亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に

宗岡 シキ

第21話 モンテス山奪還戦


「展開!」

体を少しでも大きく見せる為の房飾りがついたヘルメット、胴には革鎧、そしてすね当てを装備したケット・シーたちは、スクレナの掛け声で黒いホプロンを構えて密集隊形を構成した。
最前列の者たちは間から槍を突き出し、2列目以降の者たちは盾を頭上に水平に掲げる。

敵側の数が約500なのに対して、こちらは実際に戦士として戦える数は約400。
村に食料を盗みに行くのとは訳が違うのだから仕方がない。
もちろん経験がなくとも武器を取ると決断した者も多々いたが、その申し出を断ったのはスクレナだった。
この人数でも十分だと。

戦場は見晴らしのいい平原だ。
シンプルに数が多いほど有利になるこの状況で、スクレナが出した指示は戦力の集中による短期決戦である。
先の口による前哨戦はその為の布石の意味も込められていた。
部下の軍人たちに戦う目的を喪失させることによって、俺たちは大将を討ち取れば確実に終戦へ導ける状況に持っていった。
そう、周りには目もくれず、ルナ1人に狙いを定めて全神経を注げばいいのだ。

だがこちらは隊形を崩さずにその場にじっと留まる。
そうこうしているうちに、帝国側は弓兵による一斉射撃を仕掛けてきた。
上空から無数の矢が降り注ぐが、ケット・シーたちには1本たりとも届くことはない。
ほとんど隙間なく盾で守りを固めているというのもある。
しかし盾が黒いばっかりにこの暗闇の中、離れた場所にいる帝国軍人たちにはこちらの姿があまり見えていないだろう。
距離感や方向が掴めずに、矢のほとんどが的外れな地面に突き刺さる。

「ほんっとに、クソほども役に立たないわね。あんた達は」

ルナが自分の胸の前で腕を交差させると、いくつもの魔力の弾を頭上に浮遊させた。
それから杖を振りかざすと、密集したケット・シーたち目掛けて襲いかかる。

「自動追尾か……キャスター部隊、魔法障壁展開!」

スクレナの掛け声の後に複数の魔術士が全体を囲むように障壁を張ると、魔力弾は目標に届くことなく遥か手前で爆散した。

「チッ……小賢しいわね。だったらこれはどう?」

次にルナは両手で杖を縦に持ち、目を瞑って顔の前へと持っていく。
すると上空には自らの魔力で作り上げた炎の玉が現れた。

「一塊になって防御を固めているようだけど、こっちからしたら一網打尽に出来るいい機会なのよ。みんな仲良く蒸し焼きになりなさい!」

まるで太陽のような巨大なエネルギーの塊は、聖魔道士が詠唱を続ける度にさらに膨れ上がっていく。
あんなものを落とされればケット・シーは姿も残さず蒸発してしまうことだろう。

だが、俺たちの手もようやく次の段階に進められた。
既にお前たちの中には小さな刃がくい込んでいたんだ。

「うわっ!」

「な、なんだ!? いつの間に!」

帝国軍人たちの一部は慌てふためきながら隊列を崩していった。
攻撃を加えながら敵陣を走り回るのは味方の伏兵だ。
暗い毛色の者を集め、黒い革鎧とダガーを装備させたケット・シーたち。
敵が前方の相手に集中している間に両脇に回り込ませ、目を盗んで集団の中へと潜り込ませていた。
どんなに素早い動きをしても、足音がしないというケット・シーの特性があれば難しいことではない。
おまけに頭を下げて視線を下に向けさせないように、こちらは矢も放たずに耐え忍んでいたんだ。
執拗に攻撃を受ける各所の軍人たちが暴れることにより、その混乱は波紋の如く徐々に周囲に伝播していく。
これこそが皆が待ち望んでいた好機。

「重装騎兵隊、整列!」

戦況を見て次に出てきたのは、全身をプレートアーマーで覆い、ランスを手にする兵士たち。
最大の特徴は鎧や鞍を身に付けた、ドードーという地面を走る鳥に跨っていること。

「突撃!」

それらがスクレナの号令と共に、この機に乗じて一丸となり駆け出す。
狙うは一点、ルナのみだ。
後方に紛れていた者たちに気を取られていた前衛付近の一部は、こちらの動きを把握するが時は遅かった。

体勢を立て直す間もなく槍と盾、両陣営が激しくぶつかり合う。
騎兵隊は半ばまでくい込むことは出来たが、体格差による重さが足りずに突貫は止められてしまう。
すぐにランスから予備武器の剣へ持ち替えると、今まで微動だにしていなかった歩兵たちは既に一斉に走り出していた。
そして空いた空間へ敵が侵入するのを防ぐ為に盾を使って蓋をする。

全員で切り開いた1本の道。
長さはこれで申し分ない。
俺はスクレナの隣を離れて失踪すると、攻め入っている自軍の兵士たちは1人が通れる分のスペースを作る。
そして最前線の騎兵隊のすぐ背後に到達するなり上空高く跳躍した。
一様に顔を上げる帝国軍人を眼下に見ながら剣を掲げ、放物線の先にいる女に狙いを定めて振り下ろす。

だがその一撃が届くことはなかった。
魔力による障壁によって受け止められたのだ。
視線だけをこちらに向け、口元を緩めるルナ。
「あんた達がいくら頑張ったところで全部無駄」と、そう言いたげな表情を浮かべていた。

――まだだ。みんなが繋いだこの刃は決して軽いものじゃない。
デリザイトと戦った時のように、俺は魔力を腕と剣に全て注ぐ。

「……えっ!?」

自分への脅威を阻む壁が音を立ててヒビ割れていくことに、ルナの顔からは驚きが見て取れた。
いける! 俺の中にはそんな思いが浮かぶ。

「ふーん、予想してたよりはやるみたいじゃない」

動揺は一瞬だけのことだったようで、ルナの様子はすっかり元に戻っていた。
どうやらその余裕は口ぶりや表情だけというわけではなさそうだ。
ルナは障壁を二重、三重に展開させると、それらを1つに重ねていく。
輝きを増した壁は破損箇所の修復だけに留まらず、より強固なものへとなっていた。

炎の細剣フレイムレイピア

そして今度は炎で形作られた細剣をいくつも宙に作り出し、こちらに向かって飛ばしてくる。
俺が躱しながら距離を取ると、聖魔道士は勝ち誇ったように笑っていた。

それにしてもルナの奴――
未だに大きさが増している炎の玉に一瞬視線を移す。
詠唱は続いているはずなのに、喋ったり他の魔術を使ったりしていたな。
おそらくだが「精神詠唱マインドスペル」を使っているのだろう。
言葉にするのではなく、心の中で呪文を唱えることで魔術を発動させる能力。
とはいえ、他のことを同時に行いながらなど相当な集中力がないと不可能だ。
聖魔道士と呼ばれるのも伊達ではないということか。

ルナの人となりはともかく、その技術と才能には感心させられる。
だけど先にも言った通り、ここは簡単に尻尾を巻いていい場面ではない。

俺は右肘を上げると剣を水平に構えた。
重心をやや後方へ落とし、魔力を付与する部位も変化させる。
両足と切っ先のみだ。
その状態から狙いをつけて踏み出し、適切な間合いに到達したところで障壁に剣を突き刺す。
刃が触れた部分の壁に激しく閃光が走り、攻撃は受け止められた。
だけどその勢いはまだ死んではいない。
より凝縮させて密度を上げた魔力をぶつけているんだ。
しかもさっきのように叩き割るのではなく、ほんの少しの風穴を開けるだけ。

「はぁあああああ!!」

先端が僅かに内側に入り込むと、そこから亀裂が走ってさらに深く沈んでいった。
迫りくる刃をルナは横に身を翻すことで避けると、肩をかすめて地面に倒れ込む。
すぐに追撃を試みるも杖を振ったルナに熱風による衝撃波を起こされ、不意をつかれた隙に手の届かない場所まで逃げられた。
ルナはしばらく目を伏したまま口を噤んでいたかと思えば、急に天を仰ぎながら、わざとらしく大きな溜息をつく。

「あー……本気でムカついた。ムカつくムカつくムカつく! 詠唱が途切れたから全部台無しになったじゃない!」

言われて目を向ければ、玉はまるで溶解する鉄の塊のように崩れ落ちていた。
どうやらルナの魔術の妨害には成功したみたいだな。

「しかも今のショックで唐突に思い出したわ。あんたに付きまとっていた男でしょ? やっぱあの時に愚民どもの目なんか気にせずにしつけとくべきだったわね」

もっと捲し立ててくるかと思ったが、意外にもすぐに冷めたような口調で淡々と話してくる。
こいつにとっては寧ろそれが不気味なのだが。
俺が訝しげな顔をする一方で、ルナは自分の胸の中心辺りを人差し指で軽く叩く。

「でも今の攻撃、躊躇なく私の心臓を貫きにきたのだけは見直したわ。悔しいけど……かなり感じちゃった」

「お褒めに預かり光栄だな。でも本当のところは感じたんじゃなくてチビっただけじゃないのか?」

「ふん、ピーピー泣きじゃくってただけの男が。随分と返しが上手くなったじゃない」

ほとんど本能的なものだったけどな。
あの瞬間、なぜか聖魔道士を生かしておいてはいけないと、体が勝手に動いていた。
恨みとかそういう感情的なものではない。
心の奥底に絡みつく、自分に課せられた使命のようにも感じた。

「とにかく、お前を倒せば利用されていただけの部下は自ずと止まるんだ。ここで全てを終わらせる」

「バーカ、何いきがってんのよ。結局この場にいる全員が束になろうと私には適わないんだから」

尚も余裕を見せるルナは腰の横につけたポーチから何かを取り出す。
その正体を把握した途端に、俺は全てのケット・シーたちに叫んでいた。

「全員この場から引くんだ! 早急にスクレナの元に集合しろ!」

切り札というにはこれ以上ないものをルナは手中に収めている。
見間違いであってくれという願望に縋るには衝撃が強すぎだ。

戦争において両者の状況を一遍にひっくり返す魔道具、召喚石だったのだから。

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