亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に

宗岡 シキ

第71話 古代兵器


 攻め込む側の帝国軍が設けた仮拠点の一画には、十数名の兵士が集められている。
 呼び出した主は剣聖イグレッドであったが、軍団長という地位も持つ彼の召集が皆の不安を煽っていた。

 それもそのはず。
 今この場にいるのは、まだ軍に入隊したばかりの上に、その中でも著しく武功が乏しい者たちだったからだ。
 言わば末端の中のさらに落ちこぼれ。
 間の上官を挟まず直に剣聖から呼び出しを受けるなど、予想の範疇を軽く超える事態が起こっているのだから。

「集まってくれて感謝するよ。祖国のために奮起してくれた勇敢なる同士諸君」

 表情も声色も穏やかなことにまずは安堵する兵士たちだった。
 だがその後すぐにイグレッドの口から出た言葉によって、一同はさらに予想を裏切られる。

「突然で申し訳ないが君たちには今いる所属を外れ、『特別遊撃部隊』として僕の配下に加わってもらいたい」

 開戦直前での配置換え。
 それも聞いたことすらない部隊となれば、場がザワつくのも当たり前だ。

「中には今の役割に誇りを持っている者もいるかもしれない。それでもこの戦いを勝利へ導くため、どうか皆の力を貸してほしい」

「いえ、その……そうではなくて、なぜ我々なのかと戸惑っているのです。名称を聞く限りでは何やら重要な仕事を担うように思われますし。ならばもっと相応しい人材がいるのではないかと思いまして」

 ひとりの兵士が代表して共通の疑問を投げかけると、イグレッドは何も言わずに首を横に振る。

「いいや、少なくとも僕はそんな風には考えてはいない。君たちが自らを卑下するような立場に置かれているのは事実であろうが、それはきっと紙一重でチャンスに恵まれて来なかったからなのさ。そう、運が悪かっただけで、決して実力で劣っているわけではないというのが僕の見解だ」

「だから俺たちに……挽回の機会をくださると?」

 また別の兵士の質問に対して、縦に振られるイグレッドの首が今度は肯定の意を示した。
 それを見て、この場にいる全員の目に光が灯っていく。

 無理もない。
 ヒトというのは思うように結果が出ない時や、望んだ立ち位置から弾かれた時、つい自分のせいではない、それは外的要因によるものだと理由付けをしてしまう。

 ではもしそんな言葉が他人の口から出たとしたら?
 おそらくは心の隅に蔓延る「ただの言い訳」という後ろめたさが途端に解消され、確信へと変わっていくに違いない。
 ヒトにとってはその瞬間の心情こそ甘美であるが故に、まるで蝶が花の蜜を求めるように自然と吸い寄せられていくのだから。

「あ、ありがとうございます! 俺、やります! ここまで気にかけてくれた剣聖様のご厚意を裏切らないよう、全身全霊をささげて任務を果たしてみせます!」

「ああ、よろしく頼むよ」

 口々に感謝の言葉を述べ、発奮する若者たちに対してイグレッドは頭を下げた。
 本来ならば会話をすることさえも叶わない雲の上の存在である人物が見せる誠意に、感涙する者まで出る始末だ。

「それにあたって君たちにはこちらが用意した衣装に着替えてもらいたい。何せ勝敗を左右する貴重な戦力だ。指示を出しやすいよう一目で他の部隊と区別がつけられるようにね」

 直後にイグレッドの部下たちが運んできたのは胸当てだった。
 剣聖のような派手な装飾は施されていないものの、似たようなデザインに加え限りなく純白に近い色。
 受け取った側の熱気は否応なしに高まった。

「こ、光栄であります! いやぁ……剣聖様に倣ったこの装い、まさに特別感がありますな」

「それにこの胸の辺りに埋め込まれた青い石、つい魅入られるほどに綺麗だよな。まるで極上の宝石みたいだ」

 思いもしていなかった贈り物を身につけた面々は、意気揚々と自分が配置された場所へと向かっていく。
 その列の外から流れを注意深く観察していた数名の兵士は、中から旧知の顔を見つけ出すとすぐさま駆け寄り、嬉々として話し込んでいた。

「やったじゃねーか、ルーカス! その様子だと剣聖様の下で働けるみたいな話になったんだろ?」

「で、でも僕……やっぱりみんなと離れて戦うのは不安だよ」

「なに情けないこと言ってんだ。せっかく貰えたチャンスなんだぜ。俺たちを追い抜き、置いていく位の意気込みで挑まなきゃ損じゃないか」

 唐突に呼び出された兵士のひとりであるルーカスを囲んで背中を叩いたり、拳で胸を小突いたりと友人たちが活を入れる。

 そんな光景を遠くから眺めていたイグレッドだったが、その背後にはそっと静かに囁く者が佇んでいた。

「さすが人心掌握はお手の物でございますね。心を痛める素振りも全く見せず、よくもあのように思ってもない言葉が次々と出てくるものです」

「失礼なことを言うなシーオドア。僕はちゃんとこの部隊の働きには期待しているよ。軍が彼らの価値を見いだせておらず、正当な評価を下せていないと思っているのも本音だ。だからこそ――」

 剣聖は尚も仲睦まじく談笑する新兵たちを見ながら、目を細めて口元を緩める。
 だけどそれは、彼らの関係を微笑ましく見守るものではなかった。

「然るべき使い道というものを教えてやろうじゃないか」



 ◇



 開戦の日を迎える少し前から、俺は自分なりに頭の中で戦場が如何なるものか想像を巡らせていた。
 何もしないままこの雰囲気の中に放り込まれるよりは、少しばかりだろうと気分が落ち着くかもと思ってだ。

 だがそんな殊勝な心がけは全くの無駄だった。
 もしその理由を他人に説明するとなれば、まず俺が集団戦というものを既に体験しているというところから始まる。
 聖魔導士と戦ったモンテス山奪還戦である。
 あの時の戦闘を思い出し、そこに人数を増やして規模を大きくすることでイメージしていたのだ。
 それぞれの剣が交錯し、無数の矢が飛び交い、魔術による魔力弾の援護を掻い潜る。
 拠点攻略には投石器なんか用意したりして。

 だが実際にはどうだろうか。
 眼前に広がる群衆に差異はないが、所々には俺の想像に及ばない物体が配置されている。
 いや、生まれて初めて目にするものだから仕方のないことなのだけど。

「君が思っていたような原始的な戦なんて、今となっては時代の流れに取り残された小国や蛮族の小競り合いくらいだよ。大国間の戦争となれば勝敗を分けるのは『あるもの』をいかに多く所持しているかにかかっている。まずは当たり前の人的資源。基本的な戦力となる兵士とそれを纏める有能な将の数だね。それと――」

 俺が考えていることを察して講義を始めてくれたドゥエインから双眼鏡を渡され、彼が指さす方へ向けて覗いてみる。
 レンズ越しに映るのは、まさにこちらが説明を求めるものだった。

「あのアシュヤ文明の中心地であるイムニス大陸でしばしば発掘される『アシュヤの遺物アシュヤズ・レリック』という古代兵器、及びそれを復元可能な技師だ。私たち王国側も有している、魔力を充填して撃ち出す長距離砲、『魔力砲エーテリアル・カノン』も然ることながら、帝国と戦う上で最も脅威となるのはあれだ」

 ドゥエインは俺が覗いたままの双眼鏡に手をかけ、別の方向へ向けることでその答えを示した。
 レクトニオのように人型をしたもの。
 獣の形をした四足歩行のもの。
 脚が短く鈍重そうだが、その代わりに自重を支えられるほどの巨大な腕と、背中の砲塔を備えたものなど。
 形は多種多様だが、いずれも共通するのは金属で造られ、生身の人間よりも遥かにデカいということだ。

「ヒトの形をしたのが部品を換装することによって近接、中距離などへ戦闘形態を切り替えられる『グレンデル』だ。汎用性に優れているのが特徴かな。そして獣を模したような形をしたのが高機動型の『バンダースナッチ』。最後に最も警戒しなければいけないのが、拠点制圧の要である高火力型の『ジャガーノート』だね。これらは総称してTタイタン-フレームと呼ばれていて、種類の数だけ性能にも差があれど、中には異界の神の名を冠するに足るほどの力を持つものもあると聞いたことがある。レリックの中でも構造が特に複雑で、現在では復元に成功した帝国のみが独占する兵器となっているんだ」

「もともとアシュヤ人の発明は生活品が主で、軍事面においては防衛目的以上には有しておらんかったらしいのだがな。こういった兵器が過度に造られたのは、文明の末期に起きた『巨神戦争ギガントマキア』と呼ばれる戦の為だと言われておる」

 さらに補足として、今度はスクレナが自分の知る範囲で説明をしてくれた。
 アシュヤ文明の高度発展に最も影響を及ぼした資源である星脈水せいばくすい
 ほんの少量でも膨大なエネルギーを生み出す上に、扱いにさほど危険がないという夢のような液体だ。
 この星の中心に届くのではと思うくらいの地中深くに存在し、アシュヤ人は各所にそれを汲み上げる施設を建設して採取していた。

 だが技術が進歩していくごとに必要となる星脈水の量も増加していき、ついには選択を迫られる時がきた。

 使用量が採取量を上回り、このままでは肝心の星脈水が枯渇するという事態に直面したのだ。
 文明が衰退するのを覚悟で汲み上げる量を絞るか、それとも大量に湧き出るポイントを掘り当てるのに期待してこのまま採り続けるか。

 結果としてアシュヤ人が選んだのは前者だが、僅かに異なるのは彼らの知識人としての矜恃が後戻りするのも、不確かな運に任せるのも許さなかったということだ。

 足りないというのなら星脈水を補えるほどの資源を開発すればいい

 そんな理念のもとに完成したのが大気中の魔素を取り込み、そこから魔力へ変換して少量の星脈水と混ぜ合わせることで、純正のものと遜色ないエネルギーを生成する装置である。
 本来は魔力に関する知識がなかったはずのアシュヤ人がその答えに至った理由。
 スクレナは割愛したが、そこにルーチェスが関わっていたことを俺は知っている。
 だけどスクレナにはドルコミィリスと話したことは秘密だ。
 一方でドゥエインにこの話してみれば、きっと即座に信じてはくれるはず。
 何せ既に闇の女王の存在を目の当たりにしてるのだ。
 今さら帝国の宰相が1000年よりも遥か昔に生きていたくらいの真実は、容易ではないにしろ受け入れてくれるだろう。
 とは言ったものの、その情報を知ったところで何か益があるのかと考えれば否だ。
 逆に余計な雑念を与えるだけに違いない。
 ここは黙して聞き手に徹していた方が都合がいいか。

「なるほど、本来は今の機構とは異なっていたということか。現状を理解している私もそこに至る経緯までは知らなかったな」

「今の機構?」

「ああ、今のT-フレームはスクレナ殿が教えてくれたものとは別の原理で動いているんだ。アシュヤ文明が滅びて以降は、大元となる星脈水が完全に枯れ果ててしまったからね。そこで本来は動力源があった箇所にヒトが乗り込み、自らの魔力を供給することで動かす方法を過去に何者かが開発したのだよ。それ故にもちろん性能や活動限界はオリジナルのものには遠く及ばないが、そのかわりに操縦者の意思の下で制御しやすいという利点が生まれたんだ」

 なぜ小国であったガルシオン帝国が急速に領土を広げていったのか。
 なぜ世界最大の軍事国家と言われるようになったのか。
 なぜ絶望的なほどに王国側の勝利はないと評されるのか。
 兵士たちと共にずらりと並ぶ、これら古代兵器を目にしてようやく理解した。

「まさに君が思っている通りだよ。民間にはあまり知られていないが、一見すると友好的な国同士ですら互いに日々の牽制が続いているんだ。イムニス大陸という舞台の裾でね。あそこの領土をより多く抑えた者が世界を掌握できると言われれば無理もない。実のところ先代国王の崩御は王国の弱体化を加速させただけにすぎず、本当は我々のレリックに対する技術導入の遅れこそが原因なんだ。寧ろ優秀な主君に率いられていたからこそ、ここまで凌げてきたのであって、これまでの王国ならいずれかの国に侵攻を許すのは時間の問題だったのさ」

 帝国と王国、人口も建物の数も同等であるそれぞれの首都を比較して見れば、ドゥエインの言ったことがよく分かる。
 王都に対しての所感を好意的に述べるとすると、味わいがあり情緒あふれる街並みといったところか。
 それを率直に言うと、石やレンガばかりで古臭い印象なのだけど。
 まぁ、そのへんがこの国の特色なのだろう。
 伝統を重んじるからこそ保守的になる。
 文化においても政治においても、そして自然とその煽りで産業、及びそこに関わる技師の腕においてもだ。

 だけど腑に落ちないのは最後のドゥエインの言葉である。
 まるで今は違うという感じに聞こえたが。

 そんな疑問は目で見て解消しろと言わんばかりのタイミングで、多数の規則的な振動を体全体で感じた。
 振り返って正体を確認してみれば、5メートルはあるであろう巨体が列をなしてこちらへ歩いてくる。

 こいつもT-フレームなのか?
 腰の左右にそれぞれサーベルを帯び、左手首には砲塔が一門というシンプルな装備。
 帝国側のものとはまたデザインが異なるが、グレンデルと同様に人型の兵器だ。
 そのうちの1体が俺の眼前で停止して腹部あたりの装甲を開くが、そこから出てきたのは久しぶりに見る知った顔だった。

「やっほー! エルト、みんな。えへへ、期待通りの反応してくれちゃって、頑張って寝ずの作業を続けた甲斐があったよ」

 呆気にとられている俺を見て、喜びを顕にするのはキャローナだ。
 王国に着いてからはほとんど顔を合わせることもなかったのに、突然そんな場所から現れたら驚くのも当たり前じゃないか。

「実はキャローナ君から兵器保管庫を見せてほしいという申し出があってね。まぁ、黒騎士殿の連れだし問題なかろうと案内したのさ。すると彼女、発掘に成功したはいいが手に余って放置していたT-フレームを前にしてとんでもないことを言い出すじゃないか。『私がこの子たちを起こしてあげる』なんて。ところが周囲の戸惑いが笑いへ転じる間も与えないほどの速さで図面を書き上げると、技師ら全員に教授し、この日のために自らが中心となり、急ぎ復元作業を進めていたんだ」

 ドゥエインはキャローナを見上げると、自分の顎に手を添えながら感嘆と賞賛の笑みを浮かべた。

「彼女は紛れもなく天才だよ。日々の研鑽によって知識と経験を積み重ねてきた技術屋にこんな言葉は無粋かもしれないが、それ以外に表現のしようがないほどの域だということさ」

「ふふん、私がすごいのは確かだけどね! なんて言ったものの、王国ここの設備と物資の量が水準を満たしてなかったり、頭の中から正確に古い記憶を引き出せなかったら間に合わなかったかもしれないかな」

 ふんぞり返ったと思ったら頬をかいて謙遜したり、ずいぶんと忙しいヤツだな。
 それよりもキャローナの記憶が突貫作業の成否を握っていたとはどういうことなんだ?

「ああ、だって……T-フレームの機構を今の形にしたのは私だから」

 お前だったのか!?
 過去に開発した誰かっていうのは!
 いや、キャローナなら確かに可能だろうけど、こんな都合のいい巡り合わせってあるか?

「本当だって。証拠にほら、この技術を応用したものをエルトに造ってあげたじゃない」

 俺がこいつからもらったもの……?

 ああ、この義手のことか。
 そういえば中の骨組みの部分は魔力を通しやすい素材で出来ていて、流れを操作することによって自分の意志通りに動かせるんだったな。
 もちろんこんなシンプルな構造ではないのだろうが、似たような理論でなら可能かもしれないか。

 だとすればそんな昔の事とはいえ、生み出したのが本人だというなら様々な工程を省いて時間を短縮するのも可能だったろう。

「でも当時の図面は常若の国に持ち込んだものが全てだし、それもまとめて燃やして破棄しちゃったんだよ。なぜならその直前にザラハイム軍が敗北したと知らされたからさ。万が一にもこの技術が敵ないし悪人に盗用でもされたら、生き残ったであろう仲間を追い詰める可能性もあったからね」

 さらに言うにはキャローナが開発を打ち切るまでに存在していた、新機構を搭載済みの兵器はほんの数体だったらしい。
 加えてこの技術を誰かに継承した覚えもないと。
 この話から考えられるのはふたつだ。
 およそ1000年前に誰かが完成直後の新型T-フレームを見て構造を理解し、その知識が今の世代まで脈々と受け継がれてきたか。
 それとも現代に発掘された朽ちた兵器を分析して自力で知識を得た者がいるのか。

「うん、どちらにせよ私に匹敵するほど明晰な頭脳を持っている技師が帝国にはいるってことだね」

 別に否定するところじゃないけど、自分で言っちゃうんだな。
 それはともかく、帝国側のレリックの数が変わるわけではないのだから、この期に及んであれこれ憶測を立てても仕方がない。

 そんなことよりもお前が直したT-フレームはどれくらいの性能なんだ?
 帝国の兵器に対抗できるものなのか?

「この子は『セイバートゥース』っていう、アシュヤ時代の後期に開発された量産機だね」

「そ、そうなんだ……」

「あからさまにガッカリしないでよ。量産されたってことはそれだけ扱いやすさに長けてるってことなんだから。それに向こうの歩兵や騎兵からすれば投入されるだけでかなり戦いづらくなるはずじゃない?」

 確かに生身のヒトからすれば、こいつ1体を相手にするだけでも脅威だろう。
 しかも帝国軍からすれば全くの想定外という点で動揺を与えられるのも、追い風となるに違いない。

「ずっと腐らせていた古代兵器の復元というイレギュラーは帝国との兵力差を十分に補ってくれた。それに加えて防衛側には防衛側の強みがあるという事もこれからお見せしよう」

 ドゥエインが右手を掲げて合図を送ると、砦の周りに立てられていた4本の塔が音を立て、まるで花が咲くように先端が開いていく。
 それぞれが共鳴して活性した魔力の光を帯びると、拠点を包み込む半球の障壁が展開された。

「これが防衛兵器、『モーニング・グローリー』だ。機能が生きたまま掘り起こせたおかげで我々が使える数少ないレリックのひとつとして以前より重宝してきた代物さ。歩兵らがここまでたどり着いて発生源を直接叩くか、こいつの強度を上回るほどの火力をぶち込まなければ決して破れぬ王国の守護神と言ったところか」

 自信に満ち溢れた態度は頼もしい限りだが、突破する方法を口にするということは絶対的ではないようだ。
 だけどおかげで時間を稼げる、帝国軍の行動を制限できるなどの有利な条件を付加できる上に、この戦において優先すべきことを絞れたのは大いにありがたい。

「まずは一定数のジャガーノートが射程圏内に拠点を捉えるよりも早く破壊するのが先決か」

 ドゥエインは同意を示すためにこちらを向いて頷くと、即座に視線をさらに後方の積荷へと送り、近くを通りかかった兵士に指示を飛ばす。

「うん? そこの物資は砦の中へ入れておかないとダメじゃないか。おい君! すまないが早急にその荷物を移動させてくれ」

 声をかけられた兵士は反射的に肩を跳ね上げた。
 唐突に上官から指名を受けたとはいえ、ちょっと驚きすぎじゃないか?
 おまけに身につけているものが軽装の割に、やたらと重厚なヘルメットをかぶっているという奇妙な格好だ。
 結局は無言のまま敬礼だけ残して作業に取りかかっていたけど、王国軍と証明する腕章もつけていたし、風変わりな兵士だったのかな?

「そういうことなら私も手伝うよ。セイバートゥースで運べばあっという間だし、念のためにもう少し細かい動きも練習しておきたいからね」

 ちょ、ちょっと待て。
 当然のようにまた乗り込もうとしたり、今の言い方からすると、それを操縦して戦うのはキャローナなのか?

「大丈夫! 魔力操作のコツなら昔にスクレナ様から教わってるし。アシュヤ人は必要がなかったから魔力について無知だっただけで、別に全く使えないというわけではないんだよ。それに内部の構造を隅々まで把握しているからこそ、今いる味方の中で私が一番上手に動かせるってことでしょ」

 俺が義手を動かす時の感覚と似ているというのなら、乗り手はT-フレームにとっての心臓であると同時に脳の代わりでもある。
 その脳が右足を動かすために魔力を送ろうとしても、うっかり道を間違えて左足に流してしまったらチグハグになってしまうという事態に。
 復元を終えてから今日までの日数を考えれば訓練する時間なんてタカが知れている。
 それを踏まえれば確かに彼女に任せるのがいいのだろうけど。

「心配してくれてありがとう。本音を言えば怖いんだけどさ……でもね、それ以上に怖いことがあるのを私はもう知ってるから」

 この時のキャローナの寂しげな表情は以前にも見たことがある。
 妖精郷の城で初めて出会った時にだ。
 自分だけ置いていかれる怖さ、もっと何か出来たんじゃないかという後悔に苛まれる怖さ、仲間の安否さえ分からずに待ち続ける怖さを語っていたのを覚えている。
 もしそれを示しているのだとすれば、俺が強引に止めるべきことではないのかもしれない。

「ほらほら、みんなの希望でらっしゃる黒騎士様がそんな顔しないの。しゃんとしなさい。それに大事なお客様がおいでなすったようだしね」

 キャローナが顎で指した方を見てみれば、確かに彼女の言う通りだった。
 空から舞い降りてきたのは、再びこちらの世界で会うことになるとは微塵も思っていなかった、小さく偉大なピクシー族だ。

「スクレナ様、エルトさん、まだ出陣してらっしゃらなかったようでよかったです」

「ティターニア様。ケット・シーたちを寄越してくれたということは常若の国に帰ったのではないですか?」

「ええ、ですが思わぬ吉報が舞い込んできましたので、戦にお役立ていただければと馳せ参じました」

「その……今、ティターニア様と言ったかな? 妖精自体ヒトが滅多に出会うこともないというのに、本当にそれらの長である女王と懇意にしているとは。いや、いつまで君たちに驚かされればよいのか」

 妖精女王が「お見知りおきを」と愛らしい仕草で挨拶をすると、ドゥエインは妙に丁寧でよそよそしい態度を見せる。
 まだ現実感が掴めずにいる上に、ピクシーと会話が出来るという貴重な体験に感極まっているみたいだ。

「こ、こちらこそお会いできて光栄です。ティターニア様といえば、その背の羽から溢れ出るほどに強大な魔力の持ち主であると聞き及んでおります。そんな貴女様が戦場ここへいらしたということは、直々にお力添えいただけると解釈しても?」

「ええ、もちろんです。これほど楽しっ……切迫している時にどうして自国に引きこもっていられましょうか? 大切な恩人であり友人であるザラハイムの皆様にご助力できるなら、これ以上の誉れはありませんもの」

 いま絶対に「楽しそう」って言おうとしてたよね。
 一国の主とはいえ根本は好奇心の塊であるピクシーだからな。
 束縛された日々のせいでよっぽど刺激に飢えてるんだろうか。

 ところでさっきは俺たちに用事があって訪ねてきたように思えたけど、その内容は自分が参戦するということでいいのか?

「ああ、そうでした。実は昨日の晩に常若の国へ繋がる門のひとつに向かってくる集団を感知したのです。そういった偶然も稀にあるので、いつも通り幻術で惑わせて引き返させようとしましたが、予想外にも次々と術を破られ進行を許してしまいまして……」

「妖精の悪戯をものともしないなんて、かなりの手練のようですね。それでそちらは平気だったんですか?」

「はい、何せその集団を率いていた方はスクレナ様の紹介状を持っておりましたから。もちろん本物だということも確認済みです」

 スクレナの?
 そんな奴いたっけか?
 もしかしたら封印される前の話かもしれないけど。

「うむ、心当たりならあるぞ。ついでに言えばお前も知る人物のはずだ」

「入国と滞在を希望されましたので、私はかの者に条件を提示しました。腕に覚えがあると見て、ザラハイムの方々と王国の為に力を奮ってほしいと」

 ティターニア様は少しだけ横に退きながら、後ろに向かって手を掲げる。
 その手に導かれるように、こちらへ向かって歩いて来るのはたった今まで話題となっていた人物だろう。

 近づくにつれて徐々にはっきりとする顔をひと目見てすぐに分かった。
 確かにスクレナの言った通り、俺の知る人物だということを。



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