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亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に

宗岡 シキ

第78話 戦場で最も怖い奴


 反対側どころか、おそらくは戦場全体で確認できたであろう爆発の炎と音。
 その大きさから意気揚々と集結した帝国兵たちは、急転直下で地獄を味わっているのが容易に想像できる。
 さらなる幸運だったのは、一網打尽を狙って投入された1体のグレンデルまでも、衝撃波と破片によって吹き飛んだこと。
 まさに今、追い風が王国側の背中を押しているのだと示しているようだった。
 ならばこの勢いは大切にしたい。

 岩壁の方に配置されていた敵兵は直接的な被害を受けることはなかったが、自分の身で感じる振動や轟音に意識を奪われる。
 全く想定していなかった事態が起きたのだ。
 気が気でないだろうに、切り替えてすぐに正面の相手へ向き合うのはさすが戦の専門家と言ったところか。

 しかしそれでも、その一瞬は彼らにとって命取りだった。
 船の爆発により、ほとんどの者が抗えない反射的な行動を誘発させて作り出した僅かな隙。
 それを見計らって王国が準備していた第二の矢は放たれた。

 運河とは真逆の岩壁に生じた斜面から、王国兵たちが次々と滑り下りてくる。
 当初は乗船するはずだった伏兵を、予めこの上に待機させておいたのだ。
 ただし斜面とは言っても、実際のところ中腹まではまともに立てないくらいの角度がついている。
 中には下りるというよりは転がり落ちる者までいるが、プレートアーマー等でガッチリと武装しているから命までは落とさないはず。
 まぁ、それでも痛いは痛いだろうが、ここは祖国のためと思って耐えてくれ。

 折角の奇襲も足が重くなれば台無しになるのではと思われるだろうが、今回の場合はこれで十分なんだ。
 目的は完璧に敵の虚をつくこと。
 そうすれば対峙している相手が必ずある行動を取るからだ。

 その思惑通り、あれだけ拮抗していた戦況は簡単に崩れ、帝国兵たちは急に後退を始めた。
 あえて向こうの立場になって代弁させてもらえば、別に怖気づいたわけではない。
 ただそうせざるを得ないのだ。

 なぜならもしこのまま無理に戦線を維持しようとすると、側面から来る伏兵に後ろへ回り込まれて挟撃されてしまう。
 そのせいで一部の箇所が瓦解してしまえば、そこからさらに多くの王国兵に背後を取られ、最前線にいる帝国兵は包囲殲滅を免れないだろう。
 だからこそ判断としては決して間違いというわけではない。

 だけどそんな戦略的な位置取りだって、奇襲があることを把握していない者が見たらどうだろうか?
 例えば中央の辺りで戦っている者なんかだ。
 まるで友軍が撤退を開始しているように映っているはずだ。
 そうなると極限の心理状態でずっと耐えていた兵士は、きっと感情の渦に巻き込まれてしまうことだろう。

 まずは不安――
 今の戦況のままでは踏み留まれない何かが起きたのか。
 そのせいで撤退の号令がかかったが、不備によってこちらにまで伝わっていないのではなかろうかという思い。

 それから怒り――
 自分たちは死と隣り合わせという恐怖と戦い続けているのに、そこから開放された者がいるという不公平感からくる思い。

 そして最後に行き着く安堵――
 いい加減この泥沼から抜け出したいと考えているところへ、その許しを与えるようにロープを投げ込まれたら大抵は掴むだろう。
 理由はともあれ先に持ち場を離れる者がいるのだから、自分が引くのは仕方がない、決して背信行為になりはしないという思いがそれだ。

 いずれにせよ、これらの心緒が生み出すのは士気の低下と意識の食い違いである。
 そうそうに踵を返す者もいれば、踏ん切りがつかないばかりに命令を続行しようとする者も。
 統制の取れなくなった集団が、「前進する」という意志のもとで一丸となっている王国側に適う要素など何ひとつとしてありはしない。

 そこから先はまるで轢殺れきさつだった。
 つい先程とは打って変わって、王国兵たちはまるで障害物など何もないように、足を止めることなく最前線の敵を飲み込んでいく。
 それはここの場所も例外ではない。
 いや、寧ろ奇襲から近い位置だっただけに、眼の前に開いたスペースは最も広い。
 だからこそ急がなければ。
 予定通り他の部隊が雪崩れ込む前に必ず自分たちが先行しないといけない。
 申し訳ないことだが、歯に衣着せぬ言い方をするなら、これから仕掛ける策においては誰かに後から続かれると邪魔になってしまう。

 それを防ぐために事前に打ち合わせをしておいたお陰で、すぐに隊列を組み直して行動に移すことが出来た。
 背中を見せて逃亡する帝国兵たちは、もはや射程に捉えれば確実に討ち取れるほどに平静を失っている。
 だが俺たちの手は届くこともなく、唐突に部隊の全員が地面に手をつき、その場にうずくまってしまった。
 自分の身に起きていることなのに、理由は全く分からない。
 唯一つ、その原因がとてつもない力によって上から押さえつけられているということ以外は。

「下賎な者ほど車馬のように働くのが理であろうと、余の前にて平伏しないとは烏滸おこがましいにもほどがある」

 口ぶりから察するに、不可解な事象を起こしているのはこの男だろう。
 戦場においては不必要なほど光沢を出している金色の甲冑をまとい、それと同じ色の髪を後ろになで上げる様は百獣の王を彷彿させる。
 跨っている黒い馬は通常の個体よりもはるかに巨体で、乗り手と瓜二つの派手な装飾を施していることから、如何に自己顕示欲が強いかが窺えた。

 こんな風変わりな格好も然ることながら、周囲の兵士とは一線を画す重圧によってすぐに理解した。
 こいつが『皇帝の獅子エンペラドル・レオン』の長、アルバーン=イラディエルだ。

「ほう、この期に及んでもまだ余に膝まづかない不埒な者がいるか」

 その言葉の意味するところは一体なんだ。
 身動きも取れない状態のまま辺りの様子を確かめてみれば、何事も意に介さぬ立ち姿を見せる3人がいた。
 スクレナとマリメア、それにスズトラだ。

「どうやら崇高なる存在に対する敬仰の心が足りないようだ。ならば――」

 アルバーンがそう言うと頭上から降り注ぐ力が増し、俺たちはついに這い蹲る形となった。
 これにはさすがの闘将2人も、少し腰を落とす体勢を強いられる。
 これほどの負荷をかけられては、もう既に体中がヒビ割れてるんじゃないかと錯覚してしまう。
 このままじゃいずれは内蔵が全て口から飛び出しそうだ。

「なるほど、重力を操る魔力とは面白い。余興としてはまずまずであるな」

 重力?
 だとすると考えられるのは、俺たちはこの男が作り出した球状の領域に捕らえられているのかもしれない。
 上から潰されていると思いきや、地面の下にある中心に引っ張られていたということなのか。

 それにしても、尚も闇の女王だけは腕を組みながら涼しい顔をしていた。
 だが余裕があるくせに一向に助太刀する気配はない。
 こいつ、仲間を見殺しにする気なのか?


 ……なんて、本当は分かってるんだ。
 スクレナは俺のことを信じてくれているからこそ静観していると。
 確かに金剛級冒険者の実力は想像していたよりも強力だった。
 だからといって最初に思い描いた流れから逸れたわけじゃない。
 いいや、寧ろ都合がよすぎて怖いくらいだ。

「これだけ出力を上げてもまだ頭も垂れないとは、どうやらただの強情ではなさそうだ。女、うぬもこちら側ということか」

「『こちら側』とは支配者のことを言っておるなら、その目の代わりにガラス玉でも入れておいた方がマシだ。たった今、本当にこの場を支配しておるのは誰かも見えておらぬのだからな」

 一貫して表情を崩さなかったアルバーンは、その言葉を聞かされて眉間に皺を寄せる。
 スクレナが指し示したのが、2人の足元に転がっている人物なのだから仕方ない。

「ふむ、余の思い違いであるとは思うが、よもや己が言っているのは、そこで潰れたカエルの如く地に張り付いている男ではあるまいな?」

「あぁ、そのまさかだ。実のところこのカエルはかなり食欲旺盛でな。1匹の獅子どころか戦場を丸ごと飲み込むかもしれぬぞ」

「戯言を。まさしく見た通り、手も足も出せないではないか」

 金剛級冒険者は鼻で笑いながら、前に突き出した拳を握ろうとする。
 おそらくはさらに追い打ちをかけようとしているに違いない。

 しかしそれを阻んだのは、アルバーンに向かって飛んできた火球だった。
 片手で難なく払い除けるくらいの威力であることから、単に牽制として撃ったのだろう。
 ただし今の動作によって、俺たちを苦しめていた重力は解除された。
 やはりあれだけ威力のある技なら、その分だけ繊細な調整が必要とされてくるようだ。

「ちょっとあんた、そこの連中は私の獲物なんだから。余計なことしてんじゃないわよ」

 離れた場所からの妨害に飽き足らず、第三者として間に割って入ってきた人物はそう言い放つ。
 この展開を目にしたほとんどの者は驚きを隠せずにはいられなかった。
 それもそのはず、何せそいつは本来ならば皇帝の獅子とは協力関係にあるはずの聖魔導士だったからだ。

 だが幾度か顔を合わせ、あまつさえ互いにぶつかったことのある俺に驚きはなかった。
 ご丁寧に簡潔な説明もしてくれているしな。

 かつてモンテス山奪還戦で争った際に、ルナは俺たち……正確にはスクレナにだが、これでもかというくらいプライドを傷つけられた。
 だからこそ彼女は再戦を熱望していることだろう。
 その機会を潰される可能性を少しでも感じれば、手を出さずにはいられないのは至極当然だ。

「ようやく……ようやく会えたわね。あんたたちに辛酸を舐めさせられたあの日からずっと、腸が煮えくり返るどころか胃が溶けそうだったんだから! 私が思い悩んだ時間を凝縮したような一撃で燃やし尽くしてやるわ」

「おぉ、どこかで見た顔だと思ったが、いつだったか泥土にまみれながら泣きべそをかいておった小娘ではないか」

「な、泣いてないわよ! それにあの時はあんたの正体を知らなくて思いっきり油断してただけだし! 私が本気を出せば負けることなんて絶対にないんだから、偉そうな口を利いてると後でさらに恥ずかしい思いをするだけよ!」

「油断? 本気を出せば……だと?」

 スクレナとルナのやり取りに対して、お返しと言わんばかりに今度はアルバーンが遮る。

「敗北が終止符へと繋がる戦において、不退転の覚悟も持たずに次を考えるとは。小娘、己には強者と戦うどころか戦場に立つ資格すらないわ」

「はぁ? 女同士の会話に混ざってくるなんて気色悪いわよ、おっさん。口はいいから手を動かして仕事しなさい」

「目上の者に対しての言葉使いも心得ていないか。武や知識を磨く前にまずは教養を身につけることに尽くすべきだな」

「はいはい出ましたよ、老害のウザいお説教が。そもそも目上? 誰が? あんた雇われの身でしょ? 自分の立場もわきまえない奴が言ったところで説得力も皆無だっての」

「履き違えるな。余は己ら帝国が懇願するから雇うことを許したのだ。対等どころか言うなれば客人である。寧ろこちらの出方を伺いお膳立てをするのが筋であろう」

 口争いが激化していく度に、周囲に熱気が帯びていくのがハッキリと分かった。
 ついでに言えば、さっきの物理的なものとはまた違う重みが心身ともに感じられる。

「あんたこそ温いこと言ってるんじゃないわよ。戦場ここでは立場なんて何の意味もなさない。誰が上かを決めるは自分の強さ唯一つなんだから」

「ならば余計に話は早かろう。己の実力など分かりきっているからこそ、その女は初めから歯牙にもかけていないのだ。いくら視界に入ろうと気にも止められなければ、存在していないのと同じことよ」

「……はぁ?」

 それは唐突に引き起こされた。
 このまま膨張して一気に爆発すると思われたルナの感情は、逆に周りの空気を凍りつかせる。

 さっきまでとは全く毛色の違う怒り。
 よく分からないが、アルバーンの一言の中で聖魔導士の逆鱗に触れるものがあったようだ。

「これでも一応は戦局を考えて大人しくしてたけど、あんたが退かないなら仕方がないわね。話が早い? えぇ、そこだけは同意見よ。やっぱり対話ってのはこういうのが最も分かりやすいんだから!」

 ルナが声を張り上げながら杖を掲げるものだから、釣られて上空を見れば巨大な炎の塊がいくつも生成されていた。
 以前の戦いでも使用した高威力の魔術だが、あの時にはもっと長い詠唱を必要としていたはず。
 この短期間で確実に自力を伸ばしているな。
 もしかしたらスクレナに敗けた屈辱によって、才に溺れていた者が生まれて初めて自己研鑽をしたのかもしれない。
 まぁ、それでも結局はこんな結末に行き着くあたり、中身の成長は全くないみたいだがな。

「マリメア!」

 俺の掛け声とほぼ同時に皆は1ヶ所に集合し、続けて海姫は魔法障壁を生成した。
 障壁は展開する範囲の広さに比例して薄くなっていくため、こうして纏まることで最小限まで収縮させて強度を保つのが目的だ。
 加えて水属性の性質を持つマリメアの魔力であるなら、火属性に対しては相性がいい。
 この状況を凌ぐのには最も適した人材と言えよう。

 まるで流星が降り注ぐかのような光景だった。
 ひとつ目が着弾してからずっと、辺りは炎によって赤く染められた世界のみが広がっていた。
 両腕を左右に広げて直立したままのマリメアは流石に辛そうだが、災害規模の攻撃に耐え抜いているだけでも奇跡的である。


 やがて聖魔導士の魔術による衝撃や熱が収まると、変わり果てていた周囲の様子に思わず息を飲んでしまう。
 地面は火球の数だけ地面がえぐられ、金剛級冒険者に率いられていたレギオンの面々のほとんどは炭と化していた。

 だからこそ、より一層に際立っていたのはアルバーンの変わらぬ立ち姿だ。
 さすがに大量の魔力を消費したのだろうが、それでもあれを防いだというのか。
 見事なんて言葉が陳腐に聞こえるあたり、彼が世界有数の冒険者であるのだと再認識させられた。

「ど、どう? 私の魔術の素晴らしさ……身を持って感じたんじゃない? でも言っておくけどまだ終わってないんだから。今のと同じものを更に撃ち込んでやるから覚悟しなさい」

 そう言ってルナは再び杖を構える。
 強がってはいるが、あんな大技を繰り出した直後ならばこいつもかなり消耗しているだろうに。
 どちらが先に倒れるのか、意地の張り合いでも挑もうというのか。

「むっ!? 暫し待て」

「はぁ? 相手の実力が分かってから命乞いとかダッサ! つーか、今さら許す気なんて微塵もないってぇーの!」

「やはり己は威勢だけの愚か者か。自分がここまで誘い込まれ、さらにたぶらかされたということがまだ分からないとは」

 おっと、さすがに悟られたか。
 まぁ、これほどあからさまに次の行動へ移しているのを見れば、気づかない方がどうかしていると言えるけどな。

「え? ちょ、ちょっと……待ちなさいよ、あんたたち!」

 ルナの攻撃が止んだ後の一瞬をついて、俺たちは一斉に敵陣に向かって駆け出していた。
 自分の中で全く予想していなかったであろう行動に聖魔導士は、ただ戸惑いながら見送るだけだった。

「冷静になって周囲を見ながら考えるのだな。我々が顔を合わせたことによって何者が最たる利益を得たのかを」

 アルバーンに促されたルナは、今回ばかりは大人しく右から左へゆっくりと首を動かす。
 そして言わんとしていることを理解していく度、みるみる顔を赤くしていった。

「ま、まさか、私の力を……り、利用したァ!?」

 あぁ、そうだ。
 お前がこの場に来て、この場面に鉢合わせたのは決して偶然なんかじゃない。
 ここまでは俺の描いたシナリオに沿って、完璧に役をこなしてもらっていただけなんだ。

 まずは最前線にたどり着く前にスコットに指示を出したところから始まる。
 あの時は彼に何を頼んだかというと、実はパートナーである鷲を使って聖魔導士に攻撃をしてもらったのだ。
 もちろん出来る事といえば爪で引っ掻くか嘴でつつく程度で、ダメージなどないに等しい。
 だがそれだけで十分だった。
 目的は単に相手を怒らせて、標的にさせるだけなのだから。

 もし自分がおちょくられるような事をされれば、ルナの性格なら報復に出るのは自明の理である。
 そしてすぐに鷲から伸びる魔力の線を視覚でとらえるはずだ。
 偵察を終えた後にも互いを繋げたままでいるようにと、スコットには言っておいたからな。
 そこからこの鳥が誰かに使役されているのだと知れば、きっとこれを辿ってふざけた命令を出した主人を見つけ出そうと追跡を試みるに違いない。
 結果として、俺たちが「皇帝の獅子」と対峙しているところに遭遇したというわけだ。

 実際のところその時には、スクレナだけでなくマリメア、スズトラに限ってはまだ十分にゆとりがあった。
 しかし3人を除いた多くの者が危機的状況に陥っているのを目にし、瞬時に焦りを覚えて無意識に手を出したのだろう。
 何せ傷つけられた自分の誇りを癒すには、闇の女王への復讐しかないのだ。
 そんな唯一の機会を逸する可能性だってあると思い込めば、こういった行動を取ると予測はしていた。
 他の者には一切目もくれずに戦場を駆け回っているとスコットから聞いた時に、誰かを探しているということも、その人物にどれだけ執着しているかも手に取るように分かってしまったのだから。

 こうなってしまえば後は放っておいても勝手に話は進む。
 金剛級冒険者が居座っている席をどうしても譲ってほしかったろうが、聖魔導士が素直に頼むわけはない。
 何せ常に相手を見下すような奴なんだ。
 必ず命令するに決まっている。

 対して出くわしてすぐに抱いたアルバーンの印象はというと、事前に聞いていた通り「傲慢」そのものだった。
 こんな男が自分より遥かに年下の小娘に、上から目線で理不尽な言動をされれば、首を縦に振ることなど決してないだろう。

 それ以降の流れは見てきた通りだ。
 自分こそが至高と信じてやまない者同士が交われば、強く反発し合うのは必然。
 おまけにルナのことだから、自分の力を誇示するために派手な大技を繰り出すこともまた然り。
 さらには唐突に頭に血が上って見境がなくなってくれたことも、予定にはない相乗効果を生み出してくれた。

 本音を言えばお前の内面はともかくとして、魔術の腕前だけは一流だと認めている。
 大軍を即座に殲滅するというこちらの期待に、ちゃんと応えてくれると信じていたさ。

 それにアルバーン、あんたもだ。
 俺たちが突撃してきた際にルナと同じようなことをしてくれたからこそ、友軍は一時的に躊躇して足を止めてくれた。
 お陰で聖魔導士の攻撃に皆を巻き込まずに済んだよ。
 ただし戦時下において敵に礼を尽くすなんてことは出来ないのだから、せいぜい自分のレギオンの立て直しに勤しんでくれ。
 好機と見て改めて進攻してくる王国兵たちの相手をするためにな。

「すぐに止まらないと敵前逃亡ってことで私の勝ちにするわよ! いいのね!? ……もう! 待ちなさいってば!」

「己こそこれ以上の勝手な真似は許さぬぞ。少数ではあるが手練が揃うその部隊、余が全て貰い受けると言っておろう」

 下手な挑発をしながら追いかけてくるルナに続こうとするアルバーンだったが、なだれ込む兵士によって進路を阻まれてしまう。
 だがいくら人数に差があるとはいえ、個としては世界トップクラスの実力を持つ冒険者。
 すぐに蹴散らして追いついてくるかもしれない。
 そうなれば三つ巴の混戦は避けられず、策を巡らせたところで結局は足踏みをしてしまうことになる。
 だからこの場はあいつに任せると予め決めておいたんだ。

「うぉぉおおおりゃぁぁああああ!!」

 一歩踏み出す直前だったアルバーンに飛び蹴りを入れたのはスズトラだった。
 レクトニオが「鉄の豚」のリーダーと長いこと一騎討ちを繰り広げているとなれば、やはり金剛級冒険者を留めておくのは同じ六冥闘将でなければならない。
 この話を持ちかけた時に本人は「いいよっ!」なんて二つ返事で引き受けていたが……
 よく理解していないのか、それとも相当な自信があるのか、いまいち心情を読みにくい奴だからどちらかは分からない。

「己は先程の重力に耐え抜いていた者のひとりか。ふむ、それなりに手練ではあるものの、やはりあの女と比較すれば秘めたる力はたかが知れている。生憎と余は獅子と呼ばれど、仔猫を狩るのに全力を出すほど愚かではない」

 そんなことを言いながらもアルバーンは馬から降りて臨戦態勢に入ると、整合性のないその言葉と行動の意味を語り始めた。

「だが自らが少しでも楽しむ為ならばまた別の話。さぁ、全力で抗い余に尽くしてみよ」

「ふ~ん、そりゃまた随分と傲慢だね。でも言っとくけどさ――」

 対してスズトラは笑みを浮かべていた。
 だがそれはいつものような無垢なものではなく、内なる闘志が溢れ出んとする不敵な笑みだ。

「ウチと戦ったりしたら、君にとっては全く楽しくないかもしれないからね」

 さっきまで抱いていた疑問はどうやら杞憂だったようだ。
 スズトラの発言の真意は後者みたいだしな。
 ならば俺たちは自分の役割を全うしなければ。
 まずはこのままルナを誘導してアルバーンたちから引き離す。

「とりあえずのところは上手くいったようだね。やれやれ、恐ろしいったらありゃしないよ……まったく」

 いつの間にか俺の傍で並走していたマリメアがポツリと呟いた。
 こいつがこんな物言いをするなんて珍しいな。
 恐ろしいとはどっちを指しているだろうか。
 アルバーンなのか、それともルナの方なのか。

「何言ってるんだい? あんたのことさね」

 俺が? まさか。
 この場にいる戦士たちの強さを上から順番に数えたら、自分の名前が呼ばれる時にはとっくに日が暮れているくらいになる。
 だからこそ並外れた実力者を相手にするには、綱渡りのようなギリギリの小細工を駆使しなければならないというのに。

「だからこそさ。いくら強大な力を持っていて、それを最大に発揮したとしても、誰だって個々の限界にぶち当たればそこまでだ。だけどエルトが長けているのは、考え得る全てのものを利用して自分の力へと変える能力。そいつは状況によって短時間で無限の可能性を広げられる、言わば簡単には推し量れない天井知らずの力じゃないか。私からすれば、そんな奴がこの戦場の中で最も怖いってことさ」

 俺は闘将たちのような武力もなければ、キャローナのように知識で貢献できるわけでもない。
 周囲より遥かに劣るからこその足掻きだと自ら卑下した考えを持っていたが、他者からこんな捉え方をされていたなんて。
 これまでずっと背中を見ていたと思っていた仲間から直に送られた賛美は、素直に自信へと昇華されていく。
 何より並び立つことを認められたというのが、俺にとっては最高に気分を高揚させる事実であった。



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