亡国の黒騎士と呼ばれた男の旅路は闇の女王と共に
第3話 別れと約束
「ヴァイデル隊長!」
「うむ。おい! 娘……いえ、失礼しました。貴女の名前を教えていただけますか?」
「え!? わ、私ですか? その……セリアです」
ヴァイデルと呼ばれた指揮官は急に口調を変えながら、セリアとの会話を始めた。
「セリア様には聖女として帝都まで我々に同行していただきます。出立は今より1時間後。生活用品は全てこちらで揃えますので、他に必要なものがあればすぐに準備をお願いします」
いまだに状況を把握しきれていない様子のセリアの元へ向かって俺は駆け出す。
「セリア!」
その声を聞いてこちらに顔を向けるとセリアは腕を伸ばした。
一番手前にいた軍人を投げ飛ばすと、2人、3人と押しのけていく。
あとほんの少しで指先が触れ合おうかというところまで接近するも……俺の手は虚しく空を切って後ろから複数の軍人に組み伏せられた。
「聖女様の身内か?……ふむ、似ていないから恋人か友人あたりか。ともかく、今のこの方は貴様が触れていい存在ではないのだ。もう二度と会うことはないかもしれぬのだから、別れの挨拶くらいは笑顔で穏やかに済ませたらどうだ?」
ふざけるな!
いきなりやって来て、有無を言わさずセリアを連れ去ろうとして、挙句に二度と会うことはないかもだと!?
俺の幼馴染がその聖女やらだとしても、本人の意思も関係なしにそんなことが許されるものか!
「そうですよ! しかも考える猶予もないなんてあまりにも横暴です!」
自分の娘に対する傍若無人な振る舞いにおじさんが食ってかかると、村の住人たちが全員で援護する。
それを受けてヴァイデルが手で合図を送ると、最前列に並んでいた軍人たちが槍を突き出して構える。
「これは皇帝陛下の勅令である! 邪魔立てする者は国家反逆罪で投獄もやむなしだ」
一様にどよめきながらたじろぐ村人たちを見回すと、腰に差した剣を抜いて足元に伏している俺の首元にあてがった。
「もしくは田舎の村で反乱が起きたとして根絶やしにするのが手っ取り早いか」
とんでもないことを言い出すヴァイデルだったが、兜の下から発する声はとても冷淡なものだった。
決してただの脅しでは留めないと言わんばかりの。
「やめてください!」
この緊迫した空気の中で叫び声を上げたのはセリアだった。
「私、決めました。すぐにでも帝都に行きます。だからあなた方も早急にここを発つ準備をしてください」
思いがけない決断をするセリアだったが、ここにいる誰もがその真意を理解するのに時間は要さなかった。
絶対にダメだ!
こいつらの卑劣なやり方に屈して自分を犠牲にするなんて!
矛先を向けられているのが自分1人であったなら、声を張り上げてセリアを止めてやりたかった。
だが背後には大勢の人がいるし、そこには幼い子供だって含まれている。
悔しいことに、今の俺には場を収める為の考えなど何ひとつ浮かんでこなかった。
「懸命な判断です。それでは予定を繰り上げて準備が整い次第ここを出立することとします」
こっちの憤りなどお構いなしに淡々と話が進む中、ヴァイデルは俺を取り押さえていた部下へ指示を出す。
「その男はどこかへ拘束しておけ。また騒がれるのも煩わしいからな」
強引に立たされると手錠をかけられ、両脇から抱えられて他の場所へと連れていかれた。
抵抗しながら何度も名前を呼びかけていたが、セリアは目を伏したまま一度もこちらを向くことはなかった。
◇
納屋の柱に鎖で繋がれていた俺は、一刻も早く自由を得ようと力任せに脱出を試みていた。
初めは伐採や農耕の道具がないかと手の届く範囲を調べてみたが、そこまで詰めが甘くなかったようだ。
無理に手錠から手を引っこ抜こうとしたり、鎖を引きちぎろうとしたせいで手首の皮は擦り切れ血が滴る。
それでも痛みも何も一切感じなかった。
意識の全てが違うものに支配されていたからだ。
しかしその行動が実を結ぶことはなく、無常にも時間だけが過ぎていく。
例え数えていたとしても、同じことを何度繰り返したか分からなくなっていただろうという頃に、前触れもなくいきなり扉が開いた。
「出ろ。ヴァイデル隊長の温情で最後に面会する機会だけはくれてやる」
1人の軍人が入ってくると、手錠はそのままに鎖だけを外し納屋の外へと連れ出される。
多くの人が集まっている先には相も変わらず我が物顔で軍が屯していた。
ただ違うのは、馬車が村の出入口に向かって列をなしているということ。
そしてちょうど真ん中辺りに位置する馬車の前には、おじさんやおばさんと抱き合うセリアの姿があった。
そこへ歩み寄る俺に気付くなり、セリアは口元に手を当て絶句する。
「エルト! その手はどうしたの!? まさか酷いことを……」
「大丈夫だ。自分でやったことだし見た目ほど深い傷ではないから」
セリアは少しだけ安心した様子を見せた後に、近くに佇む指揮官に目で語りかけた。
するとヴァイデルは肩を竦めてため息をついてから首を振る。
「その男の執念の傷に免じてしばらく我々は何も見ないことにします。ここは1人の村娘として言葉を交わし合うのもいいでしょう」
少しばかりの優しさのつもりか?
だけど感謝の念など微塵もあるものか。
そもそもお前たちがやって来て、勝手な都合を押し付けなければこんなことにはなっていないんだ。
だけど今はそんな怨嗟の声をぶつけてやる時間の余裕などはない。
手錠を外されると俺とセリアの双方ともが駆け寄り抱き合ってから、一度体を離すと頬に手を添えて、顔を見据えながら強く言い聞かせる。
「いいか、セリア! よく聞くんだ! 俺は必ず帝都に行く。今すぐには無理でも、お金を貯めて可能な限り早く……そしたら絶対にまた会えるから」
俺の言葉にセリアは黙って何度も頷いていた。
「それから、手紙もたくさん書くから」
「私も書く……エルトとの繋がりさえあればどんなことでも耐えられるもの。それにこのお守りもあるしね」
セリアは自分の胸の木彫りのペンダントを手で撫でる。
俺が幼い頃に初めて自分で作ってセリアに贈ったもの。
不格好で女の子が身につけるには色気のないものなのに、今でも肌身離さず大切にしてくれている。
いつの間にか俺の手は濡れていた。
セリアの涙によってだ。
顔では頑張って笑顔を作っていたのだろうが、湧き上がる感情には抗えなかったのか。
そんな健気な姿を見せられて、辛うじてせき止められていた自分の感情も、嵐の後の河川のように氾濫した。
目に映っていたセリアの顔が急にぼやけて、それ以降は言葉を口にすることが出来なくなってしまった。
もっとセリアの不安を拭ってやらなければいけないのに。
もっと話しておきたいことがあるのに。
だからその代わりに目を閉じて、思いの全てを込めて俺はキスをした。
昨日とは違って今の気持ちを表すような塩っぱいものではあったけど、永遠にこの時間が続けばと思っていた。
しかしそんなささやかな願いはすぐに霧散して、俺たちは軍人たちの手によって現実へと戻されてしまう。
互いに引き剥がされる際には、最後の最後まで惜しむように肌の温もりを感じあった。
手が離れそうになれば、指の先までも絡めるほどに。
やがて2人が完全に分かたれると、セリアはずっとこちらを見ながらも馬車まで連れていかれる。
乗り込んでから扉を閉められる間際には、精一杯の笑顔を浮かべながら言葉を残した。
「エルト! 待ってるからね……いつまでも!」
牢獄のような重い扉が音を立てて閉まると、このほんの僅かな隔たりが果てしなく感じられた。
それと同時に、これまで生きてきて毎日……そしてついさっきまで、当たり前のように傍にいた最も大切な者が消えてしまう虚無感も押し寄せてくる。
だけどそんなものに押し潰されている時間などはない。
俺は腕で涙を拭って、改めてセリアとの約束を果たす決意を強固なものにした。
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