レベリング・マーダー ~一週間に一回人を殺さないと自分が死んでしまうのでそれならいっそ勧善懲悪したいと思います~

シオヤマ琴@『最強最速』10月2日発売

第18話 細谷和美

昨日は一睡も出来なかった。


好きな人に本命チョコを貰えたと思ったら殺されそうになったのだから無理もない。
まさに天国から地獄とはこのことだ。




俺はスーツを着込むといつもより一時間も早く家を出た。




☆ ☆ ☆




職場のドアを開けると中に一人だけいた社員が顔を上げ、
「おはよ……!!?」
目と口を開いたまま硬直した。


「おはようございます。早いんですね、細谷さん」
「……な、な、なんでっ……!」
その社員とは細谷さんだ。


「なんで俺が生きているかですか?」
「わ、私のチョコ、食べたはずなのにっ……」
青ざめた顔で声を震わせる。
よく見ると手も震えているようだが寒さのせいだけではないだろう。


とそこに、
「うーさみさみ、おいーっす。おっ二人とも今朝は早いな、どうした」
先輩社員が入ってきた。


「おはようございます。俺も細谷さんも一昨日休んだ分を取り戻そうと思って早く出社したんです」
「おう、そうか。ご苦労さん」
先輩社員は奥のデスクに座る。


俺は先輩社員の目を盗むとかがみ込み細谷さんの耳元でそっとささやいた。
「細谷さん、ちょっと場所変えましょうか」
「……い、いいわよ」


明らかに怯えている様子の細谷さんを連れて俺は屋上へと向かった。




☆ ☆ ☆




場所は変わって会社の屋上。
真冬にこんなところに来る社員などまずいないから安心して話が出来るというものだ。


「わ、私があげたチョコ、食べなかったの……?」
「そんな警戒しないでください。殺すつもりならとっくにやってますから」
「くっ……答えなさいっ。食べたの、食べなかったのっ!」
細谷さんは恐怖を振り払うように叫んだ。
吐いた息が途端に白くなる。


「食べましたよ。そんで死にかけました」
「じゃあどうして生きてるのよっ」


解毒呪文と回復呪文を使えるんで、と馬鹿正直には答えない。
あきらに注意されたからな。


「まあ別にそれはいいでしょう。それより次はこっちの番です。なんで俺が殺人者だってわかったんですか?」
「……」
答えない。


「俺は一つ質問に答えたんですから細谷さんも答えてくださいよ……殺しますよ」
今のところは殺す気などないが脅しの効果は充分あったようで、
「……私の呪文、殺人者を感知する呪文であなたが殺人者だとわかったのよ」
細谷さんは素直に喋ってくれた。


「殺人者を感知する呪文ですか……」
そういえばあきらがそういう呪文があるというようなことを言っていたっけ。


「それで俺を殺そうと?」
「あなたが殺人者だってわかってから私の正体がいつ気付かれるかひやひやしてたのよっ。私のレベルはたったの6、殺られる前に殺るしかないでしょっ」
「レベル6?」
「そうよ。悪いっ?」


細谷さんは既に五人の人間を殺しているということか。


俺のレベルが自分よりも低い4だって知ったらどんな反応をするだろう。
だがこっちの手の内はさらしたくない。とりあえず黙っておこう。


俺は細谷さんの鋭い眼差しを正面から見据え、
「最後に一つだけ答えてください」
淡々と話す。


「……何よ」
「細谷さんはまだ俺を殺すつもりがありますか?」
「そんなの私にもわからないわよっ。それよりあなたはどうなのよ、私を殺す気なのっ?」


一拍間を置いて俺は答えた。
「……いえ、俺は細谷さんを殺したりしませんよ」
「そんなの信じられないわっ。私はあなたを殺そうとしたのよっ!」
「それは俺に殺されると思ったからでしょう」


殺されると思ったから殺られる前に殺ろうとしただけ。
それは俺の前三件の殺人理由と大して変わらない。
この人は俺と同じだ。


「はぁ~。ここは寒いですね。そろそろ戻りましょうか」
「え……私のこと、許してくれるの?」
「はい。だから来年はもっと美味しいチョコくださいね」


俺はそれだけ言うと呆然と立ち尽くす細谷さんを残して屋上をあとにしたのだった。

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