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追憶のピアニスト

望月海里

レイ


この日の夕方。学食で、クラスメイトのマリちゃんとおやつを食べていた。

「ちょっと、大塚さん。」

知らない女生徒が立っている。いかにもクラシック科の生徒という出立ちだ。恐らく3回生か4回生だろう。首にはエルメスのスカーフを巻き、良い匂いのする香水をつけ、ブランド物のバッグを持っている。

「はい、あの何でしょうか?」
「あなた、西村先輩の何?」

唐突に聞かれた。この人も先輩と呼んでいるのだから、少なくとも4回生ではない。

「え?何と聞かれましても。ただの後輩ですが・・・。」
「あなた作曲科の人じゃないでしょ?どうせジャズ科でしょ?」
えらくお高く留まった物言いだ。少しイラついた。

「はい?ジャズ科ですが何か?問題でもありますか?」
静かにキレそうになるのを我慢して答えた。

「西村先輩に近づかないで。」
「え?っていうか、あなたこそ何者ですか?近づくも何も、学祭以来あってませんが?」
「え?そうなの?じゃあ、いいの。でも、とりあえず近づかないで!」
そう言って、この高飛車女は去っていった。

「ちよちゃん、レイさんだよあの人。」
マリちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。

「誰?それ。レイさんって、有名なの?」
「ちよちゃん知らないの?レイさん。器楽科3回生のバイオリニスト。何でも来年留学するらしいんだけど、お金持ちのお嬢様だって。」
「ふ〜ん。その人がなんで西村先輩のこと言いにくるの?」
「レイさん、一回生の時から西村先輩のこと好きらしいよ。リサイタルで、西村先輩にピアノで共演してもらいたいって、お願いしたらしいんだけど、ずっと断られてるって噂。何でも、スタインウェイのグランドピアノのプレゼントまでしようとしたらしいよ。」

「え?マジで?」
思わず、聞き返してしまった。

「西村先輩、ピアニストとしても、コンクール出てたみたいだし、凄いよね〜。」
意外とマリちゃんは情報通のようだ。

「ちよちゃん、確かに、学祭の時、西村先輩に目つけられてたっぽいから、気をつけてね。」
「え?どういうこと?気をつけてって。」
「ちよちゃん、ほんと、色々知らないの?西村先輩、ファンが多いから今みたいのとか。あと、あの人も、モテるのわかってて、結構リップサービスを普通にしちゃうから、その気になっちゃう女の子、多いみたいだし。取っ替え引っ替えというか・・・。」

そんな噂があったのか。私は全く知らなかった。私の中の西村真一は、素敵な曲を書く、酔ったら明るくなる、外国人みたいな振る舞いをする男だ。

「マリちゃん、ありがとう。うん気をつけるね。」
そう言って別れた。


寮に戻って、今日言われたことを考えていた。
確かに西村真一はつかみどころのあるような、ないような、よくわからない男だ。ウブな私は、心を揺さぶられてはいたが、そもそも名前しか知らない先輩であったし、偶然、あの神社で聞いた曲の作曲者だとは思っていなかったから、その事でも心を掴まれていた。
そもそも、また会って欲しいと言っておきながら、全く連絡をよこさない男である。当時の私はウブだった。まだちゃんとした恋人なんて、いなかった。高校時代も母に言われた通りに真面目に過ごし、子供のような恋愛ごっこしかしたことがなかった。そんな当時の私には、この時に抱いていた気持ちが何なのか、まだわかりかねていた。

あの日が来るまでは。

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