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追憶のピアニスト

望月海里

ピアノと千夜


その日を境に、季節がいきなり動き出したかのように、急激に気温は下がり出し、もうすっかり世間は冬を迎えていた。

学祭から二週間が経っていたが、なかなか西村とは会えないまま時は過ぎていた。それはそうなのかもしれない。入学してから七ヶ月もの間、西村を学内で見かけることはなかった。授業のある学舎も違う。学科も違うのだから、必然だった。

「ちよちゃん、お疲れー」
この軽快な声は、アキラ先輩だ。

「久しぶりだね〜。学祭以来か。こっちの学舎にジャズ科がいるの珍しいね〜」
「アキラ先輩、お久しぶりです。私、副科でピアノとってて、この授業だけ学舎がここなんですよ。」
「へ〜そうなんだ。珍しいね。副科でクラシックピアノ?」
「いえ、クラシックを選んだわけじゃないんですが、私だけ、先生がこっちの人で。田村先生知ってます?」
「あ〜田村先生ね。あの先生、クラシックでもジャズでも何でも良いじゃんって言ってくれる唯一のクラシック科の先生。楽しい先生だよね。」
「そうなんです。へたっぴな私のピアノでも、適当にやったら良いよ〜。って言ってくれる先生なんで、萎縮しなくていいし、楽しいです。」
「ははは。確かにね。クラシックの先生って、お高く止まってる人多いからね〜。じゃあまたね」
そういうと、次の授業の学舎に向かって行った。

私は、当時、ピアノが嫌いだった。子供の時からレッスンは受けていたので、一通りは弾ける。だが、全く楽しさを見出せないまま続けていた。九州の田舎では、ピアノぐらいしか、音楽の習い事なんかはなかったからだ。それでも、音楽大学に入学するのには、大いに役に立った。イヤイヤでも続けていてよかったと思ったものだ。

だが音大に入ると、クラシック科のピアノの先生はなかなか厳しい人が多かった。クラスメイトで、ピアノを副科選択した友人は、みんな苦しんでいた。そもそも、ボーカルが専門なのだから、プロ並みに弾けなくても勘弁してほしい。幸い私の先生は、ジャズにも理解のある先生だったのだ。

「大塚さん、今日は何の曲を弾こうか?ジャズでもいいよ。ポップスでも。」
そんなことを言ってくれる音大のピアノの先生なんてこの人以外いない。

「田村先生、私、『ジョージアオンマイマインド』をピアノで弾いてみたいです。」
「お。この前の学祭でアキラが弾いてたやつか?あの感じよかったな〜。よし、あんな感じにしようか。」
先生も聞きに来ていたらしい。

「アキラにお前のバージョンの譜面作っておけって言っとくわ。」
そう言って、この日の授業は進んでいった。

「また、来週のこの時間に。大塚さんお疲れ様。」
「ありがとうございました。田村先生。また、来週。」

そう言って、レッスン室をでて、中庭に出た。どこかからか、聞き覚えのある曲が流れてきた。あの曲だ。西村真一の、あの曲。

「西村先輩にこの曲のタイトル聞かなきゃ。」
ふと呟いていた。

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