亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に
第35話 優しいお兄ちゃん
「レクトニオはインゲニウム・ゴーレムと呼ばれる、アシュヤの者たちが自らの技術を結集して作った最高傑作だ」
スクレナにこの者の詳細を聞いてみれば、余計に説明を要する結果となる。
「アシュヤというのは我が生まれるよりもずっと昔に存在していた文明だ。彼らが持つ技術は今の時代と比べても遥かに高度であったと言われている。大津波に飲まれたとか、都市ごと空に打ち上げられたとか諸説あるが、とにかくある時から唐突に表舞台から姿を消しておる」
その文明のことは少しだけ聞いたことがある。
幻の都と言われるほど朧気な話だから、信じている者も多くはないが。
とはいえ同じような存在の女王様が目の前にいるんだ。
それが真実だと説かれても疑念は湧いてこない。
「そしてインゲニウム・ゴーレムというのは強力な魔力炉を搭載した自律型兵器。様々な武器を搭載したこの一機だけで、敵軍の独立大隊2つが壊滅に追い込まれたこともある」
なんとも物騒な話だが、この外見から窺える技術を思えば眉唾でもないのだろう。
今の世界の祈祷師が作る土や岩のゴーレムを何度か見たことはある。
だがどれも繊細な動きが出来そうにもない四肢に、頭に見立てただけの突起。
このレクトニオに比べたらお粗末と表現しても差し支えないほどだ。
「我らが出会ったのは他の闘将たちとハイキングに行った時――」
おっと、いきなり意外なワードで回想が始まったな。
「この遺跡のように山肌が露わになっている箇所からこいつの腕が突き出ていてな。気になって掘り起こし、急ぎ城へと持ち帰ったのだ」
なるほど、それで修理をして助けてやったというわけか。
「いや、塔の上に避雷針として設置してみたのだ。そしたら上手く雷が落ちたのだが、どうやらその衝撃で目を覚ましたらしくて」
お前は製作者に土下座して謝れ。
しかしそうは言っても、先の武勇はこいつが万全ならではの話でしかない。
俺の目に映る限りでは、もう完全にただの金属の塊に成り果てているし。
「おそらく皆が散り散りになった後も戦い続け、そしてこの地で朽ちたのだろう。レクトニオ……大儀であったな」
従者の労をねぎらうよう口元に浮かんだ笑みとは裏腹に、その目は寂しげだった。
そんな複雑な表情が、スクレナの胸の内の悲しみを際立たせる。
「デリザイトたちと何事もなく出会えた故に、それがどれだけ奇跡的なことであったか忘れておったようだな。さて、我らはもう行くとするか。マリメアを長らく待たせたままにしておくのも申し訳ないからな」
いつもの声色で話す様は、思いを払拭しようとしているのだろう。
そして俺たちがこれから成そうとすることの為に、早々に気持ちを切り替えようとも。
「お待ちください、スクレナ様! 我々の教えでは貴方様はこの世界の――」
「何を信望するかは貴様らの自由だ。だがそれを押し付けられる覚えはない。我らはただやりたいことをやるだけなのでな」
そう言ってスクレナは部屋を後にしようとする。
しかし本当にレクトニオは置いていっていいのか?
亡骸のようなものだが、この体には未知の技術が多く詰まっているんだろう?
変な輩が悪用しないとも限らないんだし。
「よいのだ。どうせ今の世界の技術力では指1本動かすことすら難しいのだからな。それにここは奴が最後の地と決めた場所。なればこのまま眠らせてやるのが手向けとなろう」
再び出口に向かって歩き出すスクレナの背をシェーラが追いかける。
俺はしばらくの間レクトニオへ目を向けてから、踵を返して2人に続こうとした。
――ガシャン!
ほんの一瞬だけ、まるで金属が振動するような音がして足を止める。
だがそこには同じ体勢のまま、静寂を保つゴーレムが一体佇んでいるだけ。
俺は首をかしげた後に気の所為だと自分の中で結論づけると、既に1人きりになった部屋の出口を目指した。
◇
街への帰り道では、スクレナの後ろを無言のまま歩いていた。
ここから見える背中が丸まっているような気がして、何だか声をかけづらかったからだ。
確かにレクトニオの前では、気分を盛り立てようという努力は見られた。
しかし表面上はともかく、根っこの部分ではそう簡単にいかないのも無理はない。
「やめて! 来ないで!」
唐突な悲鳴を聞いて、振り返るスクレナと視線だけで意思交換をする。
そして街道を外れ、声が上がった方へと駆けていった。
岩陰から様子を覗き見れば、3人の男が地面に座り込んだ少女を見下ろしている。
年齢は12歳くらいだろうか。
金色の髪を左右で三つ編みにしていて、まだあどけない顔は絶望によって曇らせていた。
「お嬢ちゃん、可愛いお胸にあるその綺麗な石をおじさん達に見せてくれるかなぁ?」
前列に立つ片側男は中腰になる。
そして諭すような口調の中に下品さを織り交ぜて、少女のペンダントを指さした。
どうやら奴らは、透き通るようなライトブルーの石を所望しているようだ。
丁寧に加工されているから、ちゃんとした職人によって作られたものなのだろう。
なかなか値の張りそうな一品ということは素人目でも分かる。
「別に取って食おうってわけじゃねぇんだ。お嬢ちゃんがもう少し大人だったら話は別だけどな。そいつを渡してくれればすぐにどっか行くからさぁ」
「えへへ……おで……これくらいの子でも大丈夫」
背後にいる巨漢の発言に、仲間の2人は怪訝な顔を見合わせる。
「寧ろ……これくらいの子……いい」
「し、知らなかった……おめぇ、そういう趣味があったのかよ」
「いやぁ……」
少し引いた感じを見せる2人を押し退けるようにして、巨漢はゆっくりと少女へ歩み寄っていく。
おさげの子はその度に這うように後退していくも、やがて背に岩が接することで逃げ場を失った。
男の両手が伸びるのを見て、大きな声で叫びたかっただろう。
だけど恐怖のあまり絞り出すことも適わないのか、少女は体を強ばらせるだけだった。
それでもこの状況を目にしている者へ伝えるには十分すぎる。
自分が助けを欲しているということを。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
いささか不安ではあるが、こんな感じでよかったのかな?
こういうシチュエーションで助けに入るということには慣れていないのだけど。
声も少し上ずっていたし、やっぱり違うような気がしてきた。
「な、なんだお前ら!?」
ああ、返しに困る質問だ。
強いて言うなら、俺たち2人の間の空気が重たかったから何かしらで紛らわせたかった者と言うべきか。
「何をわけの分かんねぇ……うっ!……」
俺が距離を詰めるごとに気圧されるように、今度は賊が後ずさりする。
これはひょっとして戦士としての貫禄がついてきたということなのか。
すごいオーラが体から滲み出ているとか。
だけど男たちの視線を辿ってみれば、自分を通り過ぎその後方へ向かっていた。
「我は今すこぶる気分が優れない上に不快なものを見せられたのでな――」
なるほど、後ろの黒ずくめの女に恐れ戦いていたのか。
「貴様らの腹を割いて臓物を引き摺り出し、3人ひとつに結んで憂さを晴らさせてもらおうぞ」
足元から上に伸びる影が様々な刃物に変化していく。
その光景とスクレナの殺気が相まって、奴らは自らの命の危険を感じ取ったようだ。
「ひゃぁぁあああああ!!」
互いの足を引っ張るように、男たちは我先にと慌てて逃げていった。
物足りなさそうにしているスクレナはとりあえず放っておいて、まだ立てずにいる少女へ手を伸ばす。
一層身を縮めて震わせるが、あんなことがあった直後だし仕方がない。
だが何もしないということを察してくれたのか、おずおずとその手を取ってくれた。
「――痛っ!」
立ち上がろうと地面についた足に力を入れた途端、少女は体勢を崩してしまう。
あいつらから逃げている時に挫いてしまったのかもしれない。
これでは歩いて移動するのは難しいか。
首を突っ込んでしまった以上は、半端に投げ出すわけにもいかないだろう。
どうやら急遽行き先が変更になりそうだ。
◇
「なんで我がこんな小間使いのようなことを……」
「ご、ごめんなさい……」
野イチゴがたくさん入ったカゴを持って、後ろを歩くスクレナが愚痴をこぼす。
すると俺に背負われる少女こと、ティアが申し訳なさそうな顔を向けた。
全くお前は、こんな子供に気を使わせるなよな。
道中で聞いた話では、ティアは時間も忘れるほど野イチゴ摘みに夢中になっていたらしい。
木々に陽光が遮られ、すっかり辺りが暗くなってきた頃だった。
山中でさっきの賊とバッタリ遭遇してしまい、ペンダントを狙われるも転げるように下ってきたとのこと。
足を痛めてしまったのはその時だという。
そして平原に出るとついに追い詰められるが、声を聞いた俺たちの救助がギリギリのところで間に合ったみたいだ。
しかしそこまでして渡したくないとは、かなり執念じみている。
単に高価なものだからというわけじゃなく、他に何か理由がありそうだな。
「このペンダントはね、昨日お兄ちゃんがプレゼントしてくれたの。ずっと帝都に行ってたんだけど、こっちでお仕事があるって急に帰ってきてくれたんだ」
ティアは青い石を自分の手のひらに乗せると、嬉しそうに目を細めていた。
これくらいの年頃の女の子はアクセサリーだったり、化粧だったり、自分を飾るものに興味が出てくるのかもしれない。
「お兄ちゃんってばこういう可愛いものにすごく疎いの。だから本当は帝都で知り合ったお友達に聞いて譲ってもらったらしいんだけど、それでも私を喜ばせようとしてくれる一生懸命な気持ちが嬉しくて」
「そうか、いいお兄ちゃんだな」
「うん! それにこの綺麗な石は強くお願いごとをすれば、どんなことでも叶えてくれるんだって」
俺の言葉にティアは大きく頷く。
なんでも野イチゴを摘みに行った理由も、そのお兄ちゃんの為だったとか。
久々に故郷に戻ってきたから、大好物だったジャムを作ってやりたいらしい。
互いに大切に思い合う、いい兄妹なのがひしひしと伝わってくる。
それからたくさんの兄自慢を聞かされながら歩き続けていると、前方に微かな明かりが灯っているのが見えた。
どうやらあれが目的地、ティアが住む村で間違いないようだ。
さらに丸太を縦に並べた塀が目視できるほど近づいてみれば、門の前には絵に描いたように右往左往する男の姿が。
「お兄ちゃーん!」
おそらくティアの帰りが遅いことを心配して、村の周辺を探し回っていたのだろう。
それにしてもあの大柄な男性……前にどこかで会ったような気がするんだけど……
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