両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

少女の信頼

「おいし……い?」
「ああ、おいしいよ……」
隣から飛んでくる少女の問いかけにアルテアは半ば反射的に答えた。
その顔は感情を感じ取れない機械のように無機質であり、どこか疲れているようにも見えた。
ナイフとフォークを華麗に使いこなし、イーリスがつくった料理を口に運んでいく。
「おいしい……?」
「ああ、おいしいよ……」
朧げな目で少年は答える。
少女のつくった料理は本当に美味しかった。
一口目を食べた時などは驚きのあまり唸ってしまったほどだった。
だから少女には素直にとてもおいしいと伝えた。
それがよほど嬉しかったのか、少女はアルテアが料理を口に運ぶごとに感想を求めた。
「おいしい?」
「……」
もう何度目になるかわからない少女の問いかけについ無言になってしまった。
「おいしく……な、い?」
少女の声が悲しみを帯びたものに変わる。
それに気づいたアルテアはすぐさま口を開く。
「いや、めちゃくちゃ美味しい。美味しすぎて逆に言葉を失っていた」
イーリスは安心したようにほっと息を吐いた。

ーーーまあ、いいか。

料理はおいしいし、少女も喜んでいるならそれでいい。
アルテアはそう思った。
だから結局、料理を全て食べ終わるまで少女に付き合うことになった。

朝食を食べ終え、ターニャが淹れた食後のお茶を飲んでいると、コンコンと乾いたノック音が響いた。
ターニャが玄関に向かい扉を開けて客人を迎え入れた。
扉から巌のような身体の男がぬっと入ってくる。
顔は森のように深い髭に覆われており、その風体だけ見ればいかにも厳格だと言わんばかりの男だった。
「いよぉ。すまねえな、邪魔するぜぃ」
「いらっしゃい、テオさん」
ティアがそう声をかけるとテオも手を挙げてそれに応えた。
その見た目とは裏腹に、男は中に入るなりめいっぱい破顔させてアルテアたちと気さくに挨拶を交わす。
「アル坊もイー坊も元気そうだなぁ!」
がはは、と笑いながら二人の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
もみくちゃにされながらも、アルテアは決して不快ではなかった。
もっと幼い頃、それこそ赤子だった頃、父や母の腕に抱かれたときに感じたものに似ていた。
生まれて初めて彼らの顔を見た時のことを思い出す。
全く見も知らぬ他人であるはずなのに、なぜか警戒心はすぐに霧散した。
それどころか腕に抱かれて揺られるうちに安らぎすら感じるようになり、自分を見て微笑む彼らを見ると胸にうちがあたたかくなった。
そしてそれは今でも変わらない。
この世界に来てから、ひどく落ち着いている自分がいることにふと気づく。
家族と共にいるとき、イーリスと話をしているとき、景色を眺めながら村を歩いたとき。
どうしようもないほどに心が安らいでしまう。
だがアルテアにとってそれは不純物だった。
いつかは去ることになる世界。
切り捨てなければならないものなら最初からない方がいい。

教祖を殺さなければならない。仇を討たなければならない。
それを忘れて安寧に過ごすなど烏滸がましいにも程がある。
決して許されはしない。

「…ル。アル…。アル……」
少女の声にはっとなり意識を戻した。
「ぼうっとしちまって珍しいな。アル坊、調子悪りぃのか?」
「具合、わるい……?」
「いや、何でもないよ。少し考え事してただけ」
顔を上げて、不思議そうに自分を見るイーリスと心配そうにするテオに大丈夫だと告げる。
「そうか?ならいいけどよ。ま、お前さんは普段から気ぃはりすぎだからな。たまには抜けてるくらいで丁度いいぜ!」
がはは、と豪快に笑ってアルテアの背中をバシバシと叩く。
その勢いに若干息を詰まらせながらアルテアが尋ねる
「ところで、何か用事あるんじゃないんですか?」
「おっとそうだった。いけねえいけねえ」
そう言ってティアに小包を渡すと、ティアはそれを受け取って代わりに脇に抱えていた本を手渡した。
「わりぃな、いつも借りるばっかりでよ」
そう言いながらテオが本を受け取る時に表紙がチラリと目に入って、アルテアは思わず驚きの声を上げる。
「へえ……意外ですね。テオさんが高度な魔法書を読むなんて」
「いんや、俺は読まねえよ?娘がいるんだが、最近はこういうのが好きでな。あんまりにも熱心なんで旦那に無理言って貸してもらってんんだ」
「なるほど。というか、娘さんがいたんですね」
「まあ、な」
「……?」
なぜか急に歯切れが悪くなったテオの様子にアルテアが首を捻る。
もしかしたらあまり踏み入ってほしくないのかもしれないと思い、それ以上聞くことはしなかった。
「そういえば、今日は旦那は出かけちまったのか?」
テオが話題をかえて家の中をきょろきょろと見回した。
「ええ、主人はサーショまで視察に」
「明日に朝には戻られるご予定です」
ティアとターニャがそれぞれアルゼイドに不在を告げると、テオは困ったような顔をして肩を落とした。
「どうかしたんですか?」
珍しく気落ちするテオにアルテアが聞く。
「……おめえらが領主様から頂いた魔道具あったろ?どうにもその中のひとつに調子の悪いのがあるみたいでよ……そこだけ魔獣が凶暴になってんだ。だから旦那に様子見てもらうように頼みたかったんだがな」
「なるほどね。でも、じゃあ冒険者に頼めばいいんじゃないですか?魔鉱採取の時期には商人の護衛やらギルドのクエストやらで来てる人がいるでしょう」
「彼らには大黒穴の警備や村内の警戒をお願いしているのですよ、坊ちゃん」
ターニャが言う。
「魔鉱は貴重ですからね。この時期は魔鉱を狙った野盗や傭兵崩れといった無法の輩が絶えないのですよ。人員を分散させて警備を手薄にするのはあ得策ではないでしょう」
「村が活気付くのはいいんだけれど、揉め事が増えるのはいやよねぇ」
ティアがおっとりと言い、テオがどうしたものかと大きく唸る。
「俺が様子を見てくるよ」
いつの間にかそう口にしていた。
「アル坊が、か……。確かにお前さんなら出来るんだろうがなぁ」
テオが伺うようにターニャに方へ顔を向ける。
「そう言うだろうとは思っていましたよ。まったく……」
ターニャが呆れたように首を振る。
「まあ、魔道具を設置したのは坊ちゃんはですからね。早く済ますには本人が行くのが一番でしょう。ただし、私も同行しますよ」
そう言ってターニャがティアの方へ目をやると、ティアもはにこりと頷いて了承の意を示した。
アルテアは思いの外すんなりと認められたことに拍子抜けする。
そして、なぜ自分が行くと口走ってしまったのだろうかと疑問に思う。
切り捨てなければと思っていたはずなのに。
考えてみても答えは出なかった。
そうして考え込んでいると、今まで黙って話を聞いていた隣の少女が口を開いた。
「私も……いく」
アルテアがぎょっとなってイーリスに目をやった。
「いや、それはさすがに……」
危ないんじゃないか。言葉には出さずにターニャ目でそう訴えた。
アルテアはイーリスが魔法を使っているところを見たことがないし、戦闘の経験があるとも思えなかった。狩りや魔獣の駆除についてきたことはこれまでにもあったが、それはアルゼイドも一緒にいたからだ。彼がいるなら絶対に安全だと思ったからこそ不安もなかった。だが今はその父もいない。何が起きても少女を守り通せるという自信はなかった。
それが伝わったのか、イーリスがいつもより少し強い口調でさらに続けた。
「大丈夫。アルがいるから」
真っ直ぐと自分の目を見ながらそう言い切られて、アルテアは目を見開いた。
その信頼がどこからくるのかまるでわからない。
炎のような紅く力強い瞳に捉えられ、アルテアはそれ以上何も言うことができなかった。
「女の子にそこまで言わたら頑張るしかないわよね」
ティアがくすっと笑い、ターニャがやれやれと言うように肩をすくめる。
「男なら腹括るんだな!」
テオがそう言ってアルテアの背中をバシッと叩いた。
「わかったよ……何かあったら俺が助ける。その代わり俺からあまり離れるなよ?遠すぎると助けられないからな」
「ん、わかった」
少女は満足そうにそう言って、ぴたりとアルテアに身を寄せた。
「いや、今じゃないから……」
少し疲れたようなアルテアの声が空気に溶けて消えていった。

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