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追憶のピアニスト

望月海里

出会い


そんなことを考えていた頃、もうすっかり季節は学園祭のシーズンになっていた。

音楽大学の学園祭は、文化の日に合わせて2日間行われていた。OBのプロのミュージシャンの演奏が学内のあちこちで聞ける。そして、学舎の中庭には在校生による出店が出る。私も一回生らしく、出店を切り盛りしていた。中庭は3面を学舎に囲まれて、音が響く。普段、ジャズ科の私が使わない教室がこの中庭の周りには多い。基本的にクラシックの授業が行われる学舎のためだ。お昼の時間を超え、出店も少しづつ落ち着いた頃、中庭のステージでピアノ演奏が始まった。観客は中庭の簡易的に置かれた椅子に座り聞く形だ。
私も仲間と休憩がてら、その椅子に座り、コーヒー片手に、演奏を聞いた。

演者は、作曲コースの四年生。自作のピアノ曲を演奏するとのことだった。演奏が始まって、私は驚いた。そう、五月に神社で漏れ聞いた、あの曲だったのだ。

「この人が弾いていたんだ」
ふと言葉にしていた。

私は、演奏するこのピアニストに釘付けになっていた。ジーパンを履き、シャツの袖を捲し上げ、サラサラの髪の毛を肩まで伸ばし、美しいシルエットでピアノを弾いている。
何より、そのカジュアルな見た目からは想像ができない繊細な音と、複雑なジャズコードを使った何ともいえない曲が心地よかった。

「お!西村先輩じゃん!」
隣に同じ専攻のユウジ先輩が、コーヒーを片手に座った。

「先輩、ご存知なんですか?」
「あ〜、勿論。作曲科の西村先輩。有名だよ。作曲科って、入るの難しいし、人数少ないし、先輩男だから目立つし。俺ら男って、音大じゃあマイノリティーだからさ〜。」
そう言った時、演奏は終わった。

確かに、そうなのだ。音楽大学において、男子生徒は本当に少ない。比率で言うと、三割ぐらいか。いや、専攻によっては一割にも満たない。実際、私のジャズボーカルクラスも、男性は少なかった。

「ユウジ先輩は、演奏のタイムテーブルいいんですか?確か今日でしたよね?出番。」
「え?俺?そうそう。この後一時間後にスタートだよ。きついよな〜、作曲科の奴らの後に、俺らジャズ科の演奏って。また、クラシックの先生たちから嫌われるな、俺ら。」
そう言って、ユウジ先輩は笑った。

そうなのだ。私たちジャズ科はまだ、学科として歴史が浅かった。その為、クラシックの先生と、ジャズ科の先生との間に確執があって、私たちジャズ科の生徒はいつも疎ましがられていた。クラシックの先生たちからすると、うるさい音楽を自由気ままにアレンジして演奏すると言うことが気に食わなかったのだろう。実際、同じステージで演奏するときには、ボリュームについて、いつも先生方が争っていた。

「俺、そろそろ、準備行ってくるわ。お前ら、一年も、聞いとけよ〜。来年はお前らだぞ〜。」
そう言って、ユウジ先輩はステージの裏の方に駆けて行った。

私も、出店に戻った。ステージでは、まだ作曲科の生徒の演奏が続いている。
私は思いがけないところで、あの日に聞いたピアノの曲の作者を知ることになり、少し嬉しかった。まさか、男性が作曲し、弾いていたなんて。

ステージが騒がしくなりだした。さっきまで演奏されていたグランドピアノが、ステージの端に移動されている。ドラムやギターアンプなどがセッティングされ、中庭自体にも、人が増えてきていた。出店で出していた、ホットコーヒーも売れ出した。11月にもなると、日陰にいると少し肌寒い。中庭は囲まれている為、日陰になるのが早い。

“ギュイーン"

突然爆音が鳴り響く。エレキギターの音だ。そろそろ、ユウジ先輩たちの演奏が始まる様だった。軽いサウンドチェックの間も、クラシックの先生方が出てきて、音が大きいと叫んでいる。

”はいはい。”というようなジェスチャーをしながら、音の調節をしているユウジ先輩は、音を下げるふりだけして、絶対にギターアンプのボリュームを下げない。ステージの外の音はPAがついている為、調節されている。騒音問題になるほどではない。そうこうしている間に、ライブが始まった。

最初は先生方にも受けがいい、ビートルズのカバーソングだ。中庭は、既に座れないくらいの人が集まっていた。

「ホットコーヒー1つもらえる?砂糖もミルクもなしで。」

顔を上げると、そこにはさっきまでピアノを弾いていた、例の西村真一が立っていた。

「あ!はい。ブラックですね。」
そう言って、コーヒーをつごうとしたのだが、タイミング悪く、丁度無くなったところだった。
「すみません、ちょっと時間いただけますか?ちょうど、今ドリップするところで」
「あ、そうなの?いいよ。待ってるよ。ドリップ仕立ての温かいのもらえるんでしょ?」
「はい、もちろん。」

ビートルズのカバーソングから、曲は次の曲に変わった。次の曲はソウルナンバーの定番。ジェームスブラウンの『セックスマシーン』だ。もうユウジ先輩の独壇場で、会場は盛り上がり出している。もちろん会場のボリュームもだいぶ大きい。

「ねえ、そっちの椅子に座ってもいい?」
目の前の西村真一が、出店の中の空いたパイプ椅子を指差して聞いてきた。

「あ!はい。いいですよ。お待たせしてるし、学内の方なので。」
「お?俺のこと知ってるの?」
「はい、先程演奏されてましたよね。ユウジ先輩からお聞きしました。作曲科の4回生の西村先輩ですよね?」
「ああ、そっか、このブース、ジャズボーカルのとこか。そそ。俺、4回の西村真一。で、お前の名前は?ユウジの後輩だろ?」
「あ、はい。私は一回の大塚千夜です。」
「ちよちゃんか〜。かわいいね〜、どこ出身なの?」
「え?わかりますか?こっちの人じゃないって。」
「そりゃわかるよ。だって、少し訛ってるもん。」
そう言って西村真一は笑って言った。

コーヒがドリップし終わった頃、ステージではローリングストーンズの『悲しみのアンジー』が演奏されていた。

「ユウジって、多才だよな〜。いつも楽しそう。俺あいつの声好きだわ〜。」
そう西村真一が言いながら、私の横に立ってステージを見つめている。

私の心境は複雑だった。田舎から上京してきたのが言葉でバレたこと、ついさっきまで知らなかった自分の好きなあの曲の作曲者がこんなにフランクに話してくれていること、そして、何より可愛いと言われた事。

「西村先輩、コーヒーお待たせしました。ブラックですよね。どうぞ。」
そう言って手渡しした。

「ありがとう、ちよちゃん。」
そう言って、西村は私の手に小銭を渡し、私の頭をそっと触った。

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