追憶のピアニスト

望月海里

近づく距離


この日を境に、私は西村真一と、たまに神社で会っては音楽談義をする仲になっていた。

学内では相変わらず、見かけることはない。それは私にとっても好都合だった。学内では、あのレイさんが本気で西村先輩を落としにかかってるという噂が流れ出していたからだ。卒業を控えた西村を一緒に留学させようと動いていたようだった。私はそのことを西村に触れずにいた。私と西村が会うのは神社で、純粋に音楽の話をするのが楽しかったからだ。長いときは、昼の3時から夜の9時まで話し込んだこともある。寒さも忘れて、話をした。いつしか、私はこの西村との関係を特別なものだと感じていた。

正月も明け、学内が寂しくなりだす。そろそろ、受験シーズンなのだ。

この頃には講義も少なくなっていた。私は私で、寮生活を終えたいということを親と話し合わなくてはならなかった。一年ごとの更新のため、このタイミングで話をしなければ、また一年アルバイトもできない、ライブを見に行くことも満足にできない生活を続けなければならなくなる。アルバイト候補先も考え、一ヶ月の生活費などを計算し、親を説得する準備もしていた。

西村も正月明けから、実家にでも帰っているのか、全く連絡をくれなくなっていた。もう、あと5日くらいで、2月に入ろうとしていた頃だ。久しぶりに西村が連絡をくれた。

「あ、もしもし、ちよちゃん、久しぶりだね。元気にしてた?」
「あ、はい。先輩はお元気ですか?実家に帰られてるんですか?」
「ああ、正月だけ実家に帰ってたけど、ちょっと旅に出てたんだ。で、今日帰ってきた。明日なんだけど、時間ある?もしあるんなら、K号館のピアノ練習室の108号室に17時に来れないかな?」
「え?あ、はい。明日ですか?ちょうどK号館で授業なので、大丈夫です。17時ですね。108号室。」
「そうそう、じゃあ、明日の17時に108号室ね。約束だからね〜。」

いつもの西村の感じで、電話は切れた。明日、何があるのだろう?そんなことを考えて、この日は眠りに就いた。

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