亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に

宗岡 シキ

第15話 武人として


 スクレナが俺とデリザイトをなぜ戦わせたのか。
 真意が明らかになればこれを試練と語ったのにも納得がいく。
 俺のこれまでの戦い方を基本というのであれば、次の段階に進まない限りは絶対にこの相手を倒すことは出来ないからな。

 それに口頭で教えられていたとしても時間の無駄だっただろう。
 どうせ「バーン!、ドーン!、ギュウウン!」ばかりで平行線をたどるのが想像つく。
 これを初めに聞いた時はどうしていきなり実戦を強要されたのかすぐに理解した。
「たまには理論的に説明してくれ」と言った直後にこっちが謝ったくらいだ。

「エルトよ、お前は……魔力の操作が出来ぬふりをしていただけなのか?」

「いや、まさか。本当に出来なかったさ」

 そうでなきゃ、こんなに痛めつけられるまで出し惜しみすることもないだろう。
 普通に考えたら滅茶苦茶な話かもしれないけど、ぶっつけ本番だった。
 それでも成功したのはこれまでのスクレナの補助によって体に染み付いていたからだ。
 どう魔力を動かせばどんな流れを生むかなど、そんな感覚を覚えていたんだ。

 もちろんこの考えに至ったのにはデリザイトとの会話も助力している。
 スクレナのことだから、もしかしたらこれすらもシナリオ通りだったりするのかもしれない。

「なんにせよ、さらなる激闘に挑めるのであれば願ってもないこと! 仕切り直しといこうぞ!」

 今一度、自分のやり方で合っているのか、正しく使えているかを確認してみる。
 それから嬉しそうに武器を構え直すデリザイトに宣言してやった。

「今からお前の懐に飛び込むからな。しっかりとついてこいよ」

「何?」

 一転してデリザイトは怪訝そうな様子を見せる。
 俺は全身を覆う魔力の流れを自分の意思で変化させ、その全てを両足に集中させた。
 そして踏み込んで一気に間合いを詰める。

「ぬお!?」

 驚いて咄嗟に斧を振るデリザイトだったが、床が音を鳴らしもしないうちに剣が届く距離まで到達した。
 間に合わないと判断したのか、俺の繰り出す斬撃をデリザイトは左手で防ごうとする。
 少し前までは傷一つ付けられなかったが、今度は指の間に刃が食い込んだ。
 掴まれて動きを封じられないように、すぐに手のひらの半ばで止まった剣を引き抜く。
 振り上げられたデリザイトの右の拳が頭上から迫ってくるのを視界の端に捉え、後方へ小さく跳んで避けた。
 擦れ擦れのところで空を切る拳が床を抉ると、そのまま腕を伝ってから、足に魔力を溜めて上空へ舞い上がる。
 俺が剣を振りかぶると、デリザイトは斧を手に取り体に捻りを加えた。
 高く跳んだことによって、相手に体勢を立て直す時間を与えてしまうのは百も承知。

「最後の打ち合いということか! 望むところ……いざ!!」

 向こうもこちらの意図を汲んだようだ。
 俺は覚悟を決めて再び魔力の流れを変えた。
 左手を斬った時と同様に、腕と剣に全てを集中させる。
 これで体は生身のままになった。
 巨大な斧が掠るだけで深くえぐられ一巻の終わりだ。
 それでもこの一撃で全て終わらせてやる。

 徐々に縮まる互いの距離。
 リーチの差で先に動いたのはデリザイトの方だった。
 斜め上に斧を薙ぐと、俺はタイミングを計って剣を振り下ろす。

 またもこの空間に激しい音が響き渡る。
 2人が得物に乗せた意地を表すにふさわしい音だ。
 一度目は拮抗し、二度目は俺が飛ばされ、三度目はデリザイトが弾かれた。
 そして今度はどちらも微動だにしない全くの互角だ。
 ギリギリという鍔迫り合いの音の中、交わる刃の向こうのデリザイトと目が合った。
「絶対に引かない」という思いがひしひしと伝わってくる。

 身体はもう限界を超えていた。
 力を入れていく度に筋も骨も嫌な音を立て、あらゆる傷口から血が滲む。
 これ以上負荷をかければ無事では済まないだろう。
 ここまで蓄積されたダメージの差で優位性は完全に相手側にある。

 だけど――

「はぁあああああ!!」

 構わずに自分が抱くデリザイトと同じ感情を、魔力という形でさらに上乗せしてやった。
 両腕の黒いオーラは勢いを増し、剣の刃の赤い光も一層輝く。

「ぐ、ぐぉおおおお!!」

 苦悶の表情に変わったデリザイトの膝が曲がり、足元の床がひび割れた。


 いや、割れたのは床だけではない。
 振り抜いた剣によって幾度となく苦しめられた斧の刃は砕け散る。
 渾身の力による大振りも相まってデリザイトは大きくバランスを崩した。
 完全に無防備となったのを見て俺はもう一度剣を掲げると、相手の左肩から右脇腹にかけて斬り裂く。
 大量に噴き出した鮮血が全身にかかるも、傷口を押さえてふらつくデリザイトから目を離さずにいた。

「ぐはっ! ぐぅうううう……」

 吐血し、前方に倒れ込みそうになるが、デリザイトは直前で踏ん張った。

「ふ、はは、この痛み……感覚……なんとも懐かしい。血を流すどころか傷をつけられるのもいつ以来のことか覚えておらぬわ」

「武器も破壊した。傷も深い。これで勝負あったな、デリザイト」

 自分の中では既に決着がついていた。
 項垂れるデリザイトを見れば尚更だ。
 だがその考えは経験と同じく俺の浅いところであった。

「戯言はよせエルトよ。某は武人として簡単には膝をつきはせん。平伏せぬ限り決して負けではないぞ!」

 顔を上げたデリザイトの目は言葉通りまだ死んではいなかった。
 まだやめないというのか。
 こいつを倒すには命を奪うしかないと。
 ここまで互いに真っ向から全力で戦ったからか、自分の中にはデリザイトに対して妙な好意が生まれていた。
 それが俺を躊躇させていたんだ。

「ならばその躊躇いをすぐに消してやろう。そして先にお前には謝らねばならぬな」

 何か違和感を感じたが、すぐにその正体を理解した。
 肩で息をしていた姿を見れば軽い傷ではなかったことは確かだ。
 それなのにもうデリザイトの血は止まっていた。
 そんなに高い自己治癒力を持っていたのか?
 いや、そんなことではない。
 自分の直感がそう告げていた。

「死力を尽くして戦うなどと自ら言っておきながら、紙一重の勝負がしたいという欲求には抗えなかった。それ故についこの姿で挑んでしまったことに謝意を表する」

 語りながらもデリザイトは静かに足を広げ、腰を落として力を込める。

「だがお前は限界以上の力を見せてくれた。ならば某もそれに応えねばなるまい」

 俺は無意識のうちに後ずさりしていた。
 凄い勢いで膨れ上がり、且つ上限の全く見えない魔力に気圧されていたんだ。
 顔の側面を伝い、顎先から床へ汗がこぼれ落ちる。
 その途端にデリザイトには目に見える変化が起こった。
 青かった目が赤い光を灯すと、体色が少し黒ずむ。
 肩からはさらに2本の腕、背からはドラゴンのものに酷似した翼、臀部からは尾が生えてきた。
 そして極めつけは体の大きさだ。
 目の錯覚などではない。
 5メートルくらいはあるだろうか。
 巨体はさらにでかくなり、同時に盛り上がっていく筋肉がそれを際立たせる。
 これが……デリザイトの本当の姿なのか。

「こうなっては一瞬で勝敗は決するであろう。だが恥じることはないぞ、エルトよ。サシの戦いで某に力を解放させた人間など片手で数えられる程しかおらんのだからな」

 4つの魔法陣から剣がせり出し、デリザイトはそれぞれの手に収めた。
 しかも俺から見たら大剣……いや、それ以上と言える大きさだ。
 それを準備運動のように軽々と振り回している。
 こんなのほとんど反則じゃないか。
 風圧だけでジリジリと後退させられるなんて、勝てるわけがない!


 ――と、もし俺にも切り札と言えるものがなければ思っていただろう。

 デリザイトのように俺にだって今よりさらに上の段階がある。
 1分間だけ……今はたった1分しかもたないが、その姿になれば「一瞬で勝敗は決する」という言葉をそのまま突き返してやることが出来る。
 何せ単純に能力だけならスクレナを超えられるのだから。

 それにはまさに2人の力を合わせなければいけない。
 試練という目的からは逸脱してしまうが、こんな化物とやり合うのとなればスクレナだって理解してくれるだろう……


 ――とも思ったけどやっぱりやめた。
 考えが二転三転したが結局正直な気持ちに傾いた。
 ただでさえスクレナの魔力の一部を借りている形なんだ。これ以上は甘えられない。
 デリザイトとはこのまま最後まで戦うことしにしよう。
 これが試練だという理由を取り払っても、たとえ勝てる見込みがゼロであってもだ。

「その目は覚悟を決めたようだな」

「決めるも何も、今の俺がお前にぶつけられるものはそれしか残っていないさ」

「そうか、ならば今度こそ全身全霊で受け止めねばならぬな。それでは…………ゆくぞ!!」

 地響きを立て、勢いよく踏み出すデリザイト。
 それを迎え撃つ為に俺は力を振り絞り剣を構え直した。

「そこまでだ!」

 しかし唐突に聞こえてきた声に動きを止める。
 デリザイトも同じであったが、どうやら水を差されたからではなさそうだ。
 醸し出す雰囲気からは、どことなく怯えているように感じられた。

「双方とも、刃を収めよ」

 間に割ってはいるようにスクレナが影から姿を現すと、デリザイトの恐怖はいよいよピークに達したようだった。

「久しいな、デリザイトよ。お前も生き残っておったか」

 口ぶりから旧知の中だというのは分かるけど、あのデリザイトが見せる反応。
 2人の間には一体どんな関係があるのだろうか。

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