没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります
第一話 屈辱的な出会い
子爵家五男、ベルナール・オルレリアンと、伯爵家令嬢、アニエス・レーヴェルジュの出会いは五年前まで遡る。
奇しくも、それはアニエスの社交界デビューの当日だった。
アニエスは輝く金色の髪を持ち、宝石のような青い瞳は美しく、抜けるような白磁の肌は見る者をうっとりとさせた。
彼女は、絶世の美少女であった。
容姿だけでも注目を集めていたが、アニエスは古い歴史のある大貴族、レーヴェルジュ家の一人娘である。
将来爵位を持たない次男以下の男達は、喉から手が出るほどに、伴侶として望ましい女性でもあった。
多くの友人や知人に囲まれたアニエスは、宝箱の中に納められた宝石のよう。
社交界デビューを祝福され、彼女は幸せの絶頂にあった。
そんな伯爵令嬢を感情のない目で見つめる男が居た。
ベルナール・オルレリアン。アニエスより一つ年上の十六歳。
彼もまた、伴侶を探すために夜会に参加をしている。
ベルナールはオルレリアン子爵家の五人目の子供だ。
父は子ども達に「名は体を表す」と言って意味のある名前を授けた。
上から輝かしい名声ロベール、勝利する者ヴィクトール、強い戦士マティルド、名高い戦士ルイ。
だが、五人目も男でネタ切れを起こした彼の父が授けた名は『ベルナール』。
意味は熊のように強い男。略して熊男だ。
茶色い髪に、茶色い目、毛先に癖のある髪の毛だったので、子供の頃はぬいぐるみのように愛らしかった。母親は「子熊ちゃん」と呼んでたいそう可愛がっていたが、大きくなればそれも鬱陶しくなり、騎士団に入った年に一つに結んでいた長い髪の毛は短く刈った。現在、ベルナールが癖毛持ちだったと知る者は家族以外居ない。
熊のようにがっしりとした体型には育たなかったものの、背はぐんぐんと伸びた。
そんな彼は、昨年無事に一人前だと認められ、騎士団で地味な活躍をしている。
騎士となったベルナールに、昨年から夜会の招待状が届くようになった。
年に一度、国王主催で開かれる夜会は、大規模な社交の場である。
そこでは貴族が伴侶探しをする。とは言っても、年若い彼にとって結婚は現実的な話ではなかった。
騎士の給料はささやかなもので、五男の彼は大きな財産分与もない。
唯一、街の郊外にあるささやかな、白亜の屋敷が彼の財産だった。
ベルナールの生家であるオルレリアン家は、王都より離れた田舎街を領している。
王都にある屋敷は、元々社交期だけ暮らすタウンハウスだった。それを騎士となった年に一人前の証として、父親より譲り受けたのだ。
そこで暮らすのは、 ベルナールを育てた乳母一家。
屋敷を取り仕切る元乳母に、庭の手入れをする夫、執事をする長男に、厨房を預かる次男、侍女をする次女と三女。長女は二か月前に嫁に行った。
ベルナールはその一家と暮らしている。
元乳母であるジジルは、素敵なお嫁さんを選んでくれと、期待の眼差しと共にベルナールを見送った。
去年はそれなりに頑張った。
父親の知り合いや、声を掛けやすそうな令嬢と踊ったりした。
だが、付添人がベルナールの生活環境や境遇を聞けば、交流はぱったりと終わってしまう。
それを数回繰り返せば、賢くないベルナールも気付く。
――結婚に大切なものは、財産なのだと。
そんな訳で、美少女アニエスを前にしても、ベルナールは冷静で居た。
同僚、ジブリル・ノアイユは踊りを誘いに行こうと言っている。
彼の年収や財産もベルナールとそう変わらない。無駄なことだと言ったが、聞く耳を持っていなかった。
ジブリルに無理矢理引きずられながら、アニエスの取り巻きの中に入って行った。
長い時間待ち続け、ようやく声を掛けることになった。が、待っていたのは、ジブリルとベルナールの情報を握っていたらしい付添人がアニエスに耳打ちしたあとの、蔑むような視線だった。
その目を見たベルナールは、そのまま回れ右をして、夜会会場を飛び出した。
――どうして初対面の相手に、あのような目で見られなければならないのか!!
彼は十一歳の頃より親元を離れ、一人王都で騎士になるために身を立てていた。
自分の人生にも、生まれにも、恥ずべきことは何もない。
騎士である自分に誇りを持っていた。
なので、あのような目で見られたことに、燃えるような怒りを覚えていたのだ。
そのまままっすぐ家に帰り、風呂も入らずに自室に籠る。
炎のように滾った怒りはなかなか治まらなかった。
◇◇◇
翌年も社交期になれば、アニエスの噂は度々耳に入るようになる。
彼女の父親は宰相で、結婚相手を吟味しているという話を同僚から聞いた。
「やっぱ、将来性のある文官から婿を選ぶのか……。なあ、ベルナール、どう思う?」
「知るかよ」
幸せなお姫様。
ベルナールには一生縁がない相手だと思った。
怒りの感情は一年も経てば忘れてしまった。我ながら熊のように単純で良かったと安堵している。
だが、妙なところで彼女と遭遇してしまう。
それはベルナールが王宮庭園の巡回任務に就いている時だった。
第二王子が大勢の女性を呼び、大々的な茶会を開いた。
念のためにと、警護をする騎士は多めに配置される。普段王宮内の警護をしているベルナールも駆り出された。
茶会と言っても、一つの机で会話を楽しむものではない。
園遊会のような、大規模な催しだった。
ベルナールは迷路のようになっている薔薇園を巡回していた。
すると、男の甘い叫び声が聞こえてくる。
「アニエス~、ふふふ、なんてお転婆な子なんだ~」
男女で追い駆けっこでもしているのかと、ベルナールは舌打ちをする。
なるべく鉢合わせしないように、声から遠ざかろうとした。
ところが、曲がり角で少女と遭遇する。
ふわふわと、甘くて柔らかい砂糖菓子のような少女が、ベルナールの胸元に飛び込んで来たのだ。
「きゃあ!」
「!?」
咄嗟に、地面に転がっていきそうだったその身を抱き止める。
微かにその肩が震えているのに気付き、慌てて離れた。
そして、出会った少女を見て、ぎょっとする。
絹のように輝く金色の髪に、宝石のように澄んだ青い目、抜けるような白い肌。
アニエス・レーヴェルジュ。
あれから一年が経ち、あどけなさの中に香り立つような色気を纏っていた。
短い期間で、これほど変わるものだと見とれてしまう。
それと同時に、異変にも気付いた。
肩で息をしている。
飛び出してきた勢いといい、荒くなっている息遣いといい、今まで走っていたことが分かった。
もしかして、追い駆けっこをしていた男女の片割れかと考えていた。
人気のない薔薇園で、しようもないことをしていたものだと、深いため息を吐いてしまう。
そんな中で、ベルナールを見たアニエスの目が、すっと細められる。
それは一年前と同じ、蔑みの目。
ベルナールは全身がカッと熱くなり、怒りの感情を蘇らせてしまった。
文句を言おうと一歩前に踏み出せば、カチャリと腰に佩いた剣が音を鳴らす。
そこで、彼は気付く。今は勤務中で、私情を持ち出していい時間ではないと言うことを。
苛立ちは、ぐっと抑える。
彼女は悪くない。
悪いのは、取り巻く環境だと自らに言い聞かせ、その場から離れようとした。
しかしながら、予想外の展開となる。
「アニエ~ス、どこに居るのかな~、子猫ちゃん」
その声が聞こえたのと同時に、背後に居た少女、アニエスはベルナールの上着を握り締め、懇願した。
「――騎士様、お願いします、わたくしを助けて下さい!」
まさかの願いに、ベルナールは目を丸くした。
奇しくも、それはアニエスの社交界デビューの当日だった。
アニエスは輝く金色の髪を持ち、宝石のような青い瞳は美しく、抜けるような白磁の肌は見る者をうっとりとさせた。
彼女は、絶世の美少女であった。
容姿だけでも注目を集めていたが、アニエスは古い歴史のある大貴族、レーヴェルジュ家の一人娘である。
将来爵位を持たない次男以下の男達は、喉から手が出るほどに、伴侶として望ましい女性でもあった。
多くの友人や知人に囲まれたアニエスは、宝箱の中に納められた宝石のよう。
社交界デビューを祝福され、彼女は幸せの絶頂にあった。
そんな伯爵令嬢を感情のない目で見つめる男が居た。
ベルナール・オルレリアン。アニエスより一つ年上の十六歳。
彼もまた、伴侶を探すために夜会に参加をしている。
ベルナールはオルレリアン子爵家の五人目の子供だ。
父は子ども達に「名は体を表す」と言って意味のある名前を授けた。
上から輝かしい名声ロベール、勝利する者ヴィクトール、強い戦士マティルド、名高い戦士ルイ。
だが、五人目も男でネタ切れを起こした彼の父が授けた名は『ベルナール』。
意味は熊のように強い男。略して熊男だ。
茶色い髪に、茶色い目、毛先に癖のある髪の毛だったので、子供の頃はぬいぐるみのように愛らしかった。母親は「子熊ちゃん」と呼んでたいそう可愛がっていたが、大きくなればそれも鬱陶しくなり、騎士団に入った年に一つに結んでいた長い髪の毛は短く刈った。現在、ベルナールが癖毛持ちだったと知る者は家族以外居ない。
熊のようにがっしりとした体型には育たなかったものの、背はぐんぐんと伸びた。
そんな彼は、昨年無事に一人前だと認められ、騎士団で地味な活躍をしている。
騎士となったベルナールに、昨年から夜会の招待状が届くようになった。
年に一度、国王主催で開かれる夜会は、大規模な社交の場である。
そこでは貴族が伴侶探しをする。とは言っても、年若い彼にとって結婚は現実的な話ではなかった。
騎士の給料はささやかなもので、五男の彼は大きな財産分与もない。
唯一、街の郊外にあるささやかな、白亜の屋敷が彼の財産だった。
ベルナールの生家であるオルレリアン家は、王都より離れた田舎街を領している。
王都にある屋敷は、元々社交期だけ暮らすタウンハウスだった。それを騎士となった年に一人前の証として、父親より譲り受けたのだ。
そこで暮らすのは、 ベルナールを育てた乳母一家。
屋敷を取り仕切る元乳母に、庭の手入れをする夫、執事をする長男に、厨房を預かる次男、侍女をする次女と三女。長女は二か月前に嫁に行った。
ベルナールはその一家と暮らしている。
元乳母であるジジルは、素敵なお嫁さんを選んでくれと、期待の眼差しと共にベルナールを見送った。
去年はそれなりに頑張った。
父親の知り合いや、声を掛けやすそうな令嬢と踊ったりした。
だが、付添人がベルナールの生活環境や境遇を聞けば、交流はぱったりと終わってしまう。
それを数回繰り返せば、賢くないベルナールも気付く。
――結婚に大切なものは、財産なのだと。
そんな訳で、美少女アニエスを前にしても、ベルナールは冷静で居た。
同僚、ジブリル・ノアイユは踊りを誘いに行こうと言っている。
彼の年収や財産もベルナールとそう変わらない。無駄なことだと言ったが、聞く耳を持っていなかった。
ジブリルに無理矢理引きずられながら、アニエスの取り巻きの中に入って行った。
長い時間待ち続け、ようやく声を掛けることになった。が、待っていたのは、ジブリルとベルナールの情報を握っていたらしい付添人がアニエスに耳打ちしたあとの、蔑むような視線だった。
その目を見たベルナールは、そのまま回れ右をして、夜会会場を飛び出した。
――どうして初対面の相手に、あのような目で見られなければならないのか!!
彼は十一歳の頃より親元を離れ、一人王都で騎士になるために身を立てていた。
自分の人生にも、生まれにも、恥ずべきことは何もない。
騎士である自分に誇りを持っていた。
なので、あのような目で見られたことに、燃えるような怒りを覚えていたのだ。
そのまままっすぐ家に帰り、風呂も入らずに自室に籠る。
炎のように滾った怒りはなかなか治まらなかった。
◇◇◇
翌年も社交期になれば、アニエスの噂は度々耳に入るようになる。
彼女の父親は宰相で、結婚相手を吟味しているという話を同僚から聞いた。
「やっぱ、将来性のある文官から婿を選ぶのか……。なあ、ベルナール、どう思う?」
「知るかよ」
幸せなお姫様。
ベルナールには一生縁がない相手だと思った。
怒りの感情は一年も経てば忘れてしまった。我ながら熊のように単純で良かったと安堵している。
だが、妙なところで彼女と遭遇してしまう。
それはベルナールが王宮庭園の巡回任務に就いている時だった。
第二王子が大勢の女性を呼び、大々的な茶会を開いた。
念のためにと、警護をする騎士は多めに配置される。普段王宮内の警護をしているベルナールも駆り出された。
茶会と言っても、一つの机で会話を楽しむものではない。
園遊会のような、大規模な催しだった。
ベルナールは迷路のようになっている薔薇園を巡回していた。
すると、男の甘い叫び声が聞こえてくる。
「アニエス~、ふふふ、なんてお転婆な子なんだ~」
男女で追い駆けっこでもしているのかと、ベルナールは舌打ちをする。
なるべく鉢合わせしないように、声から遠ざかろうとした。
ところが、曲がり角で少女と遭遇する。
ふわふわと、甘くて柔らかい砂糖菓子のような少女が、ベルナールの胸元に飛び込んで来たのだ。
「きゃあ!」
「!?」
咄嗟に、地面に転がっていきそうだったその身を抱き止める。
微かにその肩が震えているのに気付き、慌てて離れた。
そして、出会った少女を見て、ぎょっとする。
絹のように輝く金色の髪に、宝石のように澄んだ青い目、抜けるような白い肌。
アニエス・レーヴェルジュ。
あれから一年が経ち、あどけなさの中に香り立つような色気を纏っていた。
短い期間で、これほど変わるものだと見とれてしまう。
それと同時に、異変にも気付いた。
肩で息をしている。
飛び出してきた勢いといい、荒くなっている息遣いといい、今まで走っていたことが分かった。
もしかして、追い駆けっこをしていた男女の片割れかと考えていた。
人気のない薔薇園で、しようもないことをしていたものだと、深いため息を吐いてしまう。
そんな中で、ベルナールを見たアニエスの目が、すっと細められる。
それは一年前と同じ、蔑みの目。
ベルナールは全身がカッと熱くなり、怒りの感情を蘇らせてしまった。
文句を言おうと一歩前に踏み出せば、カチャリと腰に佩いた剣が音を鳴らす。
そこで、彼は気付く。今は勤務中で、私情を持ち出していい時間ではないと言うことを。
苛立ちは、ぐっと抑える。
彼女は悪くない。
悪いのは、取り巻く環境だと自らに言い聞かせ、その場から離れようとした。
しかしながら、予想外の展開となる。
「アニエ~ス、どこに居るのかな~、子猫ちゃん」
その声が聞こえたのと同時に、背後に居た少女、アニエスはベルナールの上着を握り締め、懇願した。
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