亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に
第20話 舌戦!スクレナVSルナ
翌々の夜、俺たちはケット・シーたちを率いて出陣した。
1日置いた理由は準備に費やした為というのもあるが、もう1つはルナの到着を待っていたからだ。
その前に帝国軍が森林の入口付近に建てた分屯地に攻め入って、挟撃という形になってしまったらたまらない。
そして夜を選んだのはこちらの優位性を上げる為。
辺りが暗くなれば夜目の利くケット・シーの方に分がある。
それに日が落ちれば闇の魔素が充満し、スクレナが体内魔力を消費しても新たに取り込むことが出来るからだ。
もっとも本人が直接的に手を出すのは本当にもしもの時だけとのこと。
あくまでケット・シーたちが自分たちの力で勝ち取る。それを望んでいるようだ。
分屯地とは言っても、建物も塀も有り合わせの木材で作られたような粗末なもの。
その建物の外観を見て、スクレナはさらに何かを察したように口元を緩めた。
猫妖精軍と帝国軍の睨み合いは少し前から既に始まっている。
闇に紛れて奇襲をかけなかったのも何か理由があるらしい。
「我はアイロス王国に住まうケット・シーの代表である! 此度の一件について申し立てに来た! ここの指揮官と話がしたい!」
スクレナが軍人たちに向かって叫ぶと、皆一様にざわついて戸惑いを見せる。
なんだか呼びに行くことを押し付け合うように互いに目配せをしていた。
「なーに? もう寝ようとしてたんだから騒がしくしないでくれる」
整列していた者たちが1本の道を作ると、そこを気だるそうに背の低い女が歩いてくる。
決して忘れもしない顔が俺の中の憎しみを駆り立てる。
こんなことをしておいて、相も変わらずのうのうとしているのが尚更だった。
「あら? 野良猫たちが揃いも揃って。自分たちから処刑されに出向いてくるなんて殊勝なことじゃない」
「これだけ武装している姿を見てその言葉とは、判断能力の欠けた指揮官の下では部下も苦労するんじゃないか?」
にやけ面は消え、ルナは眉をしかめて明らかに不機嫌になる。
俺はケット・シーたちより一歩前へ出ると、3年ぶりの対面を果たした。
「久しぶりだな、ルナ。汚して履けなくなった靴のことをずっと謝りたかったんだぜ」
もちろん皮肉だ。
謝罪する気なんて更々ないけどな。
当のルナは眉間に刻んだ皺は変わらないが、それは不機嫌というよりは訝しげな感じだった。
「あんた誰?」
ルナが口にしたことは俺に対する報復ではない。
本当に忘れてしまっている。そんな表情していた。
数年前にほんの一瞬顔を合わせただけ。
普通ならそんな人間の顔など覚えている方が稀だ。
それでも衝撃的な顔合わせだったから印象に残っているはずとも思ったが。
しかし胸クソ悪いことに、こいつにとってはあれは日常的なものだったのかもしれない。
どこまでも腹の立つ奴だ。
こうなったら意地でもこの戦いの中で思い出させてやる。
意外な形でモチベーションが上げられたな。
「そっか、あんた達が報告にあった冒険者ね。それで、これは一体どういうつもり?」
「貴様がケット・シーを追放してこの山を占拠したことに異議を唱えに来たのだ」
「異議ぃ? まさか一介の冒険者が国に逆らおうっての?」
ルナはおちょくるように鼻で笑うが、スクレナは続け様に次の一手を叩きつけた。
「ならばそれが記された勅書を今ここに出してもらおう!」
一転してルナの顔からは余裕が消える。
返答はすぐになく、どことなく口にする言葉を考えているようだった。
「な、なんでわざわざあんた達に見せる必要があるのよ」
するとスクレナはケット・シーから1枚の紙を受け取ると、それを広げて帝国軍人たちに向けて見せつける。
「これは遥か以前に当初の皇帝陛下がケット・シーの王に送った盟約書である! ここにはモンテス山とその一帯をケット・シーたちの領土として認めるとはっきり記されておるのだ! これを反故にするというのであれば、そちらにはここの住人たちに開示する義務があるはずだ!」
自分に突き付けられたものが全く予想外だったのか、いよいよもって挙動が怪しくなり始めるルナ。
そんな彼女に対してスクレナは追い討ちをかけるのだった。
「それが出来ぬというのであれば、我がイルサン王と共に帝都まで赴き然るべき者へ聞きただすことにする!」
「ちょっ……ちょっと! 勝手なことするんじゃないわよ! そ、そう! 今は持ってないだけよ! えっと……他の駐屯地に置いて――」
「嘘を申すな!!」
スクレナの叫び声にルナは肩を震わす。
その迫力に気圧されたというのもあろうが、何よりも心にやましいことがあったからだろう。
「我々がいくら待ったところで貴様はいつまで経っても開示できぬであろう。なぜならこれは陛下の意などではなく、聖魔道士の独断なのだからな!」
ついに核心を突かれてルナは怯んだ。
その反応は自ら認めているようなものだが、それすらも隠しきれないほどに動揺する事態のようである。
ルナが執拗にケット・シーに口を開かせないようにしていたのは、この件に関しての情報を統制したかったからだ。
それを望みながら監視だけに留めたのは、秘密裏の行動ゆえにとにかく時間をかけたくなかったのだろう。
長いこと勝手に軍をここに配置していれば、いつ周りの者から不審に思われるか分からない。
しかも滞在させるにも、公式の指令ではないのだから当然国から費用は出ない。
膨大な数のケット・シーを虱潰しに始末したり、捕縛したりすることに欠く時間などなかったのだ。
結局話は外に漏れ出し、隠蔽を図らなければいけなくなってしまったが。
そんな稚拙な計画に縋るしかないほど切迫していたのだろう。
報告を受けてここに来たのもケット・シーを処分する意も然ることながら、部下の尻を叩くのが目的だったのかもしれない。
そしてそれほどのリスクを負ってでも、神具とやらを独占したい理由がこいつにはあるってことか。
だからそれに気付いていたスクレナは鎌をかけた。
先ほど仰々しく掲げた紙は全くの偽物である。
俺が昨晩ご馳走になった夕食の献立を書き連ね、最後に落書きのような帝国の紋章を添えた粗末なものだ。
それでも自信を持って堂々と提示する者、片やたじろぐ一方で何も持たざる者。
周りはどちらの方が信憑性が高いと思うかなど自明の理だ。
夜の暗がりの中では、書かれている内容など分かるわけもないしな。
「陛下に仇なす逆賊、聖魔道士とそれに与する者どもを討ち取るのだ! 愛国の志は我らにあり! これは国家を守護する為の正義の戦である!」
おまけにルナに思考を整理する暇も与えず、スクレナは話の流れを掌握して相手を追い詰めていく。
皇帝に忠誠を誓い、国を護る為に剣を振るっていたはずの軍人たちは、自分の知らぬ間に賊と呼ばれるまでになっていた。
ただ聖魔道士の言いつけ通りに行動していただけで。
不安と戸惑いを含んだ視線は一斉にルナへと注がれる。
「な、何よ……あんな奴の言うことなんか真に受けるんじゃないわよ! 冗談じゃないわ! 私のことを疑ってるの!?」
おそらく部下たちがスクレナの言葉を簡単に受け入れた要因は、ルナ自身にあったのだろう。
普段からの人を見下す態度を踏まえれば、この女に人望がないことなど想像に容易い。
だが最たるものとしては、万が一しくじった場合には最後までケット・シーたちと運命を共にするというスクレナの覚悟だ。
それが相対する者たちに鬼気迫るものを感じさせ、知らず知らずのうちに心を支配していたようだ。
すると、唐突に平原には等間隔のリズムで太鼓の音が響く。
次いで角笛が吹き鳴らされると、ケット・シーたちは皆揃って何度も地面を踏んだ。
武器を掲げ、体を揺らし、一糸乱れぬ動作で奇妙に踊る。
これがケット・シーに伝わる「マタタビの舞」と言うらしい。
戦の前に自分や仲間を鼓舞する為の踊りらしいが、なまじ足の裏が肉球なだけにポフポフと気の抜けた音しかしない。
いや、それよりも……なんでスクレナまで踊っているんだ?
お前、一体いつの間に覚えたんだよ。しかも完璧に。
俺だけ棒立ちで疎外感が半端ないんだけど……むしろ士気がどんどん下がっていくんだけど……
「あんた達が狼狽えるから……クソ猫どもに変な踊りで馬鹿にされるんでしょ! さっさと配置につきなさい! それとも今すぐ私に殺されたい!?」
まさに地団駄を踏むルナが部下たちに怒鳴り散らす。
慌てて陣を展開し直すも、明らかに浮き足立っているのが見て取れる。
どうやら本番前の舌戦は決定的な器の差が出たようだ。
「さて、こうなれば勝ち戦も同然……と言いたいところではあるが、問題は聖魔道士だな。奴なら詠唱が終わり次第、高出力の魔術を発動させるであろう。味方すら巻き込もうとな」
「あぁ、あの女は間違いなく躊躇しないな」
「そうなればケット・シーたちは一溜りもない。ならば――」
俺は手をかざし、一歩踏み出すスクレナを制して無言のまま目で訴えた。
――ルナの相手は引き受けると。
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