レベリング・マーダー ~一週間に一回人を殺さないと自分が死んでしまうのでそれならいっそ勧善懲悪したいと思います~

シオヤマ琴@『最強最速』10月2日発売

第1話 レベルアップ

俺は生まれて初めて死の淵に立たされていた。


きっかけは些細なことだった。
繁華街の路地裏でメンチを切ったとか切らないとかそんなどうでもいいこと。


いつもなら適当に頭を下げてやり過ごす場面だがその時の俺は少し違った。
というのもその日の職場で要領だけはいい部下のせいで上司に理不尽に怒られ、それを片想い中の女子社員に見られ、挙句俺はまったく悪くないのに全社員の前で土下座までさせられた鬱憤が溜まりに溜まっていたのだ。


なので俺はいかつい男相手にもひるまずに、それどころか食って掛かっていった。


その結果――


俺は人気のない夜の公園に連れていかれボコボコに殴られた。
カップルが二組いたが俺が血を流しているのを見て蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。


「おらぁっ!」
「ごふっ……」


殴られすぎて骨が折れているかもしれない。
それでも男は止まらない。


「死ねこらっ!」
「ぶはぁっ……」


俺は痛さのあまり既に何度も泣いて謝っていた。
それでも男は止まらなかった。


「てめぇ、くたばりやがれっ!」
「た、助けてあがっ……」




だからこの後男に起こったことは自業自得と言える。




殴られている内にあごが外れたのか叫ぶことも出来なくなってしまっていた俺は全身の痛みをこらえて必死に逃げた。
ぼろぼろの体でよろよろの足で懸命に走った。


だが男はしつこく追ってきた。
俺は足がもつれて地面に倒れてしまう。


「マジで殺してやるぜぇ!」
「……っ!」


本当に殺される、そう思ったまさにその時だった。
手元にソフトボール大の石が落ちていた。


俺はそれを掴むと男めがけてがむしゃらに投げた。


ゴッ。


鈍い音がして男が後ろ向きに大の字になって倒れた。


男はピクリともしない。


「や、やっは……?」
やったのか、と言ったつもりだが口が上手く動かなくて発音できない。


男がいつ起き上がってこないとも限らない。
俺は震える手足に力を込め立ち上がろうとした……まさにその時だった。




ててててってってってーん!


現在の状況とかなり不釣り合いな陽気な効果音が俺の頭の中に響いた。


「な、なんら……?」
なんだ、今の音は?
どこから聞こえた?


すると今度は機械的な音声が流れる。


『鬼束ヤマトは後藤田真一を殺したことでレベルが1上がりました』
「え……?」
殺した……?


『最大HPが2、最大MPが2、ちからが1、まもりが2、すばやさが1上がりました』
俺は辺りを見回すが音の出所がわからない。
耳を塞いでも聞こえてくる声はまるで直接脳内に語りかけてきているようだった。


『鬼束ヤマトはクフイカの呪文を覚えました』
「な……?」


わけがわからない。
今聞こえているこの声はなんなんだ?
俺が殺したって言っていたが……?


俺はふらつきながらも立ち上がると男を見下ろした。
男は頭から血を流しているようにも見えたが暗くてよくわからない。


……とにかくここを離れないと。


そう思ったものの『鬼束ヤマトは後藤田真一を殺した』という謎の声が気にかかり俺は倒れている男の顔の近くまで寄っていきしゃがみ込んだ。


男の口元に手をかざしそれから首にも手を当てる。


「……ひ、ひんへる」


男は息もしていないし脈も止まっていた。
完全に屍と化していた。


……男の死体を前にして固まっていた俺だったがどこからか聞こえてきたサイレンの音で我に返るとぼろぼろの体を引きずるようにしてすぐにその場を立ち去ったのだった。




アパートに帰宅した俺はそのままベッドに倒れ込む。
病院に行きたいところだがあの男の死体がみつかるのは時間の問題だ。
そうなればもちろん警察は殺した犯人を徹底的に捜すだろう。


俺としては正当防衛のつもりだったが過剰防衛とみなされない保証はない。
もしそんなことになったら俺は被害者から一転加害者になってしまう。
だから病院に行くのは危険な気がした。


十分ほどして胸の鼓動が落ち着きを取り戻すと俺は自力であごを元に戻す。


「あがぁぁ……がっ!」


死ぬほど痛かったがこれでまずは一安心だ。
あとは肋骨が折れていないことを願う。


「いてて……くそっ。あの男、めちゃくちゃ殴りやがって……」


風呂場に行くと血のついたYシャツを脱いで裸になった。
鏡に映った全身には赤紫色に斑点が出来ていた。
それを眺めて自分の身に起きたことが現実であることをあらためて認識する。


「くそっ、あの男のせいでむちゃくちゃだ……くそっ」


風呂に入る体力も気力も残っていなかった俺は血まみれの顔だけ洗うと裸のまままたもベッドに倒れ込んだ。
そして死んだように眠りについたのだった。

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