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亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に

宗岡 シキ

第51話 集う将たち②


「タダいま戻りました。デリザイトはティターニア様への謁見に赴きましたので先んじて自分ダケ……おや? どうやらお取り込み中のようデスね」

「レクトニオ!? 待ってて、今ハッチを開けるから」

 キャローナの指示で1体のロートムがレバーを引くと、壁の一部が迫り上がる。
 アシュヤの最高傑作がそこから入室すると、早々に駆け出して脚に抱きつき頬ずりをする者がいた。

「うーん! このボディのフォルム、駆動系の滑らかさ、動力源の作動音、やっぱりどれを取っても垂涎ものだねぇ」

「キャローナ、久方ぶりの再開嬉しい限りデス。けど本当にヨダレがついているのでそろそろ止めてくだサイ」

 キャローナは慌てて口元を拭うもまだ表情に締りはない。
 再会が嬉しかったのもあるだろうが、それ以外の感情が勝っている気がするのは思い過ごしだろうか。

「あー、感極まっているところ申し訳ないんだけどさ、この石の中の魔力が必要ってんならちょいと緊急事態なんだよね」

 その言葉に皆の視線がマリメアへ一斉に注がれる。
 口調と表情からかなり切羽詰まっているのが窺えた為に、俺たちは素直に耳を傾けた。

「それが今にも消え入りそうなんだよ。風前の灯って言うのかい? 本来なら今の今まで存在しているのが奇跡なくらい不安定で弱々しかったみたいだからさ」

「わわ! そうだった! 私もそれを言おうと思ってたんだよ。だからレクトニオ、協力をお願いしたいの!」

 そういえば助けを取り付けなければいけない者がいると言っていたな。
 どうやらその1人がレクトニオだったようだ。

「自分に出来ることなら惜しみマセンガ、一体何をすれば?」

「あなたの魔力炉を貸してくれないかな? 厳密に言えばこの石が収まるくらいのスペースが必要なの」

 表情は変わりようがないものの、困惑する様子がレクトニオからはひしひしと伝わってくる。
 それも当然だろう。
 魔力炉は人間でいえば心臓にあたる部分だ。
 頼まれたからっておいそれと差し出せるほどのものではない。

「女の子の魔力が安定するまででいいの。炉に溜め込まれた魔力に浸けておけばまず消滅は免れるし、エネルギーに変換する際の熱を用いれば十分な容量まで活性化するはず。ただ――」

「ただ……なんデスカ?」

「動力の一部をそっちに回すといろいろと制限されるかもしれないの。飛行形態や特定の強力な武器が使用できなくなったりとか」

 しばらく黙ったままでいるレクトニオの頭部からは絶えず部品が動く音がしていた。
 おそらくキャローナの提案に対して思考を巡らせているのかもしれない。

「考察した結果、デメリットよりメリットの方が上回ると判断しまシタ。それにあの少女の末路を直に見ていた身として知らぬ振りは出来まセン。どうか自分の体を役立ててくだサイ」

「恩に着るぞ、レクトニオ。代わりと言ってはなんだが、お前への魔力の供給は我が請け負うと約束しよう」

 本人の承諾を得てから早くも設置作業に取り掛かるが、ここでふと気になることが頭をよぎった。
 キャローナは確か「2人」と言っていたな。
 他に該当する人物は一体誰なんだ?

 そんなことを何気なしに聞いてみると、当人は手を止めなければ目もくれないまま口ごもる。
 なぜだ?
 もしかして意図せず言いづらいことを聞いてしまったのか。

「もう1人は……その……ヴィルヘルムなんだ」

 その名前が出た途端に場の空気が一気に凍りつくのを感じた。
 同時に皆が一様に動揺しているようにもだ。

「陛下、やっぱりこの件は全てなかったことにしましょう。きっとあの変態は既にくたばってますって。いいえ、例え生きていたとしても顔を合わせた瞬間に私が始末してやります」

「そんなことを言うものじゃない、マリメア。気持ちは分かるがな。これが成せば少女を救えるだけでなく、いずれ大事な局面で我らの力になるかもしれんのだ。それにヴィルヘルムとて皆と死線をくぐり抜けた同士ではないか。もし再会を果たせたのなら、その時は共に喜びを分かち合わなければなるまい。気持ちは分かるが」

 こいつ……気持ちが分かるって2回も言ったあたり、根底では全面的に同意してるのが滲み出てるな。

「ええ、申し訳ありませんでした。先程の発言は撤回します。あいつは変態ではなくド変態でしたね」

「マリメア、少し落ち着いてくだサイ。会話が支離滅裂になってマスヨ。それに彼のように純度の高い変態ならば、それは寧ろ綺麗な変態と言えるのではないでショウカ?」

 最早レクトニオまでも意味不明なことを言い出す始末だ。
 他人にここまで言わせるヴィルヘルムなる人物とは何者なんだ?

「奴は六冥闘将の1人で、優れた文学者であり人形使いドールマスターでもある。こんな言われようだが決して悪い男ではないぞ。人並み外れて趣味嗜好への欲に忠実なだけで」

 だから最後の一言の部分が気になるんだよ。
 さっきの反応も含めてな。

 しかしヴィルヘルムという名前に加えて「文学者」という肩書き。
 どことなく覚えがあると思ったら、もしかして世界的に有名な作家ではないのか?
 普段から書籍に馴染みのない俺だって読んだことがあるくらいだ。
 題名は「レッドフード」だったか。
 確か赤い頭巾をかぶった女の子が、森の中でワーウルフと出会って……

 ――て、その後はどんな話だったか全く思い出せないな。
 子供の頃のことだから忘れてしまったのかもしれないが。
 どちらかと言えば、ぽっかりと記憶が抜け落ちているような感じだ。

「覚えていないのならそっちの方が幸せさ。何せあいつの物語に魅入られたら、その時点で術中にはまったも同然だからね」

 今のマリメアの意味深な言葉、この奇妙な感覚と無関係ではなさそうだ。

「とは言ってもヴィルヘルムの手が必要になるのは次の段階に進んでからだから、とりあえずは足取りを掴むくらいでいいかもね」

 作業を終えてレクトニオの胸部パーツを閉め、キャローナは足場にしていた台から飛び降りる。
 ならば当面のところ、俺たちの活動はその新たな仲間を探し出すということか。

「いや、急ぎではないというのなら捜索は他の者に任せよう。マリメアがイルサン王から借り受けてきたケット・シーの兵たちが適任か。お前が今すべきことは、そうだな……次の動きが決まるまでゆっくりと英気を養うのがよかろう」

 休息か。
 思えば初めて1人で村を発ってからこれまで、常に何かへ向かって進み続けていたような気がする。
 時間が許されるというなら厚意に甘え、ここらで一旦外界のことを忘れて腰を下ろすのもいいかもしれないな。



 ◇



 常若の国ティル・ナ・ノーグへ足を踏み入れてから早2週間。
 休息を勧められた翌日は、ザラハイム軍の屋敷に設けられた自室でひたすら寝そべって時間を潰していた。

 しかしそれも1日と持たなかった。
 家庭どころか村そのものが裕福とは言えず、幼い頃から仕事を手伝っていたからだろうか。
 とにかく手持ち無沙汰で過ごすという生活が、逆に気疲れしてしまう性分になっているらしい。
 ましてや今は居候の身なんだ。
 何かしらピクシーたちの為にならなければ落ち着いてなんていられない。

「皆さん、今日は1日お疲れ様でした。お茶の用意が出来ましたので、どうぞお召し上がりください」

「ほう、妖精女王から直々にお呼ばれとはなんと光栄な。これはよく味わっていただかないと罰が当たるな」

 そんなわけでティターニアが趣味で使用している広大な菜園をデリザイトと手入れしていた。
 頼まれた時は培ってきた自分の技能を活かせると思ったのだけど。
 いざ目にしたのは人間の集落がひとつ入るくらいの規模なもので、つい面食らってしまった。
 でもだからこそ仕事を終えた時の充実感は一際だし、先日まで抱えていた悶々とした気持ちだってどこへやらだ。

「ちょっとあんた! しっかりやり切った感を出してるけど、実際はほとんどデリザイト様が耕したんじゃないの!」

 そういえばデリザイトに付き添っていた3バカも特別に入国を許されてたんだったな。
 確かユウとユアとユウだっけか。

「アイとマイとミィよ! かすりもしてないしユウが2人いる時点で違和感を感じなさいよ!」

 そもそもデリザイトと比較したら体格に差があり過ぎるんだから当たり前だろう。
 それに今の俺は片腕が使えないんだ。
 ここは元いた世界と違って大気中の魔素の均衡が保てているらしい。
 つまりスクレナは俺から分離しても悪影響を受けないということで、ここ数日は別行動を取ることもしばしばある。

 あいつの目から逃れられるというのは気が楽だが、一点困る事といえばこの右腕だ。
 スクレナの封印を破る際に失ってからは、その本人の魔力によって補ってもらっていた。
 しかし体から離れてしまえば供給も絶たれてしまう。
 一応はキャローナがロートムの部品から義手を作ってくれたとはいえ、もちろん十分な機能を果たしてはくれない。
 不便な暮らしは強いられるが、今後のことを踏まえれば平穏なうちに慣れておければとプラスに捉えるのもいいだろう。

「何を思いにふけっておる、エルトよ。ティターニア殿主催の茶会だ。長らくお待たせするわけにもいかんだろう」

「ああ、農具を片付けたらすぐに向かうから先に行っててくれ」

 デリザイトに促されるも、一度倉庫へ向かう道中だった。
 草陰から気配を感じて自然と足を止めてしまう。
 警戒はされているが敵意を向けられている感じはない。
 担ぎ上げていた農具をゆっくりと地面に置き、そのまま身を屈めて攻撃の意思がないことを示す。
 すると静かに顔を覗かせたのは――

 猫か?
 一見してマリメアが連れてきたケット・シーかとも思ったが、どうやら普通の猫のようだ。

 しかし全容があらわになった時、その言葉を使ったのが早計だったと知ることになる。

 尻尾が2本?
 いや、よく見れば1本が途中で枝分かれしているのか。
 試しにそっと手を差し出してみると再び物陰に隠れてしまうが、また姿を現した時にはなぜか足元まで擦り寄ってきた。
 鼻をひくつかせていたから匂いを嗅いでいたようだが、その行動にどういう結び付きがあるのだろうか。

 それにしても体は汚れているし、かなり疲れきっているのがはっきりと見て取れる。
 なんとなく懐いてくれたみたいだし、このまま放っておくわけにもいくまい。
 小さいながらも自室には浴室が備えられているし、今日の仕事のおかげで俺もこいつと同じ状態だ。
 ついでだから一緒に入れてやるとするか。



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