言いながら玄関の外に出てきた。
「いえ、すみません。電話出られなかったんですが、寮への帰り道だったので、もしかしたらと思って、寄ってしまいました。」
「ううん。いいんだよ。ほんと、ごめんね。これ、自転車の鍵。自転車はどれかわかるよね。」
「はい。いつものあの自転車ですよね。いつ、お引っ越しですか?」
「えっと、引っ越しは、3日後。卒業式には学校行くけど、それまでは、一旦田舎に荷物と共に帰るかな。」
「そうなんですね。じゃあ、もう卒業式だけですね。学校来られるの。」
「うん。とりあえず、ちよちゃんに自転車もらってもらえて、よかったよ。大切に乗ってくれよな。」
そういうと、またドアの奥から女性の声が聞こえてきた。
「真一〜、いつまで話してるの?もうしないの?服着るよ〜」
その声を背に、私はいてもたってもいられなくなった。早くその場を離れたかった。
「じゃあ、ちよちゃんまたね。」
私は、その西村の言葉を聞くか聞かないかのタイミングで、一礼をして、アパートの階段を駆け降りていた。
今のは、ウブかった私にもどういう状況かはすぐわかっていた。きっと彼女がいたのだ。私は自転車の鍵を手に、駐輪場で泣いた。
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