話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

追憶のピアニスト

望月海里

学園祭二日目の夕方


その後、いくつかのライブを見て、中庭の出店に戻った。時間は16時になろうとしている。そろそろ中庭が日陰になり、寒くなってくる時間だ。今日で学祭も終わる為、今日の出店は19時に閉店させるというルールがあった。残り三時間程度だ。今日も中庭では、いろんな演奏が行われている。

私は、さっきの西村の言葉を反芻していた。私がやっぱりかわいい?音楽が好き?やっぱりって何なんだろう?音楽はもちろん好きだが、やっぱりという言葉が引っかかっていた。昨日初めて会ったのに、あまりにこの西村の距離が近いことにも混乱していた。本当に、この頃の私はウブだったのだ。

夕方に売れるであろう軽食を作って、パックにつめ、そろそろコンロの火を落とそうとした頃だった。西村がユウジ先輩と一緒にやって来た。

「みんなごめんな〜。俺全然出店手伝えてないから。今から手伝うから、何人か、ライブ見に行ってきて良いよ〜。」

そう言って、ブースに入ってきた。昼にライブを聴きに行けていない一回生何人かが、入れ替わりにブースを出て行った。

ブースに残ったのは、私と、クラスメイトのマリちゃん、それと、シズカ先輩と、ユウジ先輩、そして、西村真一だった。なぜか、この4回生もここにいる。手伝いに来たわけではないだろうに。

「お〜、ユウジお疲れ様〜。」
声がする方を見ると、さっきピアノを弾いていたアキラ先輩が、立っている。

「コーヒーあったかいの頂戴。あ、砂糖とミルク入れて。砂糖は3つ」
そういうと、ブースの中に入ってきた。

コーヒーを用意して、アキラ先輩に手渡す。小銭を出そうとしたときに、西村真一が千円を取り出して、私の手に握らせた。

「ちよちゃん、これで、俺ら全員分頂戴。ちよちゃんも飲んでいいよ〜。」
「え?全員分ですか?私たちのも?」
「あ、足りない?六人分。ってか、コーヒーで良いのかなみんな?」
「あざ〜っす!先輩ごちで〜っす。俺、ミルク入り」

調子良くユウジ先輩が答える。そう言われてしまっては、無下に断ることもできない。マリちゃんと、シズカ先輩の分も入れて、全員にコーヒーを回した。

「じゃあ、カンパ〜イ」

ユウジ先輩が大きな声で言うものだから、笑いが起こった。お酒でもあるまいし、そんなにテンション上げていうようなシーンでもない。だが、4回生の先輩が奢ってくれたコーヒーだ。みんなありがたく頂く。

「ちよちゃん、俺のコーヒーちゃんとブラック?」
口をつける前に、西村が聞いてきた。

「あ、はい。ブラックでいいんでしたよね?」
西村はオッケーというサインを出して、既に飲んでいる。

「ってか、普通にアキラも西村先輩もここに馴染んでますけど、大丈夫なんすか?演奏とか出店とかないんすか?」
ユウジ先輩が聞く。

「あ〜、俺、サボり。演奏疲れたし、クラシックピアノ、出店じゃなくて、なんか展示してるらしいし、メンバー多いから大丈夫。」

アキラ先輩が答える。この人も、繊細なピアノを弾いていたかと思えば、ジャズを弾いてみたりと、多才な人だ。その割にフランクな話し方をする。

「アキラ君、クラシックの先生に怒られるんじゃない?私らジャズ科とつるんでたら。」
シズカ先輩が話に入っていった。

「大丈夫だって、俺、猫かぶってるもん。教授の前では良い子ちゃんなの。」

なかなかの大物である。きっとこう言う人が、音楽家として成功していくのだろうなと思った。

「ちよちゃん、ちよちゃん、なんか、ここに残って良かったね、私達。」
私の隣で片付けをし始めていたマリちゃんが私に囁く。

「え?あ、まあ、学内の目立った男性の先輩ら三人とか、確かにあんまり集まってるの見ないもんね。」
そう私はマリちゃんに答えた。

確かにそうなのである、学内で目立った男子生徒は代表するところ、この三人だろう。見た目も悪くない、フランクな物腰、演奏もうまい。そうそう、揃っているところを見れるのは、ある意味、学祭期間中だからの事ではある。

「なんか得しちゃった。」
マリちゃんが楽しそうだ。

「そうそう、昼間、ユウジとアキラの演奏、少し見に行ったよ〜。ちよちゃんと一緒にさ。」
「お!そうなの?どうだった?俺ら?いけてた?」
ユウジ先輩とアキラ先輩が、私と西村に視線を向けた。

「すごく、よかったです!ほんと、かっこよかったですよ。一曲目のジョージアとか、さすがだな〜と思ってました。」
「ほんと?あのアレンジ、結構考えたよな〜、ユウジ。」
アキラ先輩が楽しそうに話している。

「ほんとほんと、あれ、昨日の夜もリハしたもんな〜笑」
ユウジ先輩が相槌を打つ。

「俺は、スリルイズゴーンが好きだったな〜。ってか、そこまでしか、俺聞けてないけど。」
西村が答えた。

「あの曲のあのピアノリフ、いけてた。俺らノリノリだったもんな。ちよちゃん。」
「え!あ!はい。素敵でした。」
ちょこちょこ西村は私に話を振ってくる。

「そっか〜、よかったよかった。ってか、俺、初めましてだよね。君たち二人。」
アキラ先輩が私とマリちゃんに向かってそう尋ねてきた。

「あ、はい。もちろんアキラ先輩のことは知ってますけど。私たちジャズボーカルの一回生です。彼女はマリちゃんで、私は」

そこまで言うと、

「ちよちゃんでしょ?さっきから西村先輩が言ってるから。」
「あ、はい。大塚千夜です。」
「よろしくね〜、俺、森アキラです。クラシックピアノ科2回生だけど、実はジャズピアニスト狙ってます。」
アキラ先輩が軽く会釈をした。

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。」
私とマリちゃんも会釈をした。

そこから先輩たちは、ひたすら音楽談義をし続けていた。その様子を私とマリちゃんは見ながら、出店の片付けをしていくのだった。


時間は19時。出店を閉めて片付けを完了させる時間だ。あたりはだいぶ暗くなって来ていて、学祭最後のライブがそろそろ始まる。ホーンセクションで構成されたOBのライブだ。
毎年恒例の様で、近所の住民や、OBたちも見に来ている。もちろん学内の生徒に、先生たちも見に来ている。そのため、中庭は人で溢れかえらんばかりの混雑ぶりだ。
出店のテントの片付けは翌日の午前中なので、ブースを開いている学生たちはそのテントの下に避難する形に自然となる。もちろん、火の始末や金銭の管理も既に終えてある。
中庭を取り囲む学舎のうち一つは解放してある。その学舎の2階、3階の窓から見下ろす見物人もいる。

いよいよ最後のライブが始まった。トランペット、サックス、トロンボーンにドラム、ベース、ギター、キーボード、すごい音量で演奏が始まった。隣にいる人と普通に喋る事ができないくらいの音量だ。私は出店のテントの端で、聞いていた。人混みをかき分けて、背の高い人影が、こっちに向かってくる。西村真一だ。私の横まで息を切らしてやってきたかと思うと、私の肩に手を置き、肩を組んできた。

「探したわ〜。ブースにいてくれてよかった〜。」
少しお酒の匂いがする。もうどこかで飲んでいる様だ。

「ちよちゃん、ほんと音楽好きなんだね〜。俺、まじでそんなちよちゃんかわいいと思うわ〜。学祭終わっても、たまに会ってくれる?家も近いしさ〜。」

昨日知り合ったばかりのこの男だが、こんなに近い距離に入り込んでくる。しかもかわいいと一体何回私に言うつもりなのか。私は昨日から急激にこの西村真一という男のせいで混乱していた。

「あの、会うのは良いんですが、そんなにかわいいって言われると、恥ずかしいので・・」

そこまでいうと、西村は、私の手をギュッと握ってきた。そのまま、私たちは演奏が終わるまでの一時間、その場でライブを聞いた。

「追憶のピアニスト」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く