亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に
第49話 失踪
スクレナの口から出た突拍子もない依頼に頭の中の整理が追いつかず、俺はつい言葉を失ってしまった。
確かに「少女を蘇らせる」と聞こえたが、この流れから察すれば該当するのは俺の知る人物だろう。
そしてそれは突きつけられた当人も同様のようだ。
しばらく周囲のピクシーたちの声だけが響く中で、自慢であろう思考回路を停止していたキャローナは、ふと我に帰るとただひたすら首を横に振るだけだった。
「えと……確かにこの世界には命工術というものが存在するようですが、それはあくまで遺体から不死者を作り出すというだけ。意志を持った人間を生き返らせるなんて、それはもはや生物の領域を超えていますよ」
「当然我とてそれくらいは承知しておる。だがお前の知恵を絞れば完全にとは言わずとも必ず解決策を導き出せるはず。成功すればこれがいずれ強国を討ち崩す楔のひとつになるやもしれんのだ」
しばらくキャローナは首をもたげ、腕を組みながら難しい顔でただ唸るばかりだった。
内容を考えれば無理もない。
言わせてもらえば真剣に悩むこと自体が時間の無駄だ。
しかし何が彼女に決断をさせたのか、閉ざされていた両眼を静かに開くと渋々といった感じに頷く。
主の押しに観念したというよりは、先のスクレナの言葉に思うところがあったように感じられた。
「分かりましたよ。兎にも角にも、工房に戻ってその石を徹底的に分析してみないと何も始まりませんけどね」
そう言いながらキャローナは、腰から下げたポシェットから小さなガラス瓶を取り出して中へ入れるように促す。
「再会して早々にこのような難題を押し付けて申し訳ない。今は謝辞を述べることでしか礼を尽くせぬのもどうか許してほしい」
「別にいいんです。あなたに仕えると決めた時から、こういうのが私の使命なんですし。それに――」
言葉を区切ってひと呼吸置くキャローナの顔には笑みが浮かぶ。
どことなく憂いを帯びた寂しげな、そんな笑顔をだ。
「私は戦場に立つ力がないから、勝ち目が薄いと分かっていた戦へ赴くみんなを見送るしかなかった。だからこそ余計にこれまでの時間が果てしなく感じられたのでしょうね。ずっと辛い後悔の念に苛まれていたのですから。みんなと共にいるうちに、ほんの些細な勝機でも見いだせるようもっと出来ることがあったのではという後悔に」
当時の戦況も、その後の仲間の足取りも分からないまま残された者が抱えていた苦しい胸の内を聞いて、スクレナの顔にも同様の表情が浮かんだ。
これまで出会った従者たちと同様に、キャローナもまた自らの益の為だけに付き従っていたわけではないということが伺い知れる。
「彼女、いい奴だな。何だかんだとこんな頼み事を引き受けてくれるなんて」
「ああ、それにこういった分野に限っては誰よりも頼りにもなるしな。我の誇れる友のひとりであると素直に言えよう。唯一の欠点を除いてな……」
「欠点?」
その一言が気になってふと正面のキャローナに目を移した途端に思わずたじろいでしまった。
妙に顔が近いというか、なんだか過度に見られているような気がする。
かと思えば体を引いて品定めをするように全体に視線を注がれたりと妙な行動を。
「あの……何か?」
「え? ううん、ごめんね。そういえばここに来ていきなり悶着を起こしちゃったから、お互いに紹介がまだだったよね」
「ああ、俺はエルトだ。数年前にスクレナと契約を交わし、それ以来行動を共にしている。キャローナ、君のことはさっき少しだけ耳にしたよ。なんでもあのアシュヤ人だとか」
俺はここがタイミングと見計らって、いまだに残されたままになっている謎を聞き出すことにした。
彼らが創造したレクトニオを見れば、アシュヤが今の世とは比較できないほど高度な技術を有していたことは明白だ。
そんな文明が滅びるほどの厄災からどうやって生き残ったのかと。
「当時のアシュヤ人たちは自分たちに降りかかる危機を察知して、事前に計画を練っていたの。方舟を建造して海を渡り、新天地へ移住するという計画を」
聞けば打つ手がなさそうな状況を容易く回避するとは、伝承に違わぬ知能と技術力といえよう。
おかげで故郷はなくなったが、多くの人が無事に生き残れたというわけか。
「大まかな流れを語る分にはそう聞こえるでしょうけど、人員や資源、時間など、準備の段階から莫大に要求されたし、生存者だって費やしたものに見合った数とは到底言えない結果だったの」
話の途中でキャローナは大きな息をひとつ吐いた。
それが区切りの深呼吸なのか、物憂げな溜息なのかは定かではない。
「完成した船の数が圧倒的に足りなくて選別から漏れた者、生まれ育った土地で生涯を閉じることを自ら決心した者、長く過酷な旅路の中で命を落とした者……結局のところ目的地にたどり着けたのは全体のほんの3割程度だったのよ」
一体どのくらいの人が犠牲となったのか。
自分が生きるこの時代の世界に置き換えてみても想像がつかない。
分かるのはただ、惨憺たる光景がそこにはあったのだろうということだけだ。
口から言葉を発するごとにキャローナが目を伏せる気持ちも痛いほど理解できる。
「なーんて! 実は私、それからけっこう後の世代に生まれたから全部聞いた話でしかないし、大して感傷に浸ることもないんだけどね!」
突然顔を上げたかと思えば、満面の笑みで両腕を広げながら肩をすくめるキャローナ。
壮絶な史実を趣味の悪い冗談にできるあたり、悲観していないのは本当のことのようだ。
「そんな目で見ないでよ。私だって元の家に帰れなくなった不憫な境遇なんだから」
そうだ。そういえばまだ歴史の表舞台から姿を消したアシュヤ人の彼女たちが、なぜ再び現れたのかを聞いてはいなかったか。
「さっきも言った通り、私たちの世代が生まれたのは厄災からかなりの年月が経ってからだったの。だからその頃になると一族の意見は見事真っ二つに分かれていたわ。今の土地に留まるか、かつての故郷に帰還するかってね」
なるほど。今の言葉を聞いてだいたいの経緯を予想することが出来た。
「そう、私も帰還することを望んだの。アシュヤが全盛だった頃の地を見てみたいという気持ちも当然あったけど、このまま何も手を打たずに人口が増え続ければ、いずれ新天地の資源が枯渇する可能性があることを知っていたから。だから思想を同じくする者たちと協力して新しい方舟を製造したってわけ」
するとキャローナは再び大きな溜息をついてから項垂れてしまった。
見る限りどうやら今度は本当に気落ちしているようだ。
「過去の技術士たちが遺した設計図に基づいて完成させたんだけど、私たちには同等のものは造れなかった。ううん、決して腕が劣っていたわけじゃないという自負はあるわ。考えられる原因はズバリ素材ね。問題となる資源の乏しさから来る質の悪さや、土地柄入手が不可能だった為に代用を余儀なくされたから。おかげで命からがら目的地に辿り着くことができたものの船が大破して……後はご覧の通り」
キャローナの自嘲と共にここまで抱いていた疑問がようやく解消することが出来た。
――が、今度は別の理由で俺は首を捻ることとなる。
十分な質の素材をこっちで揃えられるなら、もう一度船を造ればいいのではないか?
そうでなくても今の時代、客船や漁船でさえ大抵の場所へ行くことが出来るんだ。
もしくは完成品を入手するのもまたひとつの手だと思うんだが。
「それが今度はこっちには必要な設備がなかったんだよ。えっと……私たちが乗ってきた船はたぶんエルトが頭に描いているものとは全く別物だと思うな。だって、アシュヤ人が移住した先はそう簡単には行き来できない場所なんだから。音のない『純黒の凪』を航行できない限りはね」
そんなことを言いながらキャローナは自身の人差し指を上へ向ける。
その先が示すのは天井、空……いや、なんとなくだが、さらに遥か先のように感じられた。
「キャローナ、君たちは一体どこから……?」
「そうだねぇ、この世界は君が思ってる以上にどこまでも広がっているとだけ言っておこうかな」
問いかけに対する曖昧な返答に俺が眉をしかめると、キャローナはニカッと笑う。
それが何かよからぬ意図を含んでいる怪しげな笑顔だったものだから、思わず後ずさりしてしまった。
「やっぱ知りたい? だよね。続きが気になるなら私の部屋でゆっくり話してあげるよ」
なぜそんな回りくどいことをするんだ?
一言答えをくれるだけなのだから、この場での立ち話も苦ではないのだし。
その時、真意を掴めずにいる俺の横を黒い影が不意に横切った。
何を思ったのか今の発言に詰め寄るスクレナだったが、キャローナは突き出した手のひらで制する。
「ねぇ、スクレナ様。今回の依頼に対する報酬をまだ伺ってませんよね? だったらここに滞在している間だけでいいから彼をお借りできませんか? 難しい作業になるから助手が必要ですし、貴女もどうせこっちの世界なら自由に行動できるんでしょう?」
「何が助手だ! 見え透いた嘘をつきおって。お前の魂胆なんて分かりきっておるわ!」
魂胆とは?
聞いた限りでは至極もっともな理由だと思うんだが。
「アシュヤ人は過酷な環境に置かれてきたせいで非常に生殖本能が強くなっているのだ。2人きりになんてなったら見境なく襲ってくるに違いないぞ。これこそ他種族から見た際のこいつの欠点と言えよう」
何もそこまでウサギに類似することないだろうに。
「それは聞き捨てなりません! 見境ないっていうのは訂正してください! いくらなんでもちゃんと水準というものがあるんですから。それに私は純粋に労働力を必要としているだけなんです。この真剣な目を見ても信じられませんか!?」
しばらくの間、どちらも沈黙したまま互いに睨み合う。
だからこそ見逃すわけもなかった。
耐え切れなくなった様子のキャローナが目を細めながら視線を横にズラしていくのを。
「そんな欺瞞に満ちた目から何を信用しろというのだ! よいか、第一エルトは物ではない! 報酬の対象とすること自体がありえんことだ」
「今確かに物じゃないと言いましたよね? なら本人に選択を委ねましょうよ。主であるスクレナ様が一個人として扱うのなら当然彼の自由意志を尊重しますよね?」
勝利を目前にして畳かけようとするも、相手に逆転の一手を与えてしまいスクレナは狼狽する。
それから2人は揃ってこちらを向いた。
一切言葉にはしないが、自分に何を求めているかは痛いほどに伝わってくる。
「まぁ、俺が力になれることがあれば喜んで手伝わせてもらうよ。ただし《《そういうこと》》は抜きにしてだけどね」
「そら見ろ! 思い知ったか! そもそもからして我の所有物に手をつけようなど図々しいにもほどがあるのだ」
お前……ふんぞり返って息を吹き返すのはいいが、さっきと言ってることがまるっきり違うぞ。
それにこんな稚拙な言い争いを目の当たりにしたせいで、再会直後に見せた美しい絆が台無しじゃないか。
きっと心を振るわされた自分が馬鹿だったと割り切った方が気は休まるのだろう。
「そんなぁ……こんな状況下じゃまともな相手が現れる機会なんて滅多にないのにぃ……」
というか、やっぱり邪な目的があったのか。
スクレナと旧知の仲では初めて規格内かと思っていたが、彼女もかなり癖が強そうな感じがする。
加えて他の奴らが合流してきたら一体どんな反発が起こるのか、今から危惧せずにはいられないな。
◇
「リリー! リリィーッ!」
建物が密集する帝都内には似つかわしくない豪華な屋敷。
堅牢な塀に四方を囲まれた広場のような庭には、絶えず誰かの名前を呼ぶセリアの姿があった。
これほどの規模を有していながら、ここが聖女の為だけの本邸であるというから驚きだ。
本来なら養子に入った貴族の邸宅に住むべきなのだろう。
だが有事のことを考えれば帝都に常駐するのが最適という判断のもと、こちらに留まっていた。
もっともそれは単なる理由付けである。
養子とはいえ、国の都合や様々な思惑が入り混じった中で組まされただけの縁なのだ。
少なくともセリアからすれば表面上の家族でしかない。
独りで暮らしていた方が無用な気遣いをしなくていいため、快適さにおいてはこちらに分があるくらいだ。
そうは言っても全く孤独を感じないのかと問われれば、聖女は首を横に振るだろう。
警護の者や世話役の使用人など多くの人間がこの敷地を出入りするが、こちらはこちらで任務や仕事以上の感情を持ち合わせていない。
それぞれに役を与えられ、まるで舞台の上で演劇をさせられているような生活に耐える為、心を空っぽにする時間は日に日に増すばかり。
そんな時に偶然の出会いを果たしたリリーをセリアはこの屋敷へ迎え入れた。
友人として、家族として。
一方的な思い入れだったかもしれないが、心を許し、愛情を持って接していた。
だからこそ時には周囲の者には決して言えず、自分の胸中に留めていた秘密を吐露することも。
リリーは頷きもせずに黙って耳を傾けていたが、それだけでも幾分気を紛らわす手助けをしてもらえた。
だけどある日突然、彼女は置き手紙を残して姿を消してしまう。
自分の意思でこの屋敷を離れたいというのならセリアに止める権利はないし、本人もそれは承知の上だ。
そう頭で理解はしていても、自身が抱く懸念のせいで行動せずにはいられなかった。
あの子は容姿が少し変わっているから、ある種の嗜好を持ち合わせている者は喜んでお金を積むだろう。
世話になったことへの感謝や、「会いに行かなければいけない人がいる」と綴られたこの手紙も犯人が偽装したもので、実の所リリーは何者かに連れ去られたのではないかと――
そんな懸念だった。
だけど内容の中には彼女以外には話していない事まで記されている。
それでもセリアが頑なに自分の憶測を払拭できない理由はひとつ。
リリーは絶対に手紙を書くことが出来ないからだ。
なぜなら……
――セリアが溺愛していたリリーは猫なのだから。
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