没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります
第三十四話 石板菓子と競売
「アニエスさん、これでどんなお菓子を作るでしょう?」
「ヒントは小麦粉を使って作るお菓子です」
浅い鍋でパンケーキを作るのかとアニエスが聞けば、同じタイミングで首を横に振る。
「浅いお鍋で作る、小麦粉のお菓子……他に思いつきません」
「ヒントその二!」
「ザクザク、サクサク!」
アニエスは首を傾げながらヒントを元に考え、ビスケットかと答える。
「正解!」
「大正解です」
本日アニエスが双子の姉妹から習うお菓子は、ビスケットだった。
竈だと温度の調節が難しく、何度も焦がしてしまったという失敗から、兄アレンの助言を元に試行錯誤をして完成された物だと言う。
材料は小麦粉にバター、牛乳、砂糖、卵、メープルシロップ。
バターは熱で軽く溶かし、砂糖とメープルシロップを入れて混ぜ合わせる。その中に小麦粉と牛乳、溶き卵を投入。ひたすら練って、纏まるまで混ぜ合わせる。
「普通だったらこのあと生地を寝かせるんだけど、省略します」
「ちょっとでも早く食べたいので、寝かせません」
生地を寝かせる理由は表面がべたつかずに扱いやすくなり、加えて、サクサクと軽い触感を出すためだが、キャロルとセリアはあまり気にせずにそのまま焼いてしまうと言う。
仕上がった生地を伸ばし棒で平らにしていく。あとは型抜きをするばかりだが、キャロルが取り出したのは包丁だった。
「型抜きは面倒なのでいたしません」
「包丁で四角に切ります」
キャロルは伸ばした生地を切り、セリアはフォークでビスケットに穴を開けていった。穴を開けるのは加熱時間の短縮のためだと言う。
温まった鍋にビスケットを並べ、焼いていく。
ジュウジュウという音と共に、ふわりと甘い香りが漂っていた。
弱火でじっくりと焼き、両面がキツネ色になったら完成となる。
「ビスケット、完成です」
「題して――」
「また雑ビスケット作ったのか?」
双子の間に割り込んで来たのはアレンだった。お皿に盛りつけられたビスケットを見て、呆れた顔をしている。
「雑ビスケットじゃない!」
「石板ビスケットって素敵な名前があるのに」
「そんな名前があったのか……」
アレンはなるほどなと呟く。
「これ、今は出来たてでそこそこ食べられるけれど、時間が経ったら石みたいに硬くなるもんなあ。ぴったりな名前だ」
名前の由来を褒められ、自慢げな表情をするキャロルとセリア。
アニエスにはふくらし粉を入れて、二時間ほど寝かせた生地で作るようにと、アレンは助言をしていた。
双子はお茶を淹れてくると言って、準備をしに行く。アニエスはその場で待機をしているように言われていたので、大人しくしていた。
アレンは焼きたてのビスケットを摘まんで食べる。
「懐かしい味がする。このビスケットに似た物を、昔母さんがよく作っていたんだ」
「そうだったのですね」
「そう。当時、忙しかったのか、石のように硬いお菓子を作ってくれて」
ジジルに習ったわけではないのに、独自で同じようなお菓子を生み出してしまった妹達の才能が恐ろしいとアレンは言う。アニエスは思わず笑ってしまった。
「兄と僕と旦那様は、母の硬いお菓子で顎を鍛えられたんだ」
「まあ、そんなことが」
ベルナールが平気な顔をして硬い飴を噛み砕いていたわけを知り、微笑ましいような気分となる。
「石板ビスケット、時間が経ったやつは食べない方がいいかも」
「そんなに硬いのでしょうか?」
「甘く見てはいけない」
「わ、分かりました」
その後、焼きたてのビスケットを囲み、お茶会が催された。
初めて食べる石板ビスケットは素朴な味わいで、お茶との相性も抜群なお菓子だった。
アニエスは明日、一人で作ってみようと決意を表明する。
◇◇◇
一日の仕事を終えたベルナールは更衣室で私服に着替え、家路に就こうとしていた。
ところが、そんな彼の行く先を遮る者が現れる。
「やあ」
「……どうも」
更衣室前でベルナールを待ち構えていたのは、エルネスト・バルテレモンだった。
珍しく私服姿で現れる。
一体何用かと聞けば、意外な場所に誘われることになった。
「今から公儀主催の競売があるんだけど、一緒に行かないかい?」
「は?」
「お上が差し押さえた品を売る催し事なんだけど」
「いや、いい」
競売に使うようなお金もないし、そもそも欲しい品もなければ興味もない。
早く帰って風呂に入りたいと思ったので、即座にお断りをする。
片手を挙げ、また今度と言ってこの場から去ろうとしたが、引き止められる。
「ま、待ってくれ! 今回はただの競売じゃないんだ!」
「他の人を誘えばいい」
「君じゃないとだめなんだ」
「気持ち悪いことを言うな」
「え?」
「気持ち悪いことを言うなと言った」
「や、やっぱり、気持ち悪いって言ってた! いや、そんなことはどうでもいい。今日はちょっと、付き合って欲しいんだ」
あまりにも必死なので、話だけでも聞こうかと、執務室に移動する。ラザールはすでに帰宅をしていて不在だった。
「――で?」
「あ、ああ。今回の競売は、アニエス・レーヴェルジュの家の品物が出されるらしい」
「……へえ」
「中でも、彼女の母親の、婚礼衣装を落札したいと思っている」
アニエスは親しい友人に、将来母親の婚礼衣装を着たいという話をしていたらしい。エルネストは、彼女に関する情報を集めていた。
ベルナールは愛人にしたいと思っている女性に、大した熱の入れようだと思った。
狩猟をする時と似たような心境なのかと考える。逃した獲物は、実際よりも良いものに見えると聞いたことがあった。理解出来ないことだと思う。
「それで、なんで俺を誘った」
「一人だと楽しくないだろう。落札した喜びは誰かと分かち合いたい」
「知るかよ……」
猫が主人に獲物を自慢するような感じなのかと考える。
「ちょっと違うか」
「何が?」
「なんでもない」
しつこく誘ってくるので、結局付き合うことになった。
移動はエルネストの馬車で向かう。十分も経たないうちに会場に到着した。
競売会場は夜会などが行われる建物の中で行われる。
誰でも参加出来るわけではなく、貴族のごく一部の者達に招待状が送られてくるとエルネストは自慢げに話していた。
「服装規定はこれだ」
ベルナールの目の前に差し出されたのは、目元を覆う仮面だった。
「なんだ、これ?」
「差し押さえ品や公有財産の買い取りは匿名で行われる。つまり、落札した品は誰が買ったか分からないようになるらしい」
「どうしてこんなことをするんだ?」
「さあ? 私も詳しくは知らないが、取引をするにあたっていろいろと不都合があるとか」
「変な決まりだな」
ベルナールは文句を言いながら、仮面を装着する。
「私も競売に行くのは初めてでね」
「意外だな」
「まあね。買い物は自分から足を運んだことがないんだ」
「そうかい」
つまり、一人で行くのが不安だったのだ。
しようもない理由で誘ってくれたものだと、ベルナールは思う。
会場の入り口では、たくさんの招待客達が列を成していた。
近くに居た男女が、いつもより参加者が多いと言っていたのを耳にする。
「何かお宝か何かが出品されているのだろうか?」
「知るかよ」
正装で来ている参加者達の中で、普段着のベルナールは浮いていた。
ちらちらと不躾な視線を感じていたので、目立たない場所まで移動するように急かした。
「おい、さっさと席に行くぞ」
「ああ、そうだね」
慣れない場所でキョロキョロと周囲を見渡していたエルネストの肩を叩き、奥にある広間へと向かう。
広い会場には椅子が置かれ、前方には競りを行う高座が作られていた。
席は自由席で、半分以上埋まっている。
エルネストはどこに座ろうかと迷っていたので、後方の席が良いと言って勝手に腰掛けた。
招待客は男性がほとんど。
貴族以外に、商人のような雰囲気の者達も居た。仮面をしていても、長年騎士を務めていたベルナールには個々の様子などでなんとなく職業は分かってしまう。
しばらく待機をすれば、招待客同様に仮面を着けた男が現れる。
挨拶をしたのちに、競売開始の宣言が言い渡された。
「ヒントは小麦粉を使って作るお菓子です」
浅い鍋でパンケーキを作るのかとアニエスが聞けば、同じタイミングで首を横に振る。
「浅いお鍋で作る、小麦粉のお菓子……他に思いつきません」
「ヒントその二!」
「ザクザク、サクサク!」
アニエスは首を傾げながらヒントを元に考え、ビスケットかと答える。
「正解!」
「大正解です」
本日アニエスが双子の姉妹から習うお菓子は、ビスケットだった。
竈だと温度の調節が難しく、何度も焦がしてしまったという失敗から、兄アレンの助言を元に試行錯誤をして完成された物だと言う。
材料は小麦粉にバター、牛乳、砂糖、卵、メープルシロップ。
バターは熱で軽く溶かし、砂糖とメープルシロップを入れて混ぜ合わせる。その中に小麦粉と牛乳、溶き卵を投入。ひたすら練って、纏まるまで混ぜ合わせる。
「普通だったらこのあと生地を寝かせるんだけど、省略します」
「ちょっとでも早く食べたいので、寝かせません」
生地を寝かせる理由は表面がべたつかずに扱いやすくなり、加えて、サクサクと軽い触感を出すためだが、キャロルとセリアはあまり気にせずにそのまま焼いてしまうと言う。
仕上がった生地を伸ばし棒で平らにしていく。あとは型抜きをするばかりだが、キャロルが取り出したのは包丁だった。
「型抜きは面倒なのでいたしません」
「包丁で四角に切ります」
キャロルは伸ばした生地を切り、セリアはフォークでビスケットに穴を開けていった。穴を開けるのは加熱時間の短縮のためだと言う。
温まった鍋にビスケットを並べ、焼いていく。
ジュウジュウという音と共に、ふわりと甘い香りが漂っていた。
弱火でじっくりと焼き、両面がキツネ色になったら完成となる。
「ビスケット、完成です」
「題して――」
「また雑ビスケット作ったのか?」
双子の間に割り込んで来たのはアレンだった。お皿に盛りつけられたビスケットを見て、呆れた顔をしている。
「雑ビスケットじゃない!」
「石板ビスケットって素敵な名前があるのに」
「そんな名前があったのか……」
アレンはなるほどなと呟く。
「これ、今は出来たてでそこそこ食べられるけれど、時間が経ったら石みたいに硬くなるもんなあ。ぴったりな名前だ」
名前の由来を褒められ、自慢げな表情をするキャロルとセリア。
アニエスにはふくらし粉を入れて、二時間ほど寝かせた生地で作るようにと、アレンは助言をしていた。
双子はお茶を淹れてくると言って、準備をしに行く。アニエスはその場で待機をしているように言われていたので、大人しくしていた。
アレンは焼きたてのビスケットを摘まんで食べる。
「懐かしい味がする。このビスケットに似た物を、昔母さんがよく作っていたんだ」
「そうだったのですね」
「そう。当時、忙しかったのか、石のように硬いお菓子を作ってくれて」
ジジルに習ったわけではないのに、独自で同じようなお菓子を生み出してしまった妹達の才能が恐ろしいとアレンは言う。アニエスは思わず笑ってしまった。
「兄と僕と旦那様は、母の硬いお菓子で顎を鍛えられたんだ」
「まあ、そんなことが」
ベルナールが平気な顔をして硬い飴を噛み砕いていたわけを知り、微笑ましいような気分となる。
「石板ビスケット、時間が経ったやつは食べない方がいいかも」
「そんなに硬いのでしょうか?」
「甘く見てはいけない」
「わ、分かりました」
その後、焼きたてのビスケットを囲み、お茶会が催された。
初めて食べる石板ビスケットは素朴な味わいで、お茶との相性も抜群なお菓子だった。
アニエスは明日、一人で作ってみようと決意を表明する。
◇◇◇
一日の仕事を終えたベルナールは更衣室で私服に着替え、家路に就こうとしていた。
ところが、そんな彼の行く先を遮る者が現れる。
「やあ」
「……どうも」
更衣室前でベルナールを待ち構えていたのは、エルネスト・バルテレモンだった。
珍しく私服姿で現れる。
一体何用かと聞けば、意外な場所に誘われることになった。
「今から公儀主催の競売があるんだけど、一緒に行かないかい?」
「は?」
「お上が差し押さえた品を売る催し事なんだけど」
「いや、いい」
競売に使うようなお金もないし、そもそも欲しい品もなければ興味もない。
早く帰って風呂に入りたいと思ったので、即座にお断りをする。
片手を挙げ、また今度と言ってこの場から去ろうとしたが、引き止められる。
「ま、待ってくれ! 今回はただの競売じゃないんだ!」
「他の人を誘えばいい」
「君じゃないとだめなんだ」
「気持ち悪いことを言うな」
「え?」
「気持ち悪いことを言うなと言った」
「や、やっぱり、気持ち悪いって言ってた! いや、そんなことはどうでもいい。今日はちょっと、付き合って欲しいんだ」
あまりにも必死なので、話だけでも聞こうかと、執務室に移動する。ラザールはすでに帰宅をしていて不在だった。
「――で?」
「あ、ああ。今回の競売は、アニエス・レーヴェルジュの家の品物が出されるらしい」
「……へえ」
「中でも、彼女の母親の、婚礼衣装を落札したいと思っている」
アニエスは親しい友人に、将来母親の婚礼衣装を着たいという話をしていたらしい。エルネストは、彼女に関する情報を集めていた。
ベルナールは愛人にしたいと思っている女性に、大した熱の入れようだと思った。
狩猟をする時と似たような心境なのかと考える。逃した獲物は、実際よりも良いものに見えると聞いたことがあった。理解出来ないことだと思う。
「それで、なんで俺を誘った」
「一人だと楽しくないだろう。落札した喜びは誰かと分かち合いたい」
「知るかよ……」
猫が主人に獲物を自慢するような感じなのかと考える。
「ちょっと違うか」
「何が?」
「なんでもない」
しつこく誘ってくるので、結局付き合うことになった。
移動はエルネストの馬車で向かう。十分も経たないうちに会場に到着した。
競売会場は夜会などが行われる建物の中で行われる。
誰でも参加出来るわけではなく、貴族のごく一部の者達に招待状が送られてくるとエルネストは自慢げに話していた。
「服装規定はこれだ」
ベルナールの目の前に差し出されたのは、目元を覆う仮面だった。
「なんだ、これ?」
「差し押さえ品や公有財産の買い取りは匿名で行われる。つまり、落札した品は誰が買ったか分からないようになるらしい」
「どうしてこんなことをするんだ?」
「さあ? 私も詳しくは知らないが、取引をするにあたっていろいろと不都合があるとか」
「変な決まりだな」
ベルナールは文句を言いながら、仮面を装着する。
「私も競売に行くのは初めてでね」
「意外だな」
「まあね。買い物は自分から足を運んだことがないんだ」
「そうかい」
つまり、一人で行くのが不安だったのだ。
しようもない理由で誘ってくれたものだと、ベルナールは思う。
会場の入り口では、たくさんの招待客達が列を成していた。
近くに居た男女が、いつもより参加者が多いと言っていたのを耳にする。
「何かお宝か何かが出品されているのだろうか?」
「知るかよ」
正装で来ている参加者達の中で、普段着のベルナールは浮いていた。
ちらちらと不躾な視線を感じていたので、目立たない場所まで移動するように急かした。
「おい、さっさと席に行くぞ」
「ああ、そうだね」
慣れない場所でキョロキョロと周囲を見渡していたエルネストの肩を叩き、奥にある広間へと向かう。
広い会場には椅子が置かれ、前方には競りを行う高座が作られていた。
席は自由席で、半分以上埋まっている。
エルネストはどこに座ろうかと迷っていたので、後方の席が良いと言って勝手に腰掛けた。
招待客は男性がほとんど。
貴族以外に、商人のような雰囲気の者達も居た。仮面をしていても、長年騎士を務めていたベルナールには個々の様子などでなんとなく職業は分かってしまう。
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