亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に

宗岡 シキ

第57話 王国の今、今の国王


 クレフを連れて皆と合流し事情を話したところ、思った通り各々が頭上に疑問符が見えそうなほど怪訝な顔を見せる。
 だけどスクレナに対する信頼なのか、特に反対する意見はなかった。
 俺でさえも出した結論に、より長い付き合いのこいつらが辿り着かないわけがないから当たり前か。

「でもパトロア山ほどの険しい山道だとレクトニオは走行不可能だし、途中から歩いて登らなきゃいけないね」

「また山登りかい? なんだかここ最近はやたらと縁があるじゃないかい。もちろん嬉しいものじゃないけどね」

 キャローナの発言にマリメアはげんなりとした様子だった。
 またそんな反応を見せていると例のごとくスズトラにからかわれるぞ。

「いや、今回我と共に行くのはエルト、それにデリザイトだ。残りの者には他の仕事を頼みたい」

「某でありますか!? 同行者に指名していただけるとはなんという誉れ。スクレナ様のお手を煩わせぬよう粉骨砕身の思いで努めて参ります!」

「うむ、デリザイトは魔力を解放すれば空を飛べたはずであろう。形態変化を制限されているレクトニオの代わりを頼めるとしたら選択肢はひとつだからな」

 そういえば俺も過去に一度だけその姿を見たことがある。
 確かに背中に翼が生えてきていたが、一応あれって機能していたんだな。

「自身の重さのせいで長い距離は難しいがな。山ひとつ越えるくらいは可能だ……」

 そうか、それだけ飛べるなら目的地までは余裕で到達できそうだ。
 ――って、誰の目にも明らかなほど気落ちしてるな!
 まぁ、張り切ったものの結局のところ役目が運び屋で、しかも代役ときたもんだし仕方がないか。

「ねーねー! ところでさ、ウチらに頼みたい仕事ってなになに?」

「あぁ、そうだった。お前たちにはこの付近にいると思われる小僧の護衛を探し出してほしいのだ。マリメアがいれば簡単な仕事だろうがな。信用してもらえるかは分からぬが、少なくとも足止めにはなるであろう」

 なるほど、既にこの場から離れた護るべき対象を探して山中を歩き回る度に魔物と遭遇してしまう危険もある。
 どんな形であれ、まずはじっとしていてもらうのが先決だろう。

「あの! すみません!」

 俺たちが着々と準備を進める中で突然クレフは大声で制止する。
 何事かと視線を移せば必要以上に恐縮している様子が見られた。

「みなさんのご厚意は大変嬉しいのですが、その……今の僕は手持ちが全くなくて、前金すらご用意できないので……」

 あぁ、そういうことか。
 危険が大きい仕事の場合は成否に関わらず事前にある程度の報酬を支払っておかないと引き受けてもらえないからな。
 今回もそれに値する内容であることには違いない。

「気にするな、もともと金銭への執着などはない。貴様ができないことを我らは容易にできる、だから手を貸す。ただそれだけのことだ」

「助けていただいた上にそこまでの気遣い、なんて寛容なお方なのでしょう。王都の外は貪欲な者で溢れていると教えられてきましたが、真っ先に貴女のような聖人に出会えるなんて、創世神アルデリス様の御加護に感謝せねばですね!」

 スクレナは胸を張って得意げに頷いている。
 実際に助けたのは俺だけどな。
 それはさて置き、これはいよいよ怪しいぞ。
 金にさほど興味がないのは本当だろう……というより価値観が滅茶苦茶なのか。
 だけど少なくともクレフが困っているという理由で手を貸したりはしないはず。
 いや、もしかしたらここまでの旅の中で他人に対して情を持つことを覚えたとか――

 ないな! 好意的に捉えてみたものの、あまりにもしっくりこなすぎだ。

「ではさっそく取り掛かるとしよう。まずはデリザイトに元の姿へ戻ってもらうところからだな」

 その前に、これから目の前で衝撃的なことが起こると予めクレフに伝えておかねばなるまい。
 あまりにも唐突すぎては受けるショックも一際であろうからな。

「大丈夫ですよ、エルトさん。さっき魔物に襲われたおかげと言ったらなんですが、もう多少のことではみっともなく騒いだりしませんから!」

 だとすれば安心なのだけど。
 より広い世界を知った男の成長と順応性は思っている以上に高いのかもしれない。
 自分では気づいていなかっただけで、村を出たばかりの俺もそうだったのだろうか。
 だけど念の為、段階を踏んでまずはいつもの姿から頼む。

「うわぁぁぁあああああああっ!!」

 デリザイトの容姿が魔族のものへと戻った瞬間にクレフの悲鳴が木霊した。
 こうなるとは思ったけどな。
 いくら身構えていたとしてもスカルクラッカーとはレベルが雲泥の差だ。

「うむ、随分と久々になるがスクレナ様のご希望通り、ここからさらに魔力を解き放つとしよう」

 デリザイトが中腰になって息むと体が膨れ上がり、新たに翼と尻尾、そして数本の角と2本の腕が生えてきた。
 これと刃を交えていたかもと思うと今でもゾッとする。
 それほどまでに見た目も、醸し出す魔力も禍々しいものであった。

「うぎゃぁぁぁぁあああああああああ!!!」

 あ!っと思った時にはもう遅かった。
 やっぱり想像の範囲を軽く超えるくらいに刺激が強すぎたみたいだ。
 何せ目に涙をうかべたまま気を失うくらいなのだから。
 というかデリザイト、お前も少し楽しんでた節があるだろう。
 だけどこれ以上騒がれるのも適わないし、ある意味で運ぶにはちょうどよかったかもしれない。



 ◇



 その後はふた組に分かれて行動を開始した為、現在俺は生涯2度目となる空の旅の最中だ。
 デリザイトの各手の平に1人ずつ乗っている形だが、硬さと安全面を考えればレクトニオの時に比べ快適と言える。
 ところが本人は全くそうではないようで、会話をしようとしたところ少し震えた声で「今はやめてくれ」と言われた。
 おそらく飛ぶことに対して、こちらが思っている以上に集中力を必要としているのだろう。
 クレフはまだ目を覚ます様子がなかったので必然的に話し相手はこいつに絞られた。

「なぁ、スクレナ――」

「うん? どうした」

 さてどんな話題を振ろうか。
 真っ先に頭に浮かんだのは、なぜクレフに協力しようと思ったかなのだけど。
 これはさっきの様子だとまたはぐらかされそうな気がする。
 そうだ、ならばそれよりも前に引っかかっていたことにしよう。
 なぜか戦闘の前後に送られた、こちらを観察するような視線と含みのある言葉。
 あの時の真意は一体なんだったのかと。

「お前、俺の事どう思ってるんだ?」

「ほぉあ!?」

 何いきなり素っ頓狂な声出してるんだよ。
 こっちがビックリしたじゃないか。

「な、なな、なぜ急にそんなことを聞く!? なんの脈略もなさすぎるというか、あまりにも不意打ちがすぎるぞ!」

「そりゃあ、いちいちそんな目で見られたら流石に気になって仕方ないからな」

「そんな目って、我は一体どんな目をしておったというのだ! それよりも……き、気になるとはどういうことだ!?」

 俺の方が質問したのに寧ろスクレナが答えを求めているような感じだ。
 なんで唐突に立場が逆に?

「い、いや、だって……男がそういうことを聞いてくる時は『脈アリ』だと昔マリメアが……」

 脈?
 そりゃ生きてるんだから脈くらいあるだろう。
 何をそんなに取り乱して――

「ふぅあ!?」

 ようやく意味を理解して今度は俺が奇妙な声を出してしまった。
 確かにさっきの聞き方では変な意味で捉えられても仕方がない。

 でもこれほどまで動揺するのはなぜなのか。
 つい男として自惚れた考えが過ぎったが、以前フィルモスからの帰りに言われたことを思い出してすぐに改めた。

「すまん、聞くまでもなかったな。今更だが前に仲間として好きだと言ってくれたのを思い出したよ」

「あ、あぁ……そうだったか? うむ、そう! まさにその通りだ。そ、それでお前の方はどう思っておるのだ? 我ばかりが胸の内を明かすのは不公平であろう」

 ここでそういう返しがくるか。
 別にスクレナと同じだと正直な気持ちをサラッと言えばいいだけなのに、なんでそれがなかなか口から出てこない。
 おまけに額に変な汗まで滲んできたし。

「まぁ、なんだ……好きかな」

「すっ!?――」

「ザラハイムのみんなと過ごすのはなんだかんだ楽しいし、いい仲間を持ったと思ってる」

「うん? みんなと? あ……いや、分かっておる。もちろん分かっておるぞ」

 なんだ、このおかしな空気は。
 なんでこんなことになったんだ。

 そうか、きっとあれだな。
 もう友情だの絆だの面と向かって口にするのがむず痒くなる歳になったのか。
 とてもスクレナの方なんて見れないから確証はないが、おそらく向こうも同様にただ前だけを見据えている気がする。

「やれやれ、いい大人のくせになんと青臭い会話だ。聞いてる方が恥ずかしくなってくるわ」

 デリザイトには呆れたように溜息をつかれてしまった。
 独り言を装うつもりもない態とらしい呟きがまるで追い打ちのようじゃないか。
 黙ったままだと全く気が落ち着かない。
 何か他の話題に切りかえて流れを変えたいところだ。

「そ、そういえばラストリア王国ってどんな国なんだろうな。スクレナは何か知ってるのか?」

「実際に行ったことはないから詳しくはないが、我が封印される前の時代からある古い国だ。周辺国に多大な影響を与えていた当時に比べれば随分と衰えが見られるものの、それでも帝国に対抗できるほどの国力は残っておると思ったが――」

「えぇ、先代の国王陛下、バルフェクト王が存命であればの話ですけどね」

 ようやくクレフの意識が戻ったみたいだ。
 これで現在の王国の内情をより細かく知ることが出来るな。

「確かその国王は5年前に没しておったのだったか。帝国へ和平を持ちかけた上、調印式の場にて皇帝の暗殺を企てるも失敗。正当防衛として逆に討ち取られたと当時の新聞を漁った際に記載されておるのを読んだが」

「それはでっち上げです! そもそも和平を申し出てきたのは帝国側でしたし、陛下は最後まで話に前向きな姿勢を見せていました。きっと軍事、政治それぞれの要であり、国の支柱であった陛下を廃することで内部からの崩壊を謀ったのでしょう!」

 その事件なら田舎に住んでた俺でも耳にしたことくらいはある。
 自分が封印されている間の世界情勢を調べていたスクレナが曰く、同席していた王国側の交渉官ら一行がクレフと同じことを主張したという。
 だから双方とも調査や歩み寄りの余地はなく、現在まで泥沼化しているとのこと。
 それにしても同行者を無条件に帰すなんて、意外と帝国も甘いところがあるんだな。
 どちらの陰謀であったかというのは抜きにしても、自国のトップの命が脅かされたというのに。

 クレフの話によるとその時点では寧ろ国民の士気は高揚していたようだ。
 交渉官の主張やバルフェクト王の人望という後押しもあったが、何よりまだ王国には希望の光が灯されていた。
 それは偉大な指導者の血と才を受け継ぐ息子たちの存在である。
 政治力に長けた長男、武力に長けた次男、2本の柱が父親の代わりに国を支えてくれれば安泰だと。

 だけどそれすらも打ち崩すように不幸の連鎖は止まらなかった。
 まだ新体制も整わないうちに長男は病死、次男は事故死と相次いでこの世を去ってしまう。
 結局王位を継承することになったのは、秀でたものは何もない三男だった。

「もともと優れた才能も見られなかった上に幼かった新国王は、各部門の長からなる賢人会議の操り人形として扱われていました。そんな内情に民が未来の安寧を見いだせるわけもなく、帝国との戦争を前に故郷を捨てる者が後を絶ちません」

 それは戦場に立つ義務が発生する兵士の方が顕著であるとか。
 敗色濃厚な現状に国外への逃亡が相次ぎ、時を重ねるごとに帝国との差が開いてさらに拍車をかけるという悪循環。
 クレフのおかげで今の王国がいかに切迫した状況の中にあるかを知ることができた。

 ただひとつ、聞いていて違和感を感じることも。
 この話を語る時の彼の言葉に込められた想いが、単にこの地に住まう者としての域に留まっていない気がしたのだ。
 まるで出てくる登場人物が近しい存在であるかのように。

「そ、そうですか? いえ……そんなことは」

「見えたぞ。あそこがサントリウムの塔の麓だ」

 デリザイトが言う通り前方に開けた土地が見えてきた。
 そしてそびえ立つ塔を囲むように寄り集まっているのは竜族だ。
 ザッと目視で数えてみたところ20匹ほどだろうか。
 それぞれの体長や体型に微妙な違いはあれど、大まかな容姿は様々な文献や人から伝え聞いた通りだった。

「聖地というだけあってすごい数だな。一度にこれだけのドラゴンを目の当たりにすると流石に現実感も損なわれるってもんだ」

「いや、我の予想以上に異様な光景だ。何者かが号令をかけるか、よほど特別なことがない限りはこれほどまでに集まったりはしないからな。人間とて平時に教会や神殿へ大挙して押し寄せることもないであろう」

 ならば今はその「特別なこと」が起こっているということなのだろう。
 それが分かっていたからこそクレフはここへ来たかったのか。
 一体なんのために?
 そもそもなぜこの情報を知っていたのだ。

 あれこれ考えている間にデリザイトは広場に着地して、手のひらの上の俺たちを降ろした。
 当然のことながら予期せぬ訪問者に竜族たちは警戒の眼差しを送ってくる。
 鋭く尖った角、鋭利な歯が並ぶ口、見るからに頑丈そうな皮膚、畳んでいてもなお大きな翼、その全てに思わず気圧されてしまった。

 隣に佇むクレフは、初めこそ辛うじて立っているというほどに萎縮していた。
 しかし拳を強く握った後に大きく息を吐き、意を決したように1人で数歩前進する。
 デリザイトのおかげで恐怖に対する免疫が多少はついていたというところか。

「この集団の統率者との話し合いを所望する! 該当する者は前に出られよ!」

 突然どうしたというんだ?
 この場に着いてからのクレフの第一声だが、さっきまでとは打って変わって妙に大人びた感じになったな。

「僕は……いや、私はラストリア王国第18代国王、クレフスィル・ルウラ・リスタールである!」

 互いに顔を見合わせ訝しげな反応を示したことから竜族たちには人間の言葉が通じているみたいだが、そんな驚きなんて些細なことだと思えるほどの衝撃が俺を襲った。
 ここまでの道中で自分が語っていた新国王がクレフ本人だって!?
 だったら尚更、なぜこれほど困難な旅にたった1人の護衛をつけただけで挑んだのか疑問が残る。
 正真正銘、国のトップがだぞ。
 国境を越えてからというもの、分からないことが多すぎて既に頭の中の容量が限界に達してしまったようだ。



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