亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に
第30話 キャプテン・ハンガ
日が昇る直前というほどの早朝、現地に集合とのことで俺たちはフィルモスの最寄りの港へ来ていた。
「これから恐ろしい海域へ調査に行くなんて思えないくらい晴れやかになりそうだな」
そんなことを言って、俺とスクレナの隣に立つビアンキが気持ちよさそうに体を伸ばす。
だがそれに対する返事はない。
スクレナが相槌を打ってくれるわけなんてないし、俺は少し前から胸騒ぎがしていたからだ。
俺たちがここに到着したのは時間ギリギリだった。
それから随分と経っているから、もうとっくにみんな揃っているはずなのだが……
辺りを見回しても港にいるのは3人だけ。
一体どういうことだこれは。
「遅いなぁ、あいつら。何やってんだよ」
ビアンキが懐中時計を取り出し、目を落としながら独り言を呟く。
すると直後に姿を現す馬車から、2人の人物が降り立った。
「ごめんなさぁーい、遅くなりましたぁ」
1人は知った顔の男だが、もう1人は初めて見る。
肩にかかる緩くふわっとした明るいブラウンカラーの髪、ヘーゼルの瞳を持つ少し垂れた目。
それに加えて間延びする口調から、おっとりした性格なのが窺える。
そのメリダなる女性が手を振りながら、たわわに実った果実を揺らしながら小走りで近づいてきた。
「やっと来たか……て、スコットとメリダだけ? 他の奴らはどうした?」
「いやぁ、実は……」
スコットは目を逸らしてバツが悪そうにする。
口ごもるばかりの中で、代わりにビアンキの問いかけに答えたのはメリダだった。
「昨晩はいつも仲良しにしてるパーティー、『火中の黄金虫』のマーテッドさんのお誕生日をお祝いしてたんですよぉ。それでみんな明け方までお酒飲んでてぇ、とても船に乗れる状態じゃなくなっちゃいましたぁ」
それを聞いてビアンキは呆然としていた。
無理もない。大仕事を控えた前日にバカ騒ぎをして、挙句に酔いつぶれるなど自覚が足りないにも程がある。
「え? 私……お祝いのこと聞いてない……」
まぁ、理由は全く別のものだったようだが。
気軽に触れてはいけない感じなので黙っておこう。
「わわ! 違いますぅ、教えるのを忘れてたわけじゃないですぅ。ビアンキさんはぁ、お酒が入ると悪ノリして場がしらけるから黙ってようって、満場一致で決まったんですよぉ」
「はは、じゃあ仕方ない……よね。えっと、楽しかった?」
「はぁい! とってもぉ!」
ふざけんなよ! 天気は快晴なのに、早くも仲間内で暗雲立ち込めてるじゃないか!
しかもAランクの依頼を前にしてリーダーがトラウマ必至の精神的ダメージを負わされるとは。
「おいおい、そんな所で騒いでないでさっさと乗船してくれや。もうとっくに出航の準備は出来てるんだからよ」
帆船から渡り桟橋を伝って男が数人歩み寄ってくる。
所々編み込んであるうねった長髪、伸ばし放題になっている口髭、眼帯で覆われている左目。
先頭を歩く者は、かなり独特な容姿をしていた。
「ああ、すまないな、船長。みんなにも紹介しておこう。今回私たちをヴァロックス海域まで運んでくれる、船乗りのキャプテン・ハンガだ」
船乗りって言われても、どう見たって絵に書いたような海賊にしか……
極めつけは左手がフックになっているし。
「へへ、船長はドジっ子でな。料理をしている最中に、こう……ザクッと」
「そうだぞ、失礼なことを言うなエルト。キャプテンは通常の半分の報酬で船を出してくれると言ってくれたんだ。この時代、こんなに優しい人なんていないじゃないか」
そう、いないんだよ! だから怪しいだろ。
だいたいこの顔を見て交渉しようっていうのが間違いなんだ。
仮に襲われたとしても、人数的に後れを取ることはないだろうけども。
「おっと、武器は全部こちらに預けてもらうぜ。それが船に乗せる条件のはずだ」
甲板に降り立った途端に船員に唐突な要求をされる。
「この船の人たちはみんなナイーブで、武装した冒険者がウロウロしていると落ち着かないんだろう。ここはルールに従うんだ」
リーダーを筆頭にこのメンバーを集めて、よくネームドの称号を得られたなと思う。
ギルド側のミスで他のパーティーの書類とあべこべに判を押してしまったのではと勘繰ってしまう。
「よーし、帆を下ろせ。野郎ども! 途中で貴族や商人の船と遭遇したら……分かってるな!」
『ヒャッハァァアアアーーー!!』
見上げれば黒い帆に髑髏のマーク。
もう考えることにも疲れていた俺は、とりあえず事の成り行きを見守ることに決めていた。
◇
陸地が完全に見えなくなってからかなりの時間が経過したが、今のところ航海は何事もなく続いていた。
船員たちが自分の仕事の為に忙しなく行き来している中で、俺はスクレナの行動に付き合わされる。
しばらく足を止めてはまた甲板を歩き出すということを、港を出てからずっと繰り返していた。
初めは船が珍しくて散策しているのかと思いきや、その目は常に大海原へと向けられる。
そういえば昨日は探し物があるとか言ってたっけ。
こんな所から見つかるような物なんだろうか?
「物ではない。我が探しているのは生き物……正確にはその生き物と共にいる者だがな」
海にいる者――
まさかセイレーンにでも会おうってのか?
それならそれで美しいと言われている歌声を一度は聴いてみたいものだ。
「船を難破させられた挙句に食い殺されたいのなら好きにしろ。何なら特別にこの我が美声を披露してやってもよいぞ。これまで聴いた者たちは皆例外なく感涙しておったものだ」
「うん……また今度ね」
それは本当に感動の涙だったのかな。
勝手なイメージだけど、こいつの口からは鋼板を爪で引っ掻いたような悲惨な音が出て、そのまま鎮魂歌になりそうだし。
「エルトさぁーん、レイナさぁーん」
名前を呼ぶ声に顔を向ければ、そこにはスコットと、乗船してすぐ互いに挨拶を交わしたメリダが。
「船酔いとか大丈夫ですかぁ? 具合が悪くなったりぃ、怪我をした時にはすぐ私に言ってくださいねぇ」
「メリダは俺たちのパーティーの回復役なんだ。頼りにしてくれていいよ」
それは頼もしい。
治癒を受け持つ者が1人でもいれば、それだけでパーティーの生存率はかなり違うからな。
「昨日のうちにポーションも薬も包帯もいーっぱい買っておいたのでぇ、安心して任せてくださぁい」
メリダは中からガラス瓶の音が聞こえる大きなバスケットを胸元に掲げる。
意外にも用心深い性格なのだろうか、予備にしては多すぎるような。
治癒魔術があればそこまで用意する必要もない気が。
「魔術なんて一切使えませんよぉ。あ、恋の魔法なら得意だぞ! えい!」
そう言いながらメリダは俺の胸の中心を人差し指でつつく。
おかげで無性にサメに餌を与えたくなる魔法にかかってしまったみたいだ。
なるほど、思えばスコットはあくまで『回復役』としか言ってなかったか。
「見えた! 海鳥の巣だ!」
唐突に叫ぶ見張り台の上の船員が指差す方向を見れば、広範囲に及ぶ巨大な雲が。
黒い塊の中で不規則に灯る光によって、その下がどれだけ危険であるか安易に想像できる。
到達する時間が予定より早かったことが、この海域の不可思議現象の真実味を物語っていた。
「よし、では乗組員のみんなはそのまま安全な距離を保って操船してくれ。その間に私たちは周囲の調査を始めよう」
リーダーのビアンキがそれぞれに指示を出すも、船はこちらの思惑通りに動いてはくれなかった。
「キャプテン?」
「ひゃああああん! 助けてくださぁい」
急な悲鳴に振り返ると、船員がメリダの首に腕を回してサーベルを突きつけている。
この彼女の危機的状況を見て、どことなく胸がスカッとしてるのは気のせいなのかな。
「どういうことだ! これは!」
すぐにその他大勢の船員たちに囲まれ、丸腰の俺たちは一斉に武器を向けられる。
「ガハハハハ! ヴァロックス海域へ行きたいなんていう物好きな冒険者を都合よく見かけてな。これ幸いと利用させてもらったぜ」
「なんだと!? 私のことを騙したのか!」
もう演劇のお決まり展開を見ているようで、俺の中には「ですよね」の一言しかなかった。
あまり驚いていないスコットの様子を見ていると、普段強いられているであろう苦労が想像できて不憫になる。
「お前たちには俺の復讐に付き合ってもらう。あの魔の海域の中でな」
遠目に見ていた雲の大きさが少しずつ顕著になっていくことから、ハンガの言う通り海鳥の巣へ航路を取っていることが分かる。
さすがにあの中に入るのは勘弁願いたい。
それを阻止する為に思案を巡らせていると、隣のスクレナが肩を置いて制した。
「待て、この状況は我にとっても都合がよい。このまま奴らを泳がせておけ」
このままだって?
それは海域に突っ込むってことだよな。
荒れた海面によって不安定になった足場の上で隙をつこうっていうのか。
そんな回りくどいことをしなくても、お前の魔術ならこれくらい一掃できるだろう。
「この話を聞いた時、海域の近くに行けばもしかしたら尋ね人が見つかると踏んでおったがな。どうやらその為には中へ入らねばならぬようだ」
迷い込めば二度とは戻れない、海の墓場とも言える場所にいるのは一体誰なのか。
太陽の光が遮られ、薄暗くなっていく周りの景色に、俺は思わず息を飲んだ。
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