没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります
第三十六話 母と義姉の襲来
ベルナールと母、義姉は喫茶店に移動する。
「お義母様はカフェオレでいいのかしら?」
「ええ」
確認後、店員に目配せをすれば、注文を取りに来る。
「カフェオレとショコラショーを二つ」
「かしこまりました」
義弟の好みは大人になっても変わっていないだろうと、チョコレートを使った甘ったるい飲み物を勝手に注文する。ベルナールは文句も言わずに大人しくしていた。
「久しぶりね、ベルナール」
「……どうも」
「いつの間にか大人になって、なんだか寂しいわ」
「……ああ」
「ふふふ、久々で恥ずかしいのかしら?」
一番上の兄、ロベールの妻イングリトは、十歳年下の義弟を見ながら目を細める。
姉妹の中で育った彼女は弟が欲しかったようで、嫁いでからいろんな意味で可愛がってくれたのだ。
「覚えているかしら? 一緒に野遊びに出かけて、猪を仕留めた日のことを。私は昨日のことのように思い出すことが出来るわ」
それは、ベルナールが八歳の時の話。
嫁いだばかりのイングリトは、近くの森の散策がしたいと言って二人で出かけることになった。
色鮮やかな初夏の森を歩いていれば、運悪く野生の猪に出会ってしまう。
しかしながら、イングリトはベルナールに心配いらないと言い切る。彼女は都会育ちだったが、父親の狩猟について行く変わった娘だった。
なので、野生動物に出会っても、ごくごく冷静に対応した。念のためにと持ち歩いていた鉄砲を構え、頭部を一発で撃ち抜く。
「美味しかったわねえ、あの時の猪」
さも、美しい思い出のようにイングリトは語っていたが、ベルナールにとって少年時代の恐怖の記憶でもある。
「ベルナール、あなたが王都に行ってから、とても寂しかったわ」
そんなイングリトには、現在七歳と五歳の子どもが居る。今回一緒に王都に来ているので、顔を見て欲しいと言っていた。
「子どもはどこに?」
「私の実家に預けているの」
休みの日を聞かれ、あっという間に予定が決まっていった。
カフェオレとショコラショーが運ばれ、思い出話がひと段落したところで本題に移る。
「――それで、母上と義姉上は、なぜこちらに?」
「言っていたでしょう、近日中に来ると」
「いえ、あまりにも早かったので」
イングリトが里帰りをすると言うので、一緒についてきたとオセアンヌは話す。
「久々に王都の社交場に行けば、公儀競売の話題になっていて――」
アニエスの母親の婚礼衣装が出品されると聞き、オセアンヌは慌てて参加をすることになったと言う。
「母上、慌てて参加など、可能なのですか?」
「ええ、父の名前を出せば、手配して頂けましたわ」
流石、大陸の中で一、二を争う商会一族の者だとベルナールは思った。
「資金は一体どこから?」
「父からあなたへの生前贈与金の一部から」
「は?」
祖父からベルナールへの生前贈与金と聞き、耳を疑うことになった。
「生前贈与の話など、聞いておりません」
「だって、言っていませんもの」
扇を広げ、優雅に扇ぎながら言う。更に、金額を聞いて驚くことになった。
「金貨五百枚のうち、今回、百五十枚使いました」
「な、金貨、五百枚!?」
どうしてそのような大金をと聞けば、眉を顰めながら事情を説明する。
三年前、オセアンヌの父は孫全員に金貨五百枚ずつ贈与した。
受け取ってすぐに三番目の兄ルイが事業準備金に使い込み、一年後に経営破綻。
五百枚の金貨はあっという間に溶けてなくなった。
「そんなことがあったものだから、残りの息子達の財産はきっちりと私が管理しようと思いまして」
そういうことだったのかと、深いため息を吐く。
渋々と言った感じにどうするかと聞いてきたが、使い道は思いつかないので、そのまま管理を任せることにした。
「……お祖父さまに、お礼の手紙を送らなければ」
「ええ、お喜びになるでしょう」
話は変わって、アニエスの婚礼衣装は結婚式当日のサプライズにしようと提案していた。
ベルナールは口に含んでいたショコラショーを噴き出しそうになった。
「結婚式も頂いたお金を使えばいいでしょう」
「楽しみね、お義母様」
「本当に。それにしても、偶然とはいえ、ドレスを落札出来て良かったですわ」
状況が落ち着けば、盛大な結婚式を行うと、張り切っていた。
そんな母親に、ベルナールは非難めいた発言をする。
「ドレス一着に金貨百五十枚も払うなんて」
それに関して、オセアンヌは素直に謝った。勝手に財産を使って申し訳なかったと。
「ですが、アニエスさんがお母様とのドレスの思い出を切なそうに話をしていたから、なんとしてでも手に入れようと……」
アニエスの母親は娘の結婚式を見届けることは出来ない。ならば、せめてドレスでも共に在れば喜ぶだろうと、オセアンヌは話す。
イングリトは話を聞きながら、眦に涙を浮かべていた。
一方で、ベルナールは額に汗を浮かべている。
現在、頭の中を占めているのは結婚式のことではない。
家で使用人の格好をしているアニエスのことを母親に知られたら大変なことになると、焦っていたのだ。
そして、勇気を出して質問してみる。
「――母上と義姉上は、今晩はどちらに?」
結婚式の話で盛り上がっていた二人は、同時に動きを止める。
ベルナールはごくりと、生唾を呑み込んだ。
扇を畳みながら、オセアンヌは今晩の予定を伝える。
「今日はイングリトさんのお家でお世話になろうと思いまして」
それを聞いて、深く安堵する。
帰ってから作戦会議をしなければと、頭の中でいろいろと情報を整理していた。
時刻は九時前となる。そろそろ馬車の最終便の時間が迫っていた。
「では、お開きにいたしますか」
「そうね」
支払いはベルナールが済ませ、店を出る。外にはイングリトの家からやって来た、迎えの馬車が停まっていた。
母と義姉を見送ったあと、馬車乗り場まで急ぐ。なんとか最終便に乗ることが出来た。
ガタゴトと激しく揺れる馬車の中で、ぐるぐると考えごとをする。
母親及び義姉の襲来、アニエスの母の婚礼衣装落札の件、祖父からの生前贈与金などなど、大変な事実が複数発覚したのだ。
どうして問題が次から次へと降りかかってくるのかと、頭を抱える。
そうこうしているうちに自宅近くの停留所に到着をした。
一刻も早く帰ろうと馬車から飛び降り、支払いを済ませてから家まで駆け足で帰る。
玄関を開けば、近くにある休憩所からアニエスが顔を出した。ベルナールの傍へと駆け寄って出迎える。
「ご主人様、おかえりなさ――」
「話がある」
肩で息をしていたベルナールは、急いでいたのでアニエスの体を持ち上げ、早足で移動した。
「えっ、あ、あの」
アニエスは少しだけ驚きの声をあげたが、すぐに大人しくなって身を任せていた。
ベルナールは私室の前でアニエスを下ろし、手を引いて部屋に入る。
長椅子の所まで連れて行き、座るように命じた。
そのまま向かいの席に座るかと思いきや、地面に片膝を突いて話を始める。
「――大変なことになった」
「え?」
ベルナールは情報を選別して、アニエスに今日のことを語って聞かせた。
まず、母親の婚礼衣装については黙っておく。
一番重要なことは、母親と義姉が来たことである。
明日、やって来ると言うので、再び婚約者役を頼むことになった。
「すまないが、また話を合わせてくれると助かる」
「それは、はい。お安い御用です」
今回は母オセアンヌだけでなく、義姉、イングリトにも注意するように促した。
「義姉上(あねうえ)は母以上に勘が鋭い。なので、嘘を言う時は気をつけておいてくれ」
「承知いたしました」
「それから――」
問題は服のこと。今の体型に合うように服を仕立て直したのかと聞けば、首を横に振る。
「矯正下着を着ければ、以前頂いた服が着られますので」
「……ああ、そうだな。いろいろと辛いだろうが、少しだけ我慢をしてもらうことになる」
「ええ、大丈夫です」
ベルナールは膝を突いた状態で、頭を垂れた。
その様子を見たアニエスは慌てふためいた。
「あ、あの、そんな、平気ですので」
「だが、こちらの家庭の事情に巻きこんでしまって申し訳ないと」
「わたくしは、ご主人様のお役に立ちたいと、常日頃から思っていますので、お役目を頂けて、嬉しいです」
アニエスも椅子から立ち上がってしゃがみ込み、ベルナールと同じ視線の高さになる。
「えっと、頑張ります」
健気な様子で決意表明をするアニエスに、ベルナールは思わず見惚れてしまう。
途中、ぼんやりしていることに気付き、言葉を返す。
「……あ、ありが、とう」
互いに頑張ろうと、励まし合った。
「お義母様はカフェオレでいいのかしら?」
「ええ」
確認後、店員に目配せをすれば、注文を取りに来る。
「カフェオレとショコラショーを二つ」
「かしこまりました」
義弟の好みは大人になっても変わっていないだろうと、チョコレートを使った甘ったるい飲み物を勝手に注文する。ベルナールは文句も言わずに大人しくしていた。
「久しぶりね、ベルナール」
「……どうも」
「いつの間にか大人になって、なんだか寂しいわ」
「……ああ」
「ふふふ、久々で恥ずかしいのかしら?」
一番上の兄、ロベールの妻イングリトは、十歳年下の義弟を見ながら目を細める。
姉妹の中で育った彼女は弟が欲しかったようで、嫁いでからいろんな意味で可愛がってくれたのだ。
「覚えているかしら? 一緒に野遊びに出かけて、猪を仕留めた日のことを。私は昨日のことのように思い出すことが出来るわ」
それは、ベルナールが八歳の時の話。
嫁いだばかりのイングリトは、近くの森の散策がしたいと言って二人で出かけることになった。
色鮮やかな初夏の森を歩いていれば、運悪く野生の猪に出会ってしまう。
しかしながら、イングリトはベルナールに心配いらないと言い切る。彼女は都会育ちだったが、父親の狩猟について行く変わった娘だった。
なので、野生動物に出会っても、ごくごく冷静に対応した。念のためにと持ち歩いていた鉄砲を構え、頭部を一発で撃ち抜く。
「美味しかったわねえ、あの時の猪」
さも、美しい思い出のようにイングリトは語っていたが、ベルナールにとって少年時代の恐怖の記憶でもある。
「ベルナール、あなたが王都に行ってから、とても寂しかったわ」
そんなイングリトには、現在七歳と五歳の子どもが居る。今回一緒に王都に来ているので、顔を見て欲しいと言っていた。
「子どもはどこに?」
「私の実家に預けているの」
休みの日を聞かれ、あっという間に予定が決まっていった。
カフェオレとショコラショーが運ばれ、思い出話がひと段落したところで本題に移る。
「――それで、母上と義姉上は、なぜこちらに?」
「言っていたでしょう、近日中に来ると」
「いえ、あまりにも早かったので」
イングリトが里帰りをすると言うので、一緒についてきたとオセアンヌは話す。
「久々に王都の社交場に行けば、公儀競売の話題になっていて――」
アニエスの母親の婚礼衣装が出品されると聞き、オセアンヌは慌てて参加をすることになったと言う。
「母上、慌てて参加など、可能なのですか?」
「ええ、父の名前を出せば、手配して頂けましたわ」
流石、大陸の中で一、二を争う商会一族の者だとベルナールは思った。
「資金は一体どこから?」
「父からあなたへの生前贈与金の一部から」
「は?」
祖父からベルナールへの生前贈与金と聞き、耳を疑うことになった。
「生前贈与の話など、聞いておりません」
「だって、言っていませんもの」
扇を広げ、優雅に扇ぎながら言う。更に、金額を聞いて驚くことになった。
「金貨五百枚のうち、今回、百五十枚使いました」
「な、金貨、五百枚!?」
どうしてそのような大金をと聞けば、眉を顰めながら事情を説明する。
三年前、オセアンヌの父は孫全員に金貨五百枚ずつ贈与した。
受け取ってすぐに三番目の兄ルイが事業準備金に使い込み、一年後に経営破綻。
五百枚の金貨はあっという間に溶けてなくなった。
「そんなことがあったものだから、残りの息子達の財産はきっちりと私が管理しようと思いまして」
そういうことだったのかと、深いため息を吐く。
渋々と言った感じにどうするかと聞いてきたが、使い道は思いつかないので、そのまま管理を任せることにした。
「……お祖父さまに、お礼の手紙を送らなければ」
「ええ、お喜びになるでしょう」
話は変わって、アニエスの婚礼衣装は結婚式当日のサプライズにしようと提案していた。
ベルナールは口に含んでいたショコラショーを噴き出しそうになった。
「結婚式も頂いたお金を使えばいいでしょう」
「楽しみね、お義母様」
「本当に。それにしても、偶然とはいえ、ドレスを落札出来て良かったですわ」
状況が落ち着けば、盛大な結婚式を行うと、張り切っていた。
そんな母親に、ベルナールは非難めいた発言をする。
「ドレス一着に金貨百五十枚も払うなんて」
それに関して、オセアンヌは素直に謝った。勝手に財産を使って申し訳なかったと。
「ですが、アニエスさんがお母様とのドレスの思い出を切なそうに話をしていたから、なんとしてでも手に入れようと……」
アニエスの母親は娘の結婚式を見届けることは出来ない。ならば、せめてドレスでも共に在れば喜ぶだろうと、オセアンヌは話す。
イングリトは話を聞きながら、眦に涙を浮かべていた。
一方で、ベルナールは額に汗を浮かべている。
現在、頭の中を占めているのは結婚式のことではない。
家で使用人の格好をしているアニエスのことを母親に知られたら大変なことになると、焦っていたのだ。
そして、勇気を出して質問してみる。
「――母上と義姉上は、今晩はどちらに?」
結婚式の話で盛り上がっていた二人は、同時に動きを止める。
ベルナールはごくりと、生唾を呑み込んだ。
扇を畳みながら、オセアンヌは今晩の予定を伝える。
「今日はイングリトさんのお家でお世話になろうと思いまして」
それを聞いて、深く安堵する。
帰ってから作戦会議をしなければと、頭の中でいろいろと情報を整理していた。
時刻は九時前となる。そろそろ馬車の最終便の時間が迫っていた。
「では、お開きにいたしますか」
「そうね」
支払いはベルナールが済ませ、店を出る。外にはイングリトの家からやって来た、迎えの馬車が停まっていた。
母と義姉を見送ったあと、馬車乗り場まで急ぐ。なんとか最終便に乗ることが出来た。
ガタゴトと激しく揺れる馬車の中で、ぐるぐると考えごとをする。
母親及び義姉の襲来、アニエスの母の婚礼衣装落札の件、祖父からの生前贈与金などなど、大変な事実が複数発覚したのだ。
どうして問題が次から次へと降りかかってくるのかと、頭を抱える。
そうこうしているうちに自宅近くの停留所に到着をした。
一刻も早く帰ろうと馬車から飛び降り、支払いを済ませてから家まで駆け足で帰る。
玄関を開けば、近くにある休憩所からアニエスが顔を出した。ベルナールの傍へと駆け寄って出迎える。
「ご主人様、おかえりなさ――」
「話がある」
肩で息をしていたベルナールは、急いでいたのでアニエスの体を持ち上げ、早足で移動した。
「えっ、あ、あの」
アニエスは少しだけ驚きの声をあげたが、すぐに大人しくなって身を任せていた。
ベルナールは私室の前でアニエスを下ろし、手を引いて部屋に入る。
長椅子の所まで連れて行き、座るように命じた。
そのまま向かいの席に座るかと思いきや、地面に片膝を突いて話を始める。
「――大変なことになった」
「え?」
ベルナールは情報を選別して、アニエスに今日のことを語って聞かせた。
まず、母親の婚礼衣装については黙っておく。
一番重要なことは、母親と義姉が来たことである。
明日、やって来ると言うので、再び婚約者役を頼むことになった。
「すまないが、また話を合わせてくれると助かる」
「それは、はい。お安い御用です」
今回は母オセアンヌだけでなく、義姉、イングリトにも注意するように促した。
「義姉上(あねうえ)は母以上に勘が鋭い。なので、嘘を言う時は気をつけておいてくれ」
「承知いたしました」
「それから――」
問題は服のこと。今の体型に合うように服を仕立て直したのかと聞けば、首を横に振る。
「矯正下着を着ければ、以前頂いた服が着られますので」
「……ああ、そうだな。いろいろと辛いだろうが、少しだけ我慢をしてもらうことになる」
「ええ、大丈夫です」
ベルナールは膝を突いた状態で、頭を垂れた。
その様子を見たアニエスは慌てふためいた。
「あ、あの、そんな、平気ですので」
「だが、こちらの家庭の事情に巻きこんでしまって申し訳ないと」
「わたくしは、ご主人様のお役に立ちたいと、常日頃から思っていますので、お役目を頂けて、嬉しいです」
アニエスも椅子から立ち上がってしゃがみ込み、ベルナールと同じ視線の高さになる。
「えっと、頑張ります」
健気な様子で決意表明をするアニエスに、ベルナールは思わず見惚れてしまう。
途中、ぼんやりしていることに気付き、言葉を返す。
「……あ、ありが、とう」
互いに頑張ろうと、励まし合った。
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